如何文字債,猶到獄中來 



     王莽新野壓文章   Wáng Mǎng Xīn yě yā wén zhāng
     潜土填拻枯草茫   qián tǔ tián huī kū cǎo máng.
     白黑無分為馬鹿   bái hēi wú fēn wèi mǎlù.
     地籟罹難一場場   de lài línàn yīchǎng chǎng.


                       平聲十七陽

      王莽=前漢。カッテに禅譲を受けたとして王朝興したw簒奪者
      新=王莽が起こした王朝名を「新」というw
      新野=後漢を興した洪武帝が逃げてた土地は「新野」河南省,南陽市
      野=官のハンタイは野

                          20170527 06:14





    いつも「ひじょーに違和感がある」

    今日この頃ではあるが

       モノいうことができなくなる,
       モノいう人がいなくなる,
       だからキョーボー罪は,いかん

    というひとがいるが,
    これは
    「キョーボー罪法案」ハンタイ者の,とりわけ,りべらるの完全なミスリードw。
    だ,
    わたしはそれはちがう,といいたい。
    そもそもいま,
    「モノ言う人」が,KY白眼視から,すでに孤立化,犯罪者扱いをされてるとゆう
    日本の青眼社會モドキ,w
    その,一場,一場,
    現場において,
    「一般人」に,いわば,監視をしろ,と言うのが
    法案の趣旨ぢゃないのかw。

    もとよりこういう「一般人」の範疇には入らないきょーぼーな…w
    内心に治安の擾亂を畫策するふらちのヤカラ,
    という政權のくくりにあるよーな
    そうゆうよーな「モノ言う人」には,政府はとっくに彈壓を始めている。
    去年あたりから急速に,カゲキにすすんでいるのである。

    共謀罪の立法は,そのうえに,そのつぎの段階にレベルアップする,
    すすむというのに,
    りべらるは,この後におよんで,まだ

       言論が委縮する,
       ますます萎縮する,

    という。ww

       「物言う人が言えなくなる」
       「一般人がますます物言わなくなる」

    そもそも政府によってそうゆう分別,イッパンジンとその他とい言う腑分けがなされる,そこにも誤謬がある,
    犯罪者とイッパンジンをふわけする意味は何かあるのだろうか?
    ない。
    ならば政府の腑分けにはつきあってしまっているハンタイシャはそこですでに理の土台を喪う。

    と言わざるを得ないし
    そうした認識のうえで,りべらるにかたられてしまう

       「ゲンロン,表現の自由」の萎縮現象

    と言う理解・・・・。
    重大な錯誤がある。

    錯誤,と言うより,錯覺,
    もしくは意圖してかそうでないのかわからんが,りべらるが觀ようとしない
    なにものかがある。

    そもそも,りべらるがいう,「もの言う一般人」と政權の言う「一般人」は一致していない,w
    政府はきちんとその差をわかって,その分斷を見据えて,みすえているからこそ,

    強行採決できる。

    なにも内閣支持率が高いから強行しているのぢゃない。
    支持する「イッパンジン」多きこと知るゆえ,の強行だ

    りべらるが,

        もはや安心安全に “すめる” ヒトなど,ニホンにいなくなる,

    と言う恐怖を語るなら,まだしもだ。
       
        つまり萎縮した先にまだある,ことば狩りにつながる,
        ことばを喪う,ものごとを傳える手段としての言葉を喪う

    そういう喪失,人間社會の喪失,人間(ジンカン)にあって,

        空間(こみにゅけーしょん)でも,時間軸上(めでぃあ)においても
        傳えあう手段をうしなう

    そういう恐怖を語るならともかく・・・・

        (まあ,これが日本が「シャカイモドキ」であることのゆえん,
         といえなくもないがw)

    どうもりべらるのハナシにゲンジツ感が得られない,と
    わたしが感じてしまうのは・・・・。

       (わたしが一般人に違和感を抱いている,というそもそもの
        人格破綻,あるひとびとにいわせれば,キのせいwまた,
        自己愛ゆえのww性格から抱いてしまう考え,や,
        わたしの「特殊な背景」wから
        おもいついてしまう恣意的な現状認識なのかもしらんが)

    ・・・・・。

    社會の分斷を正面から見つめない,見つめることができないりべらるは,
    就是,竟, “おとぎ話” に加擔していくことになる。

    りべらるには,いつでもその寛容の矜持からくる信念があって

       シャカイにある分斷が許せない,それを認めたら負けだ

    というような,いわば・・・・『寛容』原理主義のようなもの。

       (ベツにわたしは分斷を肯定しろと言ってるのではないし,
        まして不寛容を煽ればいい,とも思ってないが)

    イントレーランス・アレルギー。
    それは日本的りべらるのいつでもおんなじ,ただの個人的なマイブームにすぎず。
    臨機應變しない,「摩登 mode」スタイル

    シャカイのムーブは,もうとっくに分斷してゐるる。

    英國離脱のときも,トランプ誕生の時も,
    「分斷の深刻」を見ようとしないヒトビの
    物言いに何の説得力もなかったのはなぜか,

    ・・・・・。

    現實にそぐわなかったからだが,

    このゲンジツを「認めない」限り,
    シャカイの本質の病根がわからなかったように見えた
    説得力無いのも当たり前だ

    ポピュリストをポピュリストだ,といってるだけのようなことなら・・・
    それはだれでも見えてることであって。

    馬は馬に見えてるうえ,その馬をのぞんで応援してるひとにむかって,

       馬を,鹿,と認識してはダメだ,

    といくら言っても,
    バカはお前だ,と言われるだけだ

    わたしはいま
    身もフタもないことをかいてしまってるがw

    きょうぼうざい法案についていえば。

    今,彈壓されているヒトビトの,モノ言うという動作,作為,アクションを
    その正當性を訴える,
    物言うこと,がいかに正しいか,
    たとえおかしなことをいってるようにみえても,

       みえている事,物,認識を, “モノ言う” ことに,こそイミがある,

    これだけ。
    このことにつきる。

       彈壓するベクトルがすでに,いま,たしかに日本にはあり,
       そして,根深い分斷があること

    これを知らしめる,べきである。
    その意味では,
    そのうえで,

       イイタイコトガアルナライエバイイ,

    とおもう。

    わたしは物言わぬ「イッパン平民」より,
    「特権階級」的ネトウヨの方を,「まだしも正しい」などと
    スコブる亂暴なことを言ってる,書いてる,にひとしいワケだが。
    それでもだ。

    共謀罪は分斷をより深くする法案であることを。
    そして
    あなたはどちら側にいる,あなたはそのまま

        ソコニイテ,イイノカ,

        ドチラヲエラブノカ,
    と。

    そう言うべきだ,わたしはそう思う
    今,この現實,その認識に立って。
    また奥田愛基のことばを引っぱってくるが

        「AもBもあるよね,という,それは何も言ってないことと同じ。」

    これは至言である。

    わたしはそう思う,

    (マルクス主義者はみな,このことばにうなずくだろうだろうがww。)
    これを聞いた瞬間

    言うべきことは何か,を考えつづけてきた彼の思考の跡がきちんと見えることば,

    だ,と,わたしはおもった。

    いじめられっこだった彼らしい,ともいえるがw

    無端にも,説的對,
    はしたなくも,端無く,説得好である。

    わたしは
    無關係のことをいってモンダイをそらしているのでなく,
    ラディカルなことを書いてるつもりだが
    人間(ジンカン)一場,つまり,對象は,政治ではなく,ゲンジツの社會,
    これをみすえれば。

    今,モノ言わぬ民「イッパンジン」に,むかって,
    「モノ言うとね,こうなるんです,これおそろしいことですよ」
    とw
    くりかえし訴えたところで「寛容なるりべらる」 の自己満足にすぎない
    政府の脅しの援護射撃をしているにすぎない
    なんてことになるんぢゃないでしょーかねw

    共謀罪立法は,
    すでにある日本社會の分斷を後戻りできないところまで進め,深め,
    そして

       「民の,民による,XXのための排斥」,

    そのお墨付きをあたえるにすぎない。
    ということだ,それは畢竟・・・・

    ・・・・・。

       おそろしい?,だったら,そこから一方の側に逃げればいいだけぢゃん,

    となってしまう

    モチロン具体的な逮捕者はでる,
    そこで何らかのシャカイの覺醒,おとぎ話からの目覺めがゼッタイない,
    とはいいきれまいが,

    シャカイに与える一撃とは,よーするに最初につかまるヤツだ
    そこからシャカイになにがしかの變化がおこるかもしれないが,

    ・・・・

    分斷ある限りどっちにころぶかわからない
    それが,
    笑っちゃうほど,おそろしい未來でないことを

    ねがうばかり・・・・・



    正是分斷,掘削深溝,欄柵變貌,在處有囚

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    七絶二首 《誰者聽無音》&よけーなお世話二題+





    「ナニカ背景がある。」


    あほか。
    國際的ヨロンまでがw

       ニッキョーソと江沢民の反日教育のせいでこーなったんです,

    いったところで,
    「國際」はポカンとするだろーなw

    中國にカネもらってる?國連?
    なら,脱退すれば。
    日本の國連大使に,憤然たるマツオカヨースケ,ほどの
    榮譽な名場面をあたえてやれよw

    ・・・・。
    國連に反論する,といっても

       「そのご指摘にはあたりません」
    だの
       「そんなこといってるけど支持率にあらわれるんです,
       民進黨の支持率と内閣支持率みてください」

    だの。
    ゆーのはやめてくれ,

    世界に恥をさらすだけだ。
    わがニッポン國の國政選擧における民意。



    ちなみに RSF,
    日本政府に言わせれば,
    「あの連中」だの,「特殊な背景」だのに類する
    フラチなきょーぼー團體
    Reporters Sans Frontières 「國境なき記者團」のことだが。

    その,每年發表する「報道の自由度ランキング」,
    2017年。
    日本は毎年がんがんランクを下げてついに。

    72位

    あの,イタリア,マフィアに牛耳られた,最惡のイタリアにも負けて
    G7で最下位,だw

    これがいみするところの病態は深刻だ。
    イタリア市民は,
    自らの國の言論がマフィアの意向に逆らえないことをよく知る民である

    ひるがえって,ニッポンジンはどうか?
    世界にハジをさらすだけ。
    わがニッポン國のジンケン意識にみえる民度。

    そのジツ
    「國境なき記者團」は,偏向團體だ,という一方の指摘もある。

    此れもまた一面のシンジツ。
    それをおもえば,72位が逆に名譽なこと,と言うヒトもいるのも頷ける

    とわゆへ
    そういう,どっちもどっち,の偏向をいうのではなく。
    このジジツを,あなたはどうおもいますか?

    どういう「イデオロギー」なら,このことを擁護しますか?
    わらいとばしますか?
    ということだ。
    植村氏は家族の写真をさらされ,
         
        日本にいられないようになるまで追い詰めろ,

    と書かれるいっぽう,では,

        桜井ヨシ子をレイプして日本にいられなくなるまで,

    というよーなゲンロン
    あなたは,みたことはありますか?
    ww

    高校生だったお嬢さんを,レイプして自殺させよう,と。
    このようにネット上で書かれつづけた,植村氏

    それを閲覧して笑ってるのが日本國民だ。

    あなたのことですがね,

    ニッポンジン。ニッポンコクミン。ジンケン意識ゼロのホ乳類。

    二年前,殺害予告が出された,奥田愛基。

    かれの場合は,植村氏のお嬢さんと違って,
    自らの意志で身を投じた,アピールアクションである。

    そのおどしを,淡々とうけとめ,うけいれかつ,
    自分に群がってきたメデイアにどう感じたかと訊かれて,こう答えていたが。

       あなたがたは,それをどう感じたかと,僕に訊くのではなく
       社會に向かって,このことをどう思うか訊いてくれ,
       と僕は思った。

    と。
       
    さっそうたる。馬前の卒にふさわしい言い,だ,w
    “國” にモンダイがある,という以前に
    ニホンジンにモンダイがある,
    そのことを
    よくよく示唆して,われわれに自覺をうながす一言だった


                            20170525 07:59



    Qiantangchao.jpg             錢塘怒潮 “Qiántáng Nùcháo”


    嚴殺盡兮棄原野?

      笑ってしまうはね,國連の条約批准のためひつよーだ,といってたのが
      國連から「いかがなものか」といわれてまう,そんなことは
      ハンタイ者ははじめっからゆってたこと。
      安倍は,ニホンジンをこんなに,ナメきってるんだが
      ガイコクはこんなに,ニホンジンをシンパイしてくれてる

     19日に衆院法務委員會で可決された「共謀罪」の趣旨を含む組織的
    犯罪處罰法の改正について、特定の國の人權状況などを調査・監視・
    公表する國連特別報告者で、「プライバシー權」擔當のジョセフ・カナ
    タチ氏(マルタ大敎授)が、「プライバシーや表現の自由を制約する恐れ
    がある」として懸念を表明する書簡を安倍晉三首相あてに送った。

     18日付。書簡は「法案の成立を急いでいるために十分に公の議論
    がされておらず、人權に有害な影響を及ぼす危險性がある」,と立法
    過程の問題にも言及している。内容については、
     ①法案の「計畫」や「準備行為」が抽象的で恣意的な適用のおそれ
    がある
     ②對象となる犯罪が幅廣く、テロや組織犯罪と無關係のものを含
    んでいる――
     などと指摘し、「どんな行爲が處罰の對象となるのか不明確で、刑
    罰法規の明確性の原則に照らして問題がある」。
     「共謀罪を立證するためには監視を強めることが必要となるが、
    プライバシーを守るための適切な仕組みを設けることが想定されて
    いない」などと懸念を示した。
                 朝日新聞2017年5月21日35面



     
     あべん坊にいくら余計なおせわなおテガミ書いたって何の効果もないことわ
      “昨天慰霊,今天拜鬼”
     真珠灣のトキの公開書簡で立證済みだわw
     
    よけーなお世話な,第二彈

    そんなに心配してくれなくていいよっ

    ギャクタイする親をいくら叱ったところでw

    ニホンジンと言うコドモは,ギャクタイにもキづかない・・・とゆうありさまで。
    親子そろってジンケン感覺問題あり

    植村隆氏の「表現の自由」に國家の擅權は影響したかもしらんが・・・・

    植村氏を迫害したのはまさに日本人民の・・・・大多數。
    そもそもがジンケン意識ひくいんですっ…。

    子は親の背中を見て育つ

     日本における「表現の自由」の現状について,國連特別報告者のデービッド・ケイ氏(米カリフォルニア大法學部教授)が日本政府に提出した報告書原案の概要が明らかになった。  「政府・与黨による報道關係者への壓力」などに懸念を示す内容だ。

     24日午前の自民黨國際情報検討委員會で,外務省が明らかにした。
     報告書は6月6日からスイス・ジュネーブで始まる國連人權理事會にあわせて公表される。

     概要によると,ケイ氏は報道の獨立性を確保する觀點から,政府・与黨による報道關係者への壓力に懸念を示し,政治的公平などを定めた放送法4条の撤廃を要求。慰安婦問題を含む歴史教育について,元朝日新聞記者の植村隆氏への權利侵害や「教科用圖書檢定調査審議會」への政府の影響を指摘した。

     また、特定秘密保護法について,特定ヒミツの指定範圍が廣範でジャーナリストらの保護が不十分と指摘。

    沖繩での抗議活動への不必要・不適切な制限など,デモによる表現の權利への懸念も示した。
    こうした内容について,日本政府は檢討委で

    「不正確な指摘が多數あるっ」

    として反論する考えを示している

               朝日新聞2017年5月24日夕刊2面




    確かに。フセイカクだねw
    これでは。

    あまりに不正確にして,不十分に過ぎる。

    沖縄で反對運動者のカヌーは轉覆させられ
    カヌーから投げ出された無抵抗の市民を,數人ががり水中に抑え込み,
    心肺停止であわや絶命というジタイにももちこみ
    脅しをかける國家公務員。

    それをしっても,

       あいつらザイニチ,沖縄の外からやってきた,
       アカの無法者連中,だ
       やられてとーぜん,いまでしょ。

    そういって
    沖繩への自分のムカンシンを正当化するイイワケとして,自分に都合いい情報のみを信じるホンドの土人。

    これが,ニッポン語の「肅肅」である

    鉄条網何センチか破損させただけで
    六か月の拘留だ,
    家族弁護士の接見禁止。
    保釈金を積んでも逃亡の恐れありと,保釈しない,そもそもが
    拘留などありえない微罪
    それがなぜこんなことになるか?
    なぜ?

        そこが沖繩だから。
        あたりまえでしょ,


    そんなよーな國です

    それだけの。
    ブラック國家。シマグニホンドのコドモ住民。

    あなたのこと,ですが。

        それが?なにか?
       
                 20170524     16:00

    誰者聽無音

    羊欲相憐鄰不侵    yáng yù xiāng lián lín bù qīn.
    狼才能擅侖淪沈    láng cái néng shàn lún lún chén.
    欄柵誰作自為鎖    lán shān shuí zuò zì wéi suǒ.
    聲沒無音遶擾深    shēng mò wú yīn rào rǎo shēn 


    時節元來不知今    shí jié yuán lái bu zhī jīn,
    孤抱獨寢内心森    gū bào dú qǐn nèi xīn sēn,
    借問惜辭言不用    jiè wèn xī cí yán bù yòng
    無者聽何可奈音    wú zhě tīng hé kě nài yīn,  


       平聲二十侵  侵沈深今森音

    森=日本語の森寒,中国語は森,一字で森寒,森嚴,幽黯,をいう,
    可奈=有怨恨之意

                  20170520  03:03 

    《午夢初覺悵然詩成》龔自珍


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    誰能出不由戸!何莫由不開戸!

    一切有爲法。 如夢幻泡影, 如露亦如電, 如是!

    言葉を利用している
    言葉を使ってブログを書く。
    とりわけ,文化,文明,藝術,思想
    ブログ・アーサーのあなた,
    表現者のあなた,詩人のあなた
    言葉を使って表現する,すべてのあなた

    小説だ,詩だ,俳句だ,哲學,だ
    精神の自由だ,

    もし,
    ハンタイする理由なんてないと,
    思ってるやつがいたら大マヌケだ。

      キョーボー罪?
      テロリストやオウム取り締まる法律でしょ?
      オリンピック開けないんでしょ
      だったらひつよーぢゃん

      なにをそんなにイキリたつの?
      ばかぢゃないの?

    もし,そんな風に思ってるあなたなら
    もとより,
    そんなあなたは,ほんとうは,ことばを使って

    表現する××などない
    そもそもが,なんにも,表現など,していない

    言葉の自由を失う,ということのおそろしさがなぜわからない?


      なぜ,言葉を失うことになるのか,サッパリわからないよ
      共謀罪をつくることが,なぜ,?
      なんであなた,そんなに脈絡ないことばっかりいうの?
      あたまおかしいんぢゃない?
      わたしたちの言葉を奪うテロリストをつかまえる法案ですよ?


    コトバの “意” を,知らないあなた。 
    言葉の力を知らないあなた。

    もとより××はないが,これまでつかってきたあなたも。
    明日からは,あるとカッテに思ってきた,言 “用” の××に加えて
    ことばをつかう “體” もうしなうのだw

    使う,“體”, “用” いる “ことば” とは,なにか,
    そのことがわからない

    究竟, “ことば” という “體” が
    これまで “用” としてつかわれるために擔ってきた,
    言葉の本質,のことである

    それをうしなう,ということだ。
    とりもなおさず,すべての

    作,為,と,法,をうしなう。ということだ。

    言葉の本質とは,
    理性や,理想や,論理や,自存や自在を精神の自由を
    ととのえていく
    そのために
    發せられてきたコトバの “體,用” のことだ

    これをうしなうとはどういうことか
    論理性の喪失,論理の破綻。

    “論理” というものは,本來ある特定のイデオロギーではない,

    わたしたちの人道,人權,自存と自由を人間(ジンカン)において
    調和調整させるための, 一切の“法” を構成する。

    ことばが,それを表現する。
    それを,表現できるのが,唯一,わたしたちの,ことば,だ
    表現してきたのがが,唯一,わたしたちの,ことば,だった

      この “國”民國家 もどき,のたとえでいえば,
      これまで,敗戰後,わたしたちが
      この “國” の統治理念の正統と, “國” 家の成立を正當ならしめる
      根本,根據,
      それを
      擔う,論 “理” が。
      消え失せる,ということだっ

    ということ。

    テンパイって
    如,夢。幻。泡。影。
    スピがフワフワするのは樂しいことぢゃあるが,

    テンパってばアワアワ蒼くなる。
    ジタイ。

    法治による國家,であるべき論理を擔ってきた “體” の,必 “用” であり
    そのため,有用ならしめてきたことば表現,

    “國” の法治の論理性を喪う,論理の喪失とは

    いいかえれば,それは。
    今日からわたしたちは法治をうしない,人治國家に成り下がるw
    ということだ
    今日から
    “内” 心は,アブナっかしくて,ウカウカ “外” に出られない

    ということだw
    論理と,法により,護られてきたジンケンが,どれほど脆弱なものか,
    法と,論理の庇護を喪った子ドモは,思い知らされる。

    これから日本は論理と法によるのではなく
    ニホンジンは,特定の,一部のヒトに,言葉の首根っこつかまれて
    一部のヒトの非論理性と,特殊なヒトビトの非普遍性と,
    恣意,擅權によって,自由を奪われる恐怖の中に生き,
    ことば棲むことになる  “意” 喪うなかに死ぬ

       “人治國家”
      と言う言葉をしらないかい?wwww

      しらないなら,しらべるといい,
      それも,紙の辞書ではなく

      ことばんく,や,はてな,を
      けんさくしてみればいい 

    そこにあふれかえることば

    みっともないネトウヨの,頭の足りないハクチの物言い,それをみてみるといい
    人治國家とは,この頭の足りないハクチたちの大嫌いな隣國のことだ,

    その,人治國家に,
    日本はなり下がった,と ゆ う こ と だ。

    そして,
    隣國の人々は自ら住まう “國” が,法治に據らない國であることを自ら知る
    人民であるが
    内心の自在,と自存の手段を家の籬越しに自由に築く,
    古來,人治の荒野に棲む智慧持つ民

    “欄”“柵” の意味を知る民衆。
    “欄柵”
    とはなにか?


    いっぽう,
    法治のなんたるかもわからず,特定の人びとの治める擅權と専横にもキづかず
    押し默ったまま
    疑うこともせず,
    無頓着に大本營の應援をする狗の忠誠を誓う偸生の公衆。

    今の日本人は。

    よくわかっていない。
    言語の不自由が監視から始まることを。
    論理が自由を支えてきたことを。
    自由とはなにか?

    “言侖”“人侖”

    “侖” とはなにか?
    “亼 冊”
      
     侖,思也。 (亼冊)。 侖,理也。

    “思” そして,
    “理” による欄柵だ
    それが,ヒトの心を守ってきた欄柵であることをわからない


      なぜ,共謀罪がコワいか?
      コワくないのか?

    他人の作った“欄柵” に閉じ込められる
    憐れな羊,狼から守ってくれる“欄柵”を欲する

    コワくなるひととは,すなわち
    “欄柵”とは自らつくるものであることを知り
    コトバをカケガエないものとおもってたいせつにいきてきたひとだ。

    コワくないひとは,もーしわけないが
    もとより,ことばになんらのアイジョウをもってないひとだ,
    他人の作った“欄柵” に閉じ込められる



    そして
    ことばというものが,
    我が國,の。
    ジツは,見えないところで,
    ジツに,社會の すみずみで。

    論 “理”性“理” 性,を
    人 “倫”“倫” 理性 とをささえていた

    そういうことにキづかない,で
    これまで生きてきたマヌケなヒトは,マッタク、感じない
    コワくない

    國がいつのまにか法治のお面をかなぐり捨てているのに
    キづかない
     
    言葉を狩られて初めてキづく

    コトバが,ヒトの “體” (からだ) にくくりつけられた “枷” になり,
    コトバは,ヒトの “體”(からだ) が背負う “架”
    となり。
    もちろん
    その,枷を “用” いるのは,民,では,ない

    使用者は人治國家の絶對者だけ,

    いっさいの,言の葉が,國家と言うバケもん,の,
    占有物となりさがり,

    ことばは,かくれてしまう

    (おしだま)る ひとびと

    “野” におびえて棲まう,沈默の民に。

    自由であるべき,ことば用いる個個の民は,
    絶大な力を持つバケもん,の,“用”いる擅權の
    バケモノ とバケもんの協力者の,ことばに
    默って
    隨う以外,道がなくなる

    《集定庵四絶句贈拓之其二》 黄松鶴

    んんん。スバラシイな
    “龔定盦集句” (龔自珍の句を集めて詠んだ詩)。

    黄松鶴,と言う詩人は,

    近代から現代にかけて革命中國,人民中國を生きた文人
    もちろん・・・・・ “ブンカク” ・・・・を生きた
    生きのび得た,文人だが。
    ...
    子曰。誰能出不由戸。何莫由斯道也
     子曰く 誰か能(よ)く出ずるに戸に由らざる。
     何ぞ斯(こ)の道に由ること莫(な)きや。


    ソコで一首。

    「道」,よりも まず戸口だね,ニッポンは。
    ドアを開ければ 外バケモノ道。
                        っげん

    テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

    ■■戰■■■のための立法措置■■■軍■法廷■■■,■■■のための象徴詩

    今夜 ■■■■■■■■■■■■■■

    そしてあなたはとりのこされる
    ある日憲法に自衛隊の存在を書き込むと。
    その,國民の・・・・■■■を,■■■
    ■■■■■■■■■する
    もし■■■隊員が■■■死したら國■■■■■■民は
    ■■■う,■■■■■■にむくいたらいい?
    ■■■人として,■■死をるに■■の秘密にされた,彼らの
    ■■■,■■國殤を■■■■■■■にせよ,■■■■■,■■にせよ,
    ■■■■■■■■■■■。■■■■
    いままではあれこれと
    政治に口出しデモをやるヤツはコクスイに,ヒコクミンとさげすまれ。
    世間からも白眼視線で見られたが

    「ゲンロン?ジンケン?なにアツくなってんの,バカじゃない?」
    こんどは,政治にムカンシンだったヤツ。
    アツくない,しらけた    ,が
    そいつらこそがヒコクミン,と,
    呼ばれるようになる
    そのための。
    そいつらのための。

    共謀罪法案は,今夜,肅肅と可決される。

    これからヒコクミンになりそうな■■■■■■■■■!!!

    ■■■■■■■■■■
    立案も。
    法廷も。
    すべてが■■■■■■■■■■
    何もかも足りない,なにもない立法措置,根據法・・・・
    ■■■■■■■■■■
    自衛隊人員が他國の戦闘員を殺害した,
    捕虜,民間人を傷害した。
    どうする軍法会議
    軍事法廷をどこで開く?
    その時裁判員は?ありとあらゆる法律が必要になってくる。
    戰死した自衛軍兵士の遺骸をどのように搬送し
    ■■■■■■■■■■
    國家で榮譽を讃え葬送する?
    ■■■■■■■■■■
    軍属は?徴用は?
    ■■■■■■■■■■
    軍資金は?軍票も慰安■■■■■■■,從看護婦も國民は。■■■■■■■■■■
    自衛隊員が外國でなに■■■■■■■■■■れども。
    ■■■■■■■■
    ■■■■■■■■■■■■■■■■

    そのための根據法は・今はない。つくらなきゃならない
    ■■■■■■
    ■■■■■■■■■■■■■■■■■■
    条に自衛隊の存在を■■■かきこんでしまうと,■■■いろいろの■■■■めなければばらない,
    ■■化モンダイも,貧鎖も,赤■■■国債アノミクス■■■財政も
    年金巨額の損失,積もり積もる廃炉費用,そのうえ,どんどん古くなるMDシステム,■■■されたイージス艦■■■だ,

    最後の手段,經濟禁じ手ヘリコプターマネーさえ
    軍事につぎ込まれていく
    すべてあとまわし。
    税制も,社会保障もあと■■し。
    いままではあれこれあべ政治に口出す奴は
    ヒコクミンとさげすまれたが。

    今度のヒコクミンは,タイヘンだ
    ヒコクミンの,ムカンシンのヤカラには■■■■■■■■
    ■■■■■■■■■■■■■■■■
    (なぜ政府が軍事の立法ばかりにはげむのかがわからない)

    一年,二年は,自衛隊の処遇,■■■■■■法律■■■制定が
    喫緊の課題になる。 

    イッタイゼンタイ祖国防衛戰爭の準備のために■■■するにあたってどれだけの,
    ■■■戰においての殺■■■自衛隊員のための
    法律の制定がどれくらい必要になる?
    内閣は軍事の立法措置にていっぱい
    どれだけ,エネルギーを費やす?
    その間,國民はきっと,イライラをつのらせ
    ■■■は?
    ■■■差,景■■■拡大,■■■
    そんなことには目もくれず
    わき目も■■■
    夢中で軍事のための法律を■■■■■けているコッカイに
    ■■■■■■■■や不■■■不審不滿を感じない國民はいないだろう?
    その,國■■を,■■
    ■■■■■■■する
    もし■■■隊員が■■中慘死したら國■■■■■■■■民は
    ■■■う,■■■にむくいたらいい?
    ■■■人として,■■■死を■■■■■■るに■■彼の
    ■■國殤を■■■せよ,■■■,■■■■にせよ,
    ■■■■■■■■臣民■■■
    ■■真影■■■■■
    ■■や不■■■を感じない國民はいないだろう?

    そこで政權は■■■■を封じ込める
    モノいわせない,國民の言動を絶えず見張る,
    大本營發表に,喜び勇んで歓喜にむせぶ國民を,立派に演じさせるための
    そのための,
    いとも簡單にそれを可能にする■■■家統制■■■■治安維持法と■■隊や特■■■■織。■■機關。
    そして

    共謀罪法案は,今夜可決される。

    ■■■■■■■■■■■■■
    ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
    ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
    ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
    それを可能にする■■■家統制■■■■■■■■■■■■■■■■
    ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
    ■■■■■■■■■■■■■
    ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
    ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
    に 
    明記■■■■■■■■■■■■■心に銘■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
    ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
    ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
    ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
    ■■■■■■■■■■■■■?
    ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
    ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
    ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。
    ■■■■■■■■■■■■,■■■■■■■■■■■■■■■■■■
    ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
    ■■■■■■■,■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
    ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。
    ■■■■,「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」
    ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■,■
    ■■■■■■■■■■■■■,■■■,■■■■■■■■■■■■■
    ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。
    ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

    20170519.jpg杜甫《兵車行》

    ■■■■■■■■■■
    子曰■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
    ■■■■■■■■■■■■■
    ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■道也


    ああ 

    テーマ:文明・文化&思想 - ジャンル:学問・文化・芸術

    わたしのブログ讀みにきますかね?もしニッテイトウソウにシッパイしたら。

    説曹操, 曹操就到   曹操のこと話すと曹操がやってくる
    shuō Cáo Cāo,  Cáo Cāo jiù dào    


    四年前の夏に書いたこと

      “いつか來た道”
      などというコトバは・・・・,

      人間のもつ,やむことなき愚かさを,
      もっとも,あからさまに,表徴することばである。

      “既視感”,“予知能力”
      ・・・・などというものは,
      人間のもてる賢さの,もっともあきらかなる “無用の長物”,を
      象徴するものかもしれない。

      おそらく,“デルポイの神託”のものがたり,とは,このことの,
      過酷な實相をついたものなのだろう・・・・。


    今國會よ~ちえん,カイキマツに,
    しょーもない非力の党が,もし日程鬪爭にシッパイしたら

    戰後,ニホンジンがかろうじて,
    まるで党の牛歩戰術のごとく,
    のろいあゆみをすすめてきた

    ただ,ミンシュシュギ,
    というだけのことだが。
    そんなにたいせつなものでもないかもしらんが。
    我が祖國さえリッパならw


    言論の自由は雲散,ムサンする,


    表現の自由,思想の自由,?

    そんなもんいらない,?ひつよーない。

    家庭内の,自室の,内心の,プライバシーをビョーキを,スピを守る自由?
    ムスリムを,ザイニチを,ヒコクミンを,スパイを見張る,

    象徴詩
    をかいてみたw


    象徴詩   《加? キ》


    加    
    木加
    架?
    枷?
    鍵?
    錠前。
    銃前,銃後?
    うしろの正面?
    廊下の向こう?
    轉ばぬ先のテロ取り締まり?
    轉ばぬ先が轉ばす先になった特別高等・・・・・略して


    内側から鍵を “かける自由” はなくなり,
    外側から鍵を
    か,け,られる,が,
    か,け,る,のはもちろん
    自分自身ではない
    自分がかけられる鍵はココロのカギだけだw

    默らせられて,
    おし默る。
    默らせておいて,
    そして囁くひとがふえる。

    役所の,保健所の,
    ソーシャルワーカーの,PTAの,
    學校の,先生の,
    拘置所の,裁判所の,病院の,
    特高の,憲兵の
    そんな干渉はどこまでなら,うけいれますかね。

    Speak of the Devil, and he is bound to appear.

    近づく者の近づく意圖がわからなければ
    逃げるに如くはない。

    というより。

    イッパンジンの,ふつーのヒトたちが,

    すぐ上に見張られ,
    上のは,またその上の,
    またその上の,
    に見張られて,
    みはることを怠れば
    下のがなにがしでかすか,
    みはることを怠れば
    下の,がヒトを陥れようと
    右の,も自分を上に差し出すか,
    左の,も自分を仲間に引きずり込もうとしてるか,

    疑心暗鬼の虜になる。 

    心が, “枷” をうけいれ
    體が, “架" につながれる

    それもこれも,

    想像力がたりなかったために。

    2013年から一度も選挙に行かないで平氣だった奴はw

    トツゼンハナシがしょぼくなるがw

    選挙に行かないヤツw,
    このごにおよんでキづかぬヤツw
    もともと想像力が足りんヤツ,
    ベツになにも感じないかもしれない。

    そうすると,けっこうおとしいれられたりするまぬけなヤツ
    ウチナンチュー,でなく,
    ノホホンと,ホンドのやまとんちゅ,
    ヒトのいい,さめてて,おとなで,上品で,
    空キのYO,める

    ご立派だが,怠惰にすぎた,有權者
    かもしらん。

    ア,カ,とはかぎらないw
    青年か白癡か,ミドリのエコロジストかも
    でも。

    今ここにきているあなたは
    多分明日から讀みにこないほうがいいな,とおもう,

    そんな想像力,おもちですかね

    だってもし,わたしが中國のスパイだったら,?
    ザイニチだったら?
    ゴキブリは文章書かないがね。

    まさかこんなマヌケな,アカまる出しの,スパイがいるワケがないと?
    こんなにエラソーにしてる,
    ザイニチが,ゐるワケが,ない,
    自分は關係ない,キョウボウなんて,したコトない。

    そもそも選擧にいかないよ。

    もちろんデモなんていかない。

    原發反對の署名もしたことない。

    米軍基地のそばに住んでない。

    沖縄にも行かない。

    大間,のふるさと納税もしない。
    www

    アマゾンでマルクスも哲學書も歴史書も
    『世界』も,『新潮』も,ニホンカイギの本も買ったことない。

    朝日も赤旗もとってない

    おっかしなサイトものぞかない。

    でもそれをどうやって證明するんです?

    履歴見ればわかるでしょ?
    履歴?
    證明までは
    丸裸にされなきゃそれはできない。

    されてないってどうしてわかるんです?

    ホントにされてない,か,どうか調べなきゃキが済まない

    そんなことにはならないし。
    へんなトモダチいないもん。
    フェイスブックもしない,メールもしない。
    ファックスもないコンビニもいかない勧誘はお斷り

    花見の下見にもいかないし
    雙眼鏡もカメラも。
    スマホももたない,GPSも,つかわない

    スケジュールも頭の中
    盗聴器のあるところに出かけない監視カメラの前は通らない
    通らないのはかえっておかしい。ね。と?

    上司や同僚や親戚や友人や家族におかしなのいないか?
    あなたに敵はいないですか?

    だれがどんな奴と,キにしてつき合ってきましたから,だいじょーぶ
    おトモダチもそんな風に,
    人を選んでキにして付き合うたいぷのヒト,ばかりだから

    でも國家機密といったん國家が決めた秘密が
    どんなところにかくされてるか
    その秘密に接する人間は居酒屋でもスーパーでも
    いつも同じ人がじっと見ている
    これはもう
    おととしからはじめられてますね

    公務員。
    公共事業,行政にかかわる事業所
    どこにどんな秘密保護法の對象物があるか

    いっさいしらされてないですね,いままで。

    公務員の知り合いはいない。
    親戚にもいない。

    でも親戚の誰かの婚約者が,外務省の職員だったら?

    ガイコク人の知り合いはいない?
    思想信条が極端なひとはいない?

    パナウェーブはオウムじゃないからダイジョーブ。
    哦!,
    ニホンカイギに知り合いがいるからダイジョーブ。

    へんなのとかかわりあいはいっさいない。
    へんはどこのあたりから?

    いままで。
    これからも。

    ホントに自分はデッチアゲで密告されない自信ありますか?
    自分のまわりにも,デッチアゲで密告されるようなマヌケなやつ,


    そんなやつはいない
    いいきれるかw

    でもここで讀んだり,コメント書いたりしてきたヒトは。
    ここのコメント欄になんか書いてる人のブログに書いてないですか,
    書きこまれてないですかね?

    なにもじぶんには,カンケーない,ですね?
    wwww

    あなたの三代前のご先祖に,先の戰爭で,ヒコクミンに仕立て上げられた人いないですか?
    隣組,だいじょうぶです?
    三代目が今總理大臣ですよ
    三代前の時代に治安維持法を作ったその張本人の孫が,
    いま政權にいることご存知ですかw

    不幸の手紙のように,
    シンパイが,不安が疑心がデンセンしていくのは。
    壁に耳あり障子に眼あり。

    多分。
    施行後のあとだろうけど。
    あっという間に蔓延する
    そのときには皆が,默す。

    誰も聲を立てなくなる

    世の中が,いま,これだけ無關心でいられるのはなぜか?

    一,コワいとはぜんぜんおもえないからだ
    一,なにもわかんない,想像力がとぼしいからだ。
    一,自分は・・・・・だいじょーぶ,という想像には,たけてるし
    一,自分は・・・・・コワがりだから,

    だからだいじょーぶ

    もうすぐすべてがきまるし
    哈哈・・・・・・哈・・・

    わたしは。はっきりいって
    コワいw

    日本がコワい
    わたしはホンキでコワい

    ただ,たんに
    九条に自衛隊の存在を明記する,

    とは,
    とりもなおさず
    専守防衛に徹した武力,という,體裁,タテマエを
    好むと好まざるとにかかわらず,

    なぜだか,ハギ取ることになる。

    これまでが,
    假面だったと思う人。

    假り免許だった,假りの姿にすぎなかった
    と思うヒト。
    いないかもしれない,が
    いるかもしれない

    われわれは周邊國の脅威にさらされて
    しかたなく,
    自衞のために,對抗しているだけだと
    そのために
    不戰の誓いはのこしておくが,

    戰力不保持は具合が悪いから

    だからとっぱらう,
    それだけだ,それだけぢゃないか,という。

    いま,あなたは,
    そういえば,
    ガイコク人はすぐナットクしてくれる

    中國,韓國人はヒトぢゃない
    あいつら以外は,
    簡潔にして單純にわかってくれる,と,
    カンタンにおもってやしないだろうか

    しかし,もし
    いまの中國の軍備増強が,
    “一帯一路” を推し進めるにあたって
    祖國の背後を防衛したい,
    だけだ,

    と,いう,だけだ

    太平洋の向こうの兇暴な
    金髪カツラの粗暴な大統領,
    いや,
    國防總省ペンタゴンを,ただ恐れるから,だ

    そのために,
    彼らの自衞のための,戰力保持だ,

    中國にも,
    個別的自衞權はありますよ。

    日本にも,中國にも思い入れない人は,

    日本も中國もどちらの立場も理解する。

    しかし,かつてナチスと敵對していた國の人は?
    ノルマンジー上陸作戰を覺えている人は,
    重慶爆撃も覺えている

    ルーズヴェルト、チャーチル、蒋介石のカイロのカイギを
    おぼえているだろう。

    ドゴールの自由フランス政府に,
    かれらの,フランス國民解放委員會成立に,
    心おどらせたひとは,

    日本の憲法制定の過程,
    由因,而果の過程を,

    ヒロシマ,ナガサキを知ってる人なら,真珠灣と同じく陸の孤島香港を

    南京陷落をもよく知っているだろう,漢口の陸戰隊を,
    上海の,長江河口の軍艦,『出雲』 を。

    今,『いずも』
    を見て,

    既視感を抱く,デジャ ヴ “déjà vu”
    そんなハズはない,と言い張るジャメ ヴ “jamais vu” 人。

    へーわコッカシュギ者,日本の,アイコク
    ジギャク的ヒコクミンの,哀哭

    忘却と忘却の番人は。

    改憲。加憲でも,
    ニホンジン以外にとって,
    そのジジツ,は,

    ある, “象徴” の追認にすぎない。


    意味する,表徴するカタチ,その象徴を,傷つける。

    “戰力不保持の宣言” の,その宣言の,撤廢。

    にほかならない

    つけくわえただけだ。
    もともと災害救助の團體だ,それが,ゐる ことを,
    憲法に

    つけ加えるだけ,なにかモンダイ,ありますか?

    それが?
    なにか?



    かの,國際聯盟はどうおもうだろう。
    世界遺産のユネスコはどうおもうだろう,

    東南アジアの國ぐには,今まで通り日本に,
    我我のインフラ整備に,
    インドの原子力協定に,
    ベトナムにフィリピンに,日本の艦船を派遣してくれと

    滿を持して
    憲法九条に,ガイコクジンにはサッパリイミのわからない

    一文を加えた,ね


    ワケのワカラん實力部隊のナゾなパワー
    行使のナニ,を可能にし,
    ナニ,を,かなぐり捨てることを可能にする,一文を。

    付け加えるからには,
    わざわざ國民投票までして
    付け加えるには

    しかも,オリンピック
    “國” 臣民の熱狂イベント
    そのころに,

    象徴,これまでふうじこめてきた

    水に流してきた
    フタをしてきた,

    “私” ,の,いまわしい過去
    “ワタクシ”,は,わたしじゃない。

    “私” ,が, “公” けにたいして

    わすれるために,もてあそんできだ憲法は,

    枷である
    十字架である。

    素にして  あらき” なる,木
    その “木”
    “加” えられた

    象徴 エンブレム
    一度見ておくといい ☞    クリックで拡大_現在の海外派遣の自衛隊のエンブレム 20160527.jpeg

    去年の今頃,こっそり,作られた。
    不廉恥の象徴。だ。

    しるしとはなにか?



    わけのわからん
    ニホンジンに

    ガイコクジンは
    これまでどおり投資してくれと言うだろうか?



    中國に日本を侵略する意圖がある,
    そのための軍備増強?

    そうでわないのでわないかと,
    わたしは確信するが。
    そういうガイコクジンはいないだろうか

    たんに中國が,その飽くなき經濟的野望を西方に
    かれらの正面に,むけたとき
    うしろの正面はだれだ。

    かれらの背後の,
    「過去にかれらの大陸を侵寇した」
    「コワい過去持つ桃太郎國」に
    かれらが
    不安を覺えているだけなら。
    あるいは
    かれらのほんとうのうしろの正面は。

    世界の保安官西部警察,
    國防總省に警戒心をつのらせているだけだとしたら。

    彼らもコワいがゆえの軍備増強だとしたら。


    九条に自衛隊の存在をわざわざ明記する,
    そのことがどんなに危険なことか,
    なぜわからないのだろう,と。

    世界のいろんな “國” のヒトビトは,ふと
    かんがえるだろう,

    その,
    桃太郎,血の同盟の,ちかいのもとにもと。
    軍事共同體,運命の道連れとして子分に随えるつもりの

    白頭鷲,The bald eagle 

    雉,と,サル,と,犬と

    どっちが,芥川龍之介の ☞ 桃太郎
    ももたろー?

    讀んだことない人は,いない,だろ?
    ニホンジン。
    だれでもしってるだろ?
    芥川龍之介。

    讀んでなければあなたは愛 “國” 者だw

    日本が,戰前の日本帝國の状態に,
    戻しましたよ,
    憲法を,
    一番のおニューだった部分を,
    もとにもどしましたよ。
    世界に最も尊敬されてきた,バカにされることもなかった
    立派な憲法を

    みっともないし不安だから少しかえる。
    でもたいせつだから,
    すこしだけかえる,と

    “加”えるだけだ,と

    といったら
    ニホンジンいがいの,すべての國のニンゲンが

    なぜ, “枷" に?
    “架” に?

    これ以上何を加えることができるというのだ?
    のだ?

    む,む?ニホンジン?
    なぜ?また?

    もちろん身構えるだろう,
    前科がある,

    まして今,
    世界中が不安定なこの時に
    日本だけが
    自制心があると,だれがおもうだろうか?
    ニホンジン以外に。

    そしてあなたは,ニホンジン人種以外のガイコクジン人種と出逢えば,
    ことあるごとに,

    あいさつもそこそもに,ニホンはなぜ,九条を捨てたのか?
    どうして?
    そう問いかけられる。

    まわりにいるすべての “外國” の人びとに,
    なぜ?
    と聞かれるのだ,

    なぜ,

    あなたは賛成したの?
    どうして?
    ハンタイしなかったのね?

    どうして,?
    戰前の振る舞いを繰り返すような過ち,戒めの,

    その枷をゆるめて
    なにをするの。

    架からはなれて
    イッタイ日本はなぜ? 


    じゃあ,
    今までの自衛隊と何が違うの?
    なぜ平和憲法を,
    あえて毀損してまで,

    自衛隊の存在を明記しなければならない,なにか,
    思いつめた
    未來の計畫があるの?
    なにがあるの?

    なぜ?
    ガイコク人のママ友にきかれる。

    あなたはそうたずねてくる
    全ての外國 人にこたえられるだろうか?

    またおなじことをくりかえすのでしょう,と。

    みてごらんなさい,
    海 “軍” のエンブレムはすでに,

    エックス字形を帝國日本軍陸戰隊の軍刀で
    つくっていることは

    ごぞんじゃないですか?
    日本を甘く見ていると
    ヨーロッパまで被害が飛ぶかもしれませんよ,と。

    アジアで顰蹙買いませんか?

    とたずねられても
    さあ?
    ・・・・・。
    どーして?
    へ?

    なにかあったの?
    ・・・・。

    加憲の, “加” は, 加害の “加”

    あの,
    昭和の戰爭の,すべての “加” 害の痕跡があちこちから
    噴水,のようにふきだしてくる。

    その時

    狂泉から,海に流されず,
    水に流されず,
    とどまってとじこめられた地下水が,
    もれだした,汚染水が,

    原子の記憶の格納容器のすきまから

    ほうぼうでしみだしてくる

    その時初めて日本人は,過去の “加害" に向き合わざるを得なくなる。
    ようやく。

    それがいやなら。
    溶融デブリだ。

    第三次世界大戦だ。

    説戰爭,戰爭就到

    そう,日本人はいつでも自衞,自衞。
    自分の國がいつでもすばらしい國だと
    カッテに妄想抱くのはそんなに惡いことじゃないかもしれない
    經濟がうごく。だれかが得をするんだから。
    いつかのっとられる,侵される,そうおびえさせて軍事費を
    つぎ込むより。

    ほかに何も考えない。
    武器と軍刀が。

    天から降ってくる。 
    地から湧いてくる
    銃把の民と,銃後の民。


    戰爭すれば,必ず勝つ。
    説戰爭,戰爭就到
    だから。

    そんなニッポンって。

    誰の “國” だ

    わたしはちがう。
    こんな “  ” はいやだ


    長いな,文章が。

    反省の色なし
    しかし。
    それが




    二〇一三年八月二十四日 

    具體的に恐怖する K縣Y市にあって饐えた 
    “空氣を讀む” デジャヴ と ジャメヴ

      
    この夏,年老いた父の入院手術のため,7,8月の大半を,両親が住む,
    K縣 Y市ですごしている。
    この家にとどく朝日新聞と地方紙を連日,讀み較べているが,地方紙の
    K新聞は,戰爭の風化とたたかい,歴史修正美化運動に對し,
    猜疑の目をむけ續けているようだ。
     
    K縣の教育委員會が,檢定を通った敎科書であるにもかかわらず,
    自己に都合の惡い教科書の,採擇を規制し脅しと壓力をかけつづけて
    いる,
    という決定的に,惡い事態,“言論の自由の制限” に對する危機意識,
    そのうったえと同時に,
    たとえば “陸軍登戸研究所”
    に關する連載など,戰爭にまつわる狂氣,
    さまざまな帝國日本の愚行,を
    檢證する記事などは,イマイチ迫力にかける氣がしたものの,
    朝日新聞のあいもかわらず,の,ぬるま湯ぶりとは,
    對照的であった。

    ちなみに,K縣,Y市というのは,“松下整形弥縫塾”出身にして,
    “維新變身選舉互助會” に屬する妄想狂に牛耳られていた
    ところである,サンザンに煮え湯をのまされたのであった。

    KY にもいろいろな種類があるよーで。
    知事,首長の “空氣讀みすぎ”,“空氣を讀めよ” な
    同調壓力なKY もあれば
    このK紙のような 本來の字義の KY ,もある・・・・。

    仕事の都合上,PCを比較的はやくから使っていたわたしの父は,
    インターネットというものに不審を抱き眉顰している。
    一度ITの便利を知ったうえで,
    ただキライだというだけで“斷線”,するという
    のはなまなかできることじゃない。
    が,現役を退いてからは,回線接續を解約してしまった。
      
    實家で夏の殆どをすごし,またそもそも“持ち歩く趣味も必要もない”
    わたしは,
    このブログの記事を,
    インターネットに繫がらないPCで書いてまとめおき,
    自分の家に歸った折に,予約投稿によりテキトーにアップ
    していた。
    おもに 鹿地亘『中國の十年 』 や 郭沫若『抗日戰回想録』
    を書き寫してたのたが。
    そして當時のできごと,と現代おきていること,との相似に,
    暗澹とさせられる
    ことが幾度もあった。
    そのなかで,とくに嗤ってしまったのが,いや,ホントは,
    慄然とさせられたのだが・・・・・
    海上自衛隊〈いずも〉の進水式の記事であった。

    海自最大の護衛艦が進水式、15年就役のヘリ搭載型
                             ―― 神奈川新聞8月7日

    ちょうど,郭沫若が香港に向かうべく陸の孤島上海を離れた場面から始まる
    南遷  一孤島脱出の章が,8月7日の0時,にアップされている。

    上海の呉淞口,公和祥埠頭に日本軍の艦船が停泊,その威容を誇示していた,
    というくだり,である。
    搭載機一機が,艦上とびたつと,郭沫若らの見上げる,上空を三べんまわって
    武威をひけらかした,その軍艦が,
    あはは。
    こともあろうに《出雲》,であった。
    皮膚がアワ立つ思い・・・・ではあれ,
    アンタンとなるより,笑つてしまうしかない,
    その,符合。
    なにものぞんでいるわけではない。
      
    このテの符合,黯合というのは,こうなったらいいな,きっとこうなるだろう,
    だから信じよう,なんて際には,おおいに懸想し,拘泥するものの,
    近い將來に
    現實と一致することなど,めったにない。

    しかし “惡いきざし” というのは予兆,ともいうように,
    “あらかじめのきざし”。
    素因は象徴,をともなって,つねに因果と應報する。

    次の戰爭には,この,〈いずも〉が,深く關與することは,
    まずもって,まちがいなかろう・・・・などなど,と・・・・。

    惡い予感というものは,つねにあたるものである。
    それはなぜなのか・・・・。
    元來,歴史を真に學ぶことができるはずだったヒトのDNA,
    を考えるならば,
    とうに
    “氣づくべくして氣づく” こと,“知るべくして知る” こと,
    であるだからだ。

    そもそも。

    “いつか來た道”
    などというコトバは・・・・,

    人間のもつ,やむことなき愚かさを,
    もっとも,あからさまに,表徴することばである。

    “既視感”,“予知能力”
    ・・・・などというものは,
    人間のもてる賢さの,もっともあきらかなる “無用の長物”,を
    象徴するものかもしれない。

    おそらく,
    “デルポイの神託” のものがたり,とは,このことの,
    過酷な實相をついたものなのだろう・・・・。

    “木の壁”
    この意味をご存知か?

    ・・・・“歴史に學ぶ”
    という わたしたちの“能力” のハナシではないのだ・・・・
     
    それは潜在でなく,意識して,すき好んで,わたしたちによって,もっとも
    あからさまに,ムダに,ソデにされているのだから・・・・。


    Avez‐vous déjà vu? Non, je n'ai jamais vu.


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    テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

    天自得一⑤ネオプラトニック曹植wの在宥“《苦思行》とCogito ergo sum

    策杖從我游, 教我要忘言♫ ――陳思曹植《苦思行》 

    『三國志演義』にでてくる草食系男子にして・・・・,

    肉食系男子のオヤジと兄貴にいじめられた悲劇の貴公子ぢゃあるが。

    なかなかどうして。
    そういう,見方はソウショク(チ)君には,ヒツレイではないかとゆうハナシ。
    ひいては,わが最愛なる魏武をふくめ,三曹ソノモノを矮小化する
    のちの世にハビコる蜀漢びいき陣營の,姑息ないいがかりであって。
    しかるに
    建安文人に對するニホンジンの評價はあまりも低い。
    荒涼としているのである。
    という,ゲンジツ。

    漢古,古體詩への,つまりは,「詩以言志」というコトの本質への無理解に通ずるのであるっ
    ふんっ
    とゆうケンキョウフカイ,ガデンインスイ的少玄ぢゃあるが。


    そもそもが,詩人である。wソウチ(ショク)君。

    ときどきおかしなことをいったりかいたりする,
    そりゃあ,アタリマエでわないか?とゆう。

    オヤジの魏武曹操も,文帝曹丕兄も,

    どうもこいつはいつも,別世界にリーチかけてるヘンなヤツ,
    おかしなヤローだ,

    とて,覇業と國事に邁進する忙しいふたりから
    あたりまえに疎んじられてしまったソウショク君,とゆう。

    だけのハナシである

    あまり政治にかかわらないでくれろ,できれば僻地で,酒に溺れて一生を終えてくれろ
    とおもってしまったのもいたしかたないとゆー。
    くらいには。。。

    へんだった,

    とわたしは確信する,テンパってる曹植クン
    殘忍な兄にいじめられて,憂さをはらうために大酒飲みてついにデンパケイ器質に
    なってしまった悲劇の才子だった,とゆうショーコは
    どこにもない。
    貴公子を美化するにしても親兄弟を巻き添えにしてはいけないw

    もともとが憂欝質だったのである。

    ちなみにメランコリエ
       mélancolie。 憂鬱系キ質= 黑膽汁質
       西の古代醫學者に言うところの melas 黑 kholé 膽汁
       この胆汁を中國語にすると。
       これは,なぜか,黄水。 w
       いかにも。キ色は日本においてはキ印であって,
       では黄水はキチガイ水か?とゆえば
       ・・・・・。
       フランスで黄色い水なら,おもいうかぶは,黄色の濁りペルノー,リカール。
       つまりはアブサンぢゃwという東西普遍のコトのコトワリw
       と愚にもつかないタワゴトならべて
       酒と詩人とキ鬱の親和性は,あえて證據(明かしだて)するまでもない
       自明のことだがw
       さらにちなみに黄色がかった黑い色を黑に甘いと書いて「黚」というw

    さて本題。

    陳思・曹植 の,我,いま仙境に遊びし,というような詩は,よくわからないことが多い。
    “句として” わかりづらい。
    わかりづらいということは,
    詩句としての必然性をこちらがみつけられない,ということだが

    それはとりもなおさず
    そこに,曹植,らしい “意” がいいつくされてないから,
    ということなのだが
    なぜか?という思いのなかで。

    という中
    曹植の冗漫な言葉遊びも多いこのテの詩,そのなかに,大好きな詩が二つある。
    近代詩人とかわらない,かざりけのなさ

    《桂之樹行》 と,この,
    《苦思行》

    ちょっと不可,思議な世界である。
    情景自軆はあたりまえな,古來描かれてきたところの仙境なんだとおもうが・・・・。

    曹植の特殊な
    言い回しというか曹植らしい作句のジユウさ, かれの,自,由というものが
    よくわかる氣がする,
      

    曹植《苦思行》

     李白に《懐仙歌》という樂府があるが,まさに同じ情景をおなじように詠っている。
     いるんだが
     曹植のこの詩にかぎっては,漢魏の時代にあって!という,
     李白をディスるキはもうとうないが
     唐代の詩仙の樂府をかる~く凌駕するスゴイ詩,だ

    《苦思行》  曹子建(曹植)

    綠蘿緣玉樹       玉樹には,綠蘿の蔦のからまりて
    光耀粲相輝       光耀,粲(さん)として相い輝けり
    下有兩真人       樹下に兩(ふた)りの真人あり, 
    舉翅翻高飛       翅を舉げ,それ翻すや,つよく高く飛びさらん
    我心何踴躍       我が心,何と踴躍(勇躍)せんことか,
    思欲攀雲追       思いは,ただ雲追い,攀じてのぼるのみ!
    鬱鬱西嶽顛       鬱鬱蒼(と生い茂り)たり,西嶽の顛(てん)
    石室青青與天連   石室の,青青として天に連(つらな)るところ
    中有耆年一隱士   耆年(ぎねん)の隱士一人あり
    鬚髮皆皓然       鬚髮(しゅはつ)は,皆,皓然たり
    策杖從我游       杖つき,我を從え “游び” しはてには,
    教我要忘言       我に教えたまう,要諦,それ,「忘言」 なり


    *綠蘿=蔓生植物,和名はオウゴンカヅラだそうだが。
          熱帶性,印度西アジア原産,中原では見られぬ
    *玉樹=つまり,仙樹である
    李白の,《懐仙歌》をひいてもらうとわかるだろうか,
     應攀玉樹長相待。

    *兩真人=《飛龍篇》にもでてくる忽逢二童と同一であろうか
    *顛=頂天,天空の意も
    *西嶽=普通西嶽といえば崋山のことだが
    *石室=巌石で自然に出來た石の洞窟

         ―――『樂府詩集』 卷 第六十三  《雜曲歌辭三》
         ―――『曹子建集』
     
      ※意譯,我流につき間違いはご指摘ご教示ください
    郭茂倩『樂府詩集』, 雜曲歌辭に収められる。

    漢代詩ジタイに唐代詩ほどの洗練がなかったことをかんがえればそれはよりすごいことなのだが,それを考えなくても。
    よめばわかる。普遍性があるとゆう。
    なぜか日本の,曹植詩集にも,また漢魏詩のアンソロージーの類でも
    無視されている・・・・という現實があるw
    岩波の曹植詩集に収められた詩はもちろんどれも素晴らしいことは
    言うまでもないが
    いや,そもそも,日本では,曹植はまずは「三国志演義」の
    登場人物にすぎないんであって,大した詩人ぢゃありません
    という,三曹への根深い偏見があるのもまた事實。
    そういう日本人の根強い偏見,根深い漢魏建安詩人への蒙蔽を
    はらいつづけている,という意味で
    岩波の曹植詩集は,かけがえなく,スバラシんだがw



    この内容で題が 《苦思行》 というのがw
    いい。
    すごくいい。
    この詩の最後を結ぶ,

    教我要忘言!Jiào wo yào wàng yán

    まできて
    はじめて《苦しい思いのうた》 という意味がすとんと腑に落ちる
    (このばあいの “行” はもちろん
    樂府なので,曲,歌辭,と言う意味。~吟,とか~篇と言うのと同じである)

    「言を我に忘れさせしむ」とも,よみくだすのかもしれないが
    教の本義をかんがえれば,それはどっちによみくだしても究境おなじである

    “得意忘言”,『莊子』から來ていることはまずまちがいないだろう,

    すなわち “言は意に在る所以なるも、意を得て言を忘る”
     
    それを我に教えた。というのである。
    ・・・・・・!
    曹植のこーゆうところがわたしはハゲしく好きなのだw

     『莊子』《外物篇》,

    荃者所以在魚, 得魚而忘荃,
    蹄者所以在兔, 得兔而忘蹄
    言者所以在意, 得意而忘言,
    吾安得夫忘言之人而與之言哉



    “言不盡意”――『周易』《繫辭》 も同じ意味である。

    “得意忘言”とは,『莊子』という “詩人” のまさに至言,魂なのだが。

    詩人は,時を越え時空を超え,感應する。
    それを目撃するトキ,
    わたしたちは,また,
    數數の疑問がまた氷解していく至福の瞬間を味わう。

    『莊子』のこのことば,たどりついた,わたしなりの理解は
    曹植のこの詩によって確信するに至った。

    それはさておきそもそも

    “得意忘言”

    “天自得一”
    これは,わたしの理解では
    自存,もしくは唯,我 (not唯我論) “存” のことであり。

    存由と在宥,を,わたしにもっとも端的に,いや,端なくも,
    いや,ミもフタもなく教えてくれた

    彼らが,ひとびとが,個個,立ってる位置はズレている,俯仰するそのおのれの高さは,違う,にしても
    ・・・・・。
    起点は,同じ。
    得意,とはなにか。得る,とはなにか
    天自得一,にかぎらず。

    そもそも 「“思”,“想”」 は絶對神の否定からすすめなきゃなにもはじまらない
    という意味においては,自 “分” と,天地 “分” との,あと先を,相對することは必須であるし。

    自らを知る “意(Want)” を得る。
    漢籍のことばでは
    天地人,人間(ジンカン)にあって個の自存在 “由” とはなにか
    ということになる

    自,おもう,ゆえ(由)に自,在り
    Cogito ergo sum
    とはそういうことだ。
    また,自由自在とは,本來そういうイミをもっていた

    そもそも “他” と言う相對を想定し,得ないときに,
    つまり,
    自我,他我の認識をはじめる以前に,
    まず

    “自” とは,なんだろうか

    と問う命題に

    “他者”が介在する余地がない。

    そこまで根源的なことからはじめてかんがえようとするのがテツガクであるが。
    ごあくたりまえの,こと
    論理性,
    あるべき,この順序の,思,索(つながり),
    ジツは漢字のなりたちはその事と,ことばの進化をしっかりとあとづけし,つたえている

    そういう手順に,ひじょーに無頓着なのが今のニホンジン。
    それは,漢字(本來外國語であるところの漢語)を嚴密に使っていないでも,なんとなくなりたつニホンゴのヒ論理性でもあるが,
    英語をカタカナにして,もやもやのままつかいこなしてしまうニホンゴの節操のなさ,といってもいい

    たとえば,

    “我” を我として自ずから規定するのは,なにか。

    という命題であるところの
    Cogito ergo sum
    これをもちだして,
    我思う故我あり,と,わたしは思わない
    と書かれた文言を見たがw

    よくいわれるところの。
    わたしはウナギ。コンニャクは太らない。の,たぐいの日常語ではあるんだが。
    ただしくは

    我思う故我あり,という論理(もしくは誤謬)を,わたしはそうではないのではないかと考える
    だろうとはおもうんだが,

    こんなことでも,ニホンゴのムズカシさがよく見えるw。
    「と」によるつながりが
    西洋人は理解しづらいだろうw
    (讀んでみればわたしにとってはその内容もニホンゴテツガクの怪談であったが)

    クレタびとのようなパラドクスが理解しづらいニホンゴの構造,とゆう奇奇怪怪。
    誤謬した論理と語義(=字義ではない)に留意せず,すすめられる
    共生社會がコワい

    そもそも
    不,嚴密w,
    非,正確w,
    無,論理
    というニホンゴの構造的奈落wを,
    西洋テツガクや中國思想の論理性は,非常に嫌う

    「ニホンゴ」そのものの,能力の限界であり,
    まさにそのこと,への,無自覺,がニホンジンの宿痾を一層頑固なものにする

    ニホンのナゾめいた「りべらるホ種」が「ヴォルテールの寛容」を,西洋人と同じようには理解できないのといっしょで,
    モチロン,そのことは

     めんどくさいことは考えない,
     堂堂と物事や,ヒトの批判をするのは,はしたない,
     おもったことはやたら口にしてはいけません

    という,アイマイモコとした “理”, “想” wの社會を,ホンワカと醸成する,という利点美質はあるものの・・・・。

    「クレタビト」のパラドックスの,おこりやすさへの自覺とそれへの戒めは,
    西洋の言語や漢字言の構造と行使能力のうちに,しっかりと内在しているのだが。
    つまりは,言葉を發しはじめた赤ん坊の時から・・・・きたえられている。

    それは西洋人や中國人,ニホンジン以外のかれら,「論理性をないがしろにしては操れない言語」を「用」いるひとびとの
    宿痾であり,宿命でもあり,
    (そうではない「ニホンジン」にはとうてい理解してもらえないという
    負の宿業はせおうものの・・・ww。)

    何が,マイナスで,何がプラスかは,
    どちらがどちらよりどうこう,ということは,

    生まれた土地によって,風土によって,いやコクミン性によって
    いや,
    そもそも,それぞれの個體の性質,我,の自由,生き方,そういうものによってちがう,というのも
    モチロン,ゆるぎない「真理」。

    と言うキがしないでもないがw

    そもそも。

    わたしが書くと,
    わたしが書くことはいつも

    マッタク中立性のない,ヒトの批判ばかりするヤツ,自己愛の文言ととらえられる。

    が, ゆえにわたしあり,だ

    それはとっくにわたしは引き受けているw

     そもそも
     わたしはもう,ニホンゴをただしく操れないのである。
     漢語を書くといつも,わずらわしい “ ” がつきまとうのはそのせいである。
     日本語のあいまいに理解された漢字で,中國文學は語れるか,語りえない,
     という限界,自身の無能に,とうにキづいているのだが
     ブログを書くことをやめないのは,

    ・・・・・。
    (ハンパツ心,これいがいにはないw。)

    とまれ
    “論理”性というものにたいする,ニホンゴの, そもそもの限界, 無能力の罪と弊害は大きい

    その非論理性が,ことばに,仕組まれているから,
    こそ。
    日本社會が非論理のバケモノになってゆくのだ

    またまた,ニホンジンディスり(一部からは,わたしの,ビョーキ,ともいわれるへいとすぴーち)に,はてなく發展病膏肓していくので
    ここで,やまる “意” ,あるつもりだがw

    ちなみに
    ラテン語とゆうのは非常に簡潔であるが。
    漢語も簡潔であることに引けを取らないとはいうものの。

    成語として Cogito ergo sum は
    「漢字」によって分解すればこうなる

    sum    I am       我  
    Cogito  I think.      我想~, or, 我能想~
    ergo    therefore    因此(このことによって)

    つまり想,その想という字,それジタイ(=自體)に, “自”“體” がそもそもある。
    ということだ。

    ラテン語と言うのは非常に簡潔であるが,であるゆえに
    西洋の言語のおおくは,ラテン語を語幹として,枝葉をつけて
    複雑化発展していったわけで
    インド・ヨーロッパ語族のうちラテン語を共通の母體としている派バツの言語同士なら
    語幹からの連想によってある程度異國の言葉も予測がたてられる。
    だからむかしはラテン語が必須の教養科目だった。

    漢字の部首から連想されることで,
    知らない漢字の語義をある程度予想できるようにしくみこまれている,
    そのこと,とおなじとまでいってしまっては語弊があるかもしれないが。


    “策杖,從我,游, 教我要忘言”


       我思う
       故に
       我あり,

    はニホンゴだが,あえて漢字のみで
    かみ砕いてかつ精緻に嚴密ホンヤクすればw

       (從今),我想(=我可以考慮)。 
       (由此可見,因為),
       從,見為(認為,有「宥存」的在)。
       

       わたしは,ちょうど今から,
       わたしは,思ってゐる。
       (とはそれを考えることができてゐるということである)。
       だからこそ,自らが(存在して)ゐる,(と,わたしにみとめさせ得る),
       所以。
       そういう自らの由(ゆらい)そのものを
       「得てゐる我が,有り」,而して,自(はじめて)在り,
       自(みずか)らの「由」をみいだすことができる

    である。

    ゆい,が,そん。の,ゆい,を除いた部分であるw

    Cogito ergo sum,にはそもそも,

    わたしだけが,わたしのみが,と言う主張はない。

    他がいない,自他の相対化以前のハナシである

    「唯我獨尊」,と言う言葉は,
    スピと釈迦ブツ盲信徒の手垢にまみれたすえ,
    テツガク的真意はとっくのとうにうしなわれているがw

    へたすりゃ,自己責任糾明社會において,
    ジコセキニンでしょ,のネットユーザーがいうところの
    わがままやろーのことだ,(つまりは玄,おまえのことだ),
    とおもってるのも多いようだが

    そもそも自存,自我,これは
    ニホンジンが生きやすい社會の構築や,ニホンジンムラ共生の理想とは,
    何のカンケーもないリクツであるw。


    さて。曹植。

    策杖從我游,  教我要忘言 

    鬚髮皆皓然たりの耆年一隱士,“隠者の杖”を手に我を誘い遥游さす
    そして,教我要忘言。
    それは叡智のコトバ。道家の,Tao
    だが,

    じつは,
    “詩人” の創造力,
    その要諦。
    である。
    それにキづいて
    ガビーンとなったわたしは,そもそもアホだが,
    これを詩句にする曹植も曹植,である・・・・。
    が。
    やはり “詩人” なのである
    『莊子』を繙くまでもなくw。

    そして,
    『莊子』を思い,索(ヒモ)解いたならばわかるが
    莊周は,
    もとより一個の詩人である

    曹植のこの詩は
    西洋文學風にいえば,幻視の詩人が出遭う Hermès Trismégiste 隠者
    のよーなもん
    いや,アポロニウスの “杖” というべきか

    しかしこれはスピのハナシではなく,小アジアから
    ホメーロスからソポクレス,マハーバーラタ,から震旦まで

    れんめんとつづく東方世界の哲學的智慧である
    そしてその智慧を擔っていたのは,中國でもやはり在野の隠遁者であったが。

    というか
    いや人類共通のイメージ,形象・・・・
    みなおなじ。

    杖。
    である。

     跛老杖先逃    Bǒ lǎo zhàng xiān táo

    杖をもつものは老人,そして跛であるがw
    杖をもつものは
    盲者,めしい,というのもまた「光明」の對義として象徴としてある

    hermit.jpg




    余語

    教我要忘言。
    古拙にして坦直。

    邵雍の「天自得一」
    という言葉の意味は,
    北宋時代に中國禪がさかんになり,スピにかたむきかけてゆく中國文人に
    對峙して,『莊子』,道に,回歸せよ,とうったえる

    そんな詩であったのではないか・・・・・そんなことまでおもってしまう
    ほぼ同時期にイスラム神秘主義思想にも
    似たような揺り戻しがあったようにわたしは理解しているが。

    自存と在宥を,佛敎思想の叡智をふまえてなおかつ古代中國思想の
    「素僕」な,「古拙」といえるくらいに,強靭な,認識,を抽出した。

    わたしの使う古拙,ということばは,ちなみにほめ言葉だが。
    まあ,ほぼ根源的,非常にラディカル,といういみだが。

    拙であることは,裏を返せば, “巧み”過ぎないね,ということだ

    曹植詩の革新性,詩人としてエポックメイキングであったこと,
    それは,いろいろあげられるだろうが,
    こういう坦率の,ことばづかいが,結句になっていることもひとつあげられる

    おそらく,鍾嶸が『詩品』で曹植を「上品」となし「魏陳思王植其源出於國風」と書いたところとはまったくべつに,

    曹植の淵源が四言詩にあり,

    故にこそ,

    曹植が五言詩の型式を確立しえた理由,

    ソノジツ,鍾嶸が想定しなかっただろう理由であり,
    曹植の詩が現代に生き殘った理由,その核心だとおもうわけだが

    とくにその新しさ。
    五言詩のリズムということだが。

    五言詩句の “リズム” を最初にうまくつかいこなしたのは正に曹植であり。

    そのつながりにおいて,いえば
    そのあとを――

    古詩史上に,最初にして最高の五言詩連作,阮嗣宗)《詠懷詩》をものした――

    『莊子』の徒たる阮籍がさらに,
    人生の胸騒ぎと,焦燥,と,さらに,絶望、絶 “意”といっていいか,それを言い盡そうとした。

    曹植もまたそーであったようにw
    阮籍嗣宗は狂氣を,佯ることで韜晦し,飲酒と,
    また『莊子』に惑溺したわけだが

    歴史上ではない,人間の一生のうえでの
    時間――遷移――と日月盛衰をむすびつけてうたい,かなしんだ,

    それは,100年のちに生きたアウレリウス・アウグスティヌス
    の時間論,そしておよそ1700年のちに書かれたハイデッカーの
    『存在と時間』を想起させる――)《詠懷詩》の深みである・

    わたしは,西洋テツガク,ブンガクずきのひとに,いわゆる“漢詩”とゆうものを讀んでみたいが,
    なにがいいか?ときかれれればかならず

    『阮籍の「詠懐詩」について 』(岩波文庫 青 152-1) | 吉川 幸次郎

    をおすすめしてきた。
    薄っぺらい本だが,みな,一讀後,いわゆる“漢詩”に興味を持ってくれる
    そこには,ニホンジンが抱く唐詩選の世界とはまったくことなる
    人生論が展開されてある,

    非常に,形而上的な,象徴詩でもある

    吉川 幸次郎という孤高の文人にあって初めて為し得た,
    普遍性ある言葉でもってよみ下された,「よみくだし」は,
    阮籍の,古詩としての,五言詩の詩品,を
    些かも貶めない。
    ばかりか
    いわゆる“漢詩”としての詩格,をそこなわない
    のだが,
    李白杜甫の唐詩一辺倒,定着してしまった“漢詩”にたいするイメージの轉換を余儀なくさせられるのである

    が,それはさておき
    曹植。
    四言詩から五言詩への転換と,
    阮籍の時間,焦燥に,そして絶 “意” に,直接影響をあたえたであろう
    曹植の
    さらっと胸中を,吐露して
    (しかし非常に洗練された詩句となっている) いつも鮮やかで力強いものとして,
    感じられる詩句。

    《桂之樹行》 にもある

    高高上際於衆外  高き高さに上りつめれば,衆,を外れ
    下下乃窮極地天  下の下,極を窮めれば,地は天(と逆轉せり)


    敢えて言いたいのだ。
      
    キリスト紀元200年ちょっとの頃だ,
    曹植の,この詩は昇天しちゃって,神秘を垣間見た新プラトン主義的軆験を
    詠ったとしか思えない。

    “天地” を “地天” と詠んだ “詩人” はジツに曹植が世界で最初である!


     (・・・・へたすりゃ最後かも)

    敢えて,
    というほどのことでもないカンジだが。

    GrandEtteilla.jpg 

    長くて w
    まさかこの記事ぜんぶ讀まんだろうが

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    天自得一④ “用と體” 得意忘言

    邵雍《自餘吟》

     自餘吟   Zì yú yín

     身生天地後  Shēn shēng tiāndì hòu  身は天地の後に生き
     心在天地前  Xīn zài tiāndì qián.    心は天地の前に在り
     天地自我出  Tiāndì zìwǒ chū     天地は我より出ずる
     自餘何足言  zì yú, hé zú yán     自餘,何を言うに足らん

      自餘=爾餘 このほか




    孟子の最強,
    「萬物皆備於我」を想起させる。

    孟子曰「萬物皆備於我矣,反身而誠,樂莫大焉」
        孟子曰く「萬物皆我に備わる。身に反(かえり)みて誠あらば
             樂しみ焉(これ)より大いなるは莫(な)し」
     

    莊子,でいえばこれは『斎物』か

     「天地與我並生,,萬物與我為一」
           天地も我れと並び生じて、万物も我れと一たり

     

    天地と過不足なく同じい。

    宇宙本體渾一無對。

    ものすごく力強く,大好きだ,

    わたしの中にあっては,
    イブン・アル・アラビーの氣燄囂張と變わらない・・・・
    謂わば是,自豪真勇(ずーはおちぇんよん)的言
    とゆえば,おフザケが過ぎるが,

    この天地の前後とは,自我の前提にある “自他・用體” のことなのだろう。
    自餘吟(このほか何あらん哉,これを吟ず)

    またいう,

    心月孤圓,光呑萬象,光非照境,境亦非存,
    (光境倶亡,復是何物)
        ―― 『傳燈録』盤山寶積禪師


    盤山寶積禪師はいう,
    六句の偈そのうちの四句だが

     心月,孤にして圓なり,光は萬象を吞む,
     光,境を照らすには非 (あら) ず,境もまた(そもそも)存らず


    ものを見る,とは,
    そも,自らの作為。
    では自在は,どこに?
    在心か?
    身外か?

    この偈,これまでもよくよく引き合いに出してきた,
    容光,と必照,の關係は,光吞と倶亡の關係と表裏にあるパラドックスである
    容器と用具の形象をよくよくかんがえさせられる。

    つまり,
    唐人の盤山寶積の偈頌も,邵雍も

    どちらも同じことを言っているのであるが

    乾坤在身中,心在天地外とでもいうか

    光は境を照らすに非らず, 境も亦た存らず。

    光境倶に亡ず,復た是れ何の物?
    こたえは
    “自”
    である。

    自,以外,ありえない。

    根,であるといってもいい
    根歸,といってもいい,歸一といってもいい。
    萬物竝作,といってもいい

    ホトケは,己の “中” に有る。
    ホトケは,己の外(ほか)のどこにもゐないのである

    大乘佛敎の,真諦である

    “心” 中において,真髄において,

    ココロ,とはなにか,
    “心” の本義,原義は
    「まんなか」,中心,である,
    また,「あるじ」

    人の “君(主)” である,

    心者,形之君也,而神明之主也
    心とは,「キミ」 の形象であり,(精)神の“日月” その,「あるじ」である。

    在身,身に在りて,その中心であり,命令者である,

    非,對立。
    無,自他。
    對立せず自他も無い

    天地,乾坤,がそうであるように,その境地は主客,自我對象の消滅,ということになろうか

    心は内にあって外を包括,し,
    そのように,有り,在る,ことによって

    天地萬物の内に貫かる, “心” ,すなわち。
    中“心” となる

    そもそも光の透出した天地を,光は吞むだろうか
    つまり光線は光源を照らすだろうか,
    心は内に在って身は外にあるならば,

    “意” ,とはどこに有るか,
    “自”ら ,は,どこに在るか

    さらに,邵雍が別の言い方でおなじことを言い表しているのが次の詩。《乾坤吟》

    放下一切,自由自在。 
    『莊子』を思わせる, 得意忘言不拘泥的・・・・

    邵雍《乾坤吟》

       乾坤吟 二首 Qián Kūn yín

      其一
     意亦心所至  Yì yì xīn suǒ zhì    “意” とは亦た心の至るる所
     言須耳所聞  Yán xū ěr suǒ wén.  “言” とは須べからく耳に聞く所
     誰云天地外  Shuí yún tiāndì wài,   誰が云(つたえんか)天地の外に
     別有好乾坤  bié yǒu hǎo qiánkūn  “好” 乾坤の有る,など,と,


      其二
     道不遠于人  Dào bù yuǎn yú rén   道は人において遠からず
     乾坤只在身  Qiánkūn zhǐ zài shēn   乾坤は只,身に在り
     誰能天地外  Shuí néng tiāndì wài    誰か能あたうか天地の外に
     別去覓乾坤  bié qù mì qiánkūn     乾坤を覓ねて去る,(などす,な)


    (意譯です,我流につき間違いはご指摘ご教示を)



    “意” とはなにか?
    “言” を聞くのは,在身か?外心か?

    はたまた

    ものを覓ねる,とは,
    そも,自,その在は,どこに?
    在心か?
    身外か?


    機能は體を用いて用いるところの體を識る
     體在天地後,用起天地先
    また,
     身生天地後,心在天地前

    そうだ,そうしてみちびかれる,
    心は天地の “先” にある,
    とは
    まさに おおらかしく,おおきい,無碍。
    裂れも傷もなく,罅も隙もない

    天,缺けず,地,割れず

    創世記のような,くだらんユイイツゼッタイ神サマの天地開闢,
    そういうたぐいの,つくられた神話の,

    まったき否定,である。

    カミサマなどいない。

    古代,古拙にして力強い叡智。
    アルカイックな,
    “自” という文字は,
    ジツは,
    「 “おのず” の “鼻”」 の象形であり,

    英語の,from 
    もしくは,since,
    また, oneself, 
    そして origin, 
    そして because 

    起点,であり,基,本,であり,元より,であり,
    自身,であり,根,であり,由來,をイミするコトバである

    意亦心所至,言須耳所聞

    身,體,が在るのは,天地の後,
    という意味。

    これは
    心は,“内” に存りて,身は “外” に在る,
    を,謂うならば,

    物を見る,とは

    “在内心” 用的 象を,為す のか?
    “存外身” 體的 形を,作すのか?

    という照應にもどってしまおうか
    はたまた。

    言を聞く,とは

    在身の為せる,用,その,象(かたち),なのか?
    存心,が作す, 體,その,形(かたち),なのか?

    “意” が有るから,耳傾けることができ,

    “意” が在るから見つめることができる。
    では
    “意” とはそもそもなにか?

    主體であり・・・・・,

    “意” とはなにか?


    主體の用命者である,
    命の司令者であり,命の主宰者であるところの “自”,その “自”が ,云い伝えるべき は。

    主“體”としてある “意”,意そのものであり,
    その “用”具(グ)が,“言”,である。

    しかし,
    “用”の具有は,また,ヒトと倶(ともに),在る。ヒトの具有するもの・・・・存有在宥

    『莊子』《外物篇》

    荃者所以在魚,得魚而忘荃,
    蹄者所以在兔,得兔而忘蹄
    言者所以在意,得意而忘言,
    吾安得夫忘言之人而與之言哉


    “得意忘言”だが。
    そもそも

    “意” の本義は何か?

    バカのヒトツオボエ段玉裁『説文解字注』によれば,

    “志” ナリ。

    「~がしたい」,という意志 will,want のことを,意という。

    つまり,言志のことだ,
    だから 字形は“音” に心なのである,
    いや,ちがう,
    だから “詩” は, “誌,言志” なのである,という

    はしなくも・・・・・
    いやバカバカしいまでの,「文字」の身もフタもない真理であるがw。
    ・・・・・・
    たしかに
    これは本末轉倒的なハナシだが,
    しかしこの本末轉倒は世界共通ナノダ

    “言” 語と文字 の“根源” ,アルケー, arkhē
    principium プリンキピウム,それそのもの,その消息をつたえるものである。

    本,末
    アルケーという言葉の對偶は,テロス
    アルパ(Α)とオメガ(Ω)
    これが古代中國東洋思想,なり,西洋哲學の基礎たる古代ギリシャなりの
    文明のおおきさ,普遍性というもの。

    (東,西,にはもとより,日が沈む昇る,それいがいに何の “イミ” もないが)

    “意” ,の語義,
    “忘” ,の語義,
    これを吟味しつくさないと,
    かつ,
    “言” とは何か,が嚴密でないと
    “得意忘言”はわからない,

    “得意而忘言”
    とは,『莊子』 のまさに至言,無為にして自在の, “魂 hún 云,鬼” なのだが,

    “云”ひ “つたへ” られたる萬物の根歸,である。
    しかし,
    また
    同時に,

    『周易』《繫辭》の“書不盡言,言不盡意”

    でもある,という,
    中國文人の “詩” 拘泥

    邵雍《得一吟》

    そう,ある種の,ひとは,人は,竟境・・・・。

    “言を忘れる” か, “理性” を喪うか,そのどちらかをえらばなくてはならなくなる。

    沈默は・・・・宿 “ (あ)”,であって, “ (さわり)” や,“ (きず)” ,ではない。
    (あ)” ではない。

    “疒” に音,と書く “瘖”
    (あん)” とは,障碍ではない,

    ” の喪失にすぎない。

    それを (おしだまる)”,という
    音の痾い,とは,
    自言のやまう病い。

    そうではなく。
    忘れろ,と。
    『莊子』は云うのだから

     黯  Àn

     不明無名    Bù míng wú míng
     萬歸一根    wàn guī yī gēn
     而且同時    Ér qiě tóng shí,
     乾坤自前    qián kūn zì qián,
     自言自語    Zì yán zì yǔ,
     得意忘言    dé yì wàng yán,

             20170510 13:51

     解題:言を忘れて「心亡」べば,得るものは,音と心。これ黯,




     魂  hún

     轉倒地天地也空   Zhuǎn dǎo dì tiān dì yě kōng.
     錯我鎖条幾重重   Cuò wǒ suǒ tiáo jǐ chóng chóng.
     夜深更惑愈不寐   Yè shēn gēng huò yù bù mèi,
     昏魂一醒在壺中   hūn hún yī xǐng zài hú zhōng.

             20170511 05:05

      解題:昏魂がキづいていることは,いまドつぼにはまってる,ということだけ

    テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

    孟東野本色,《遣興》 浮聲(音)與狂葩(色),胡爲欲相侵,而して形

    詩言志, 歌永言, 聲依永, 律和聲。
    八音克諧, 無相奪倫, 神人以和。 


     詩は志の言,歌は言を永くし,聲は永きに依り,律は聲を和す
     八音克諧(よくととのう)て倫(みち)奪いあう相無くば,以て神、人の和す

                      ――『尚書』《虞書・堯典》 


    つづいて,戰國時代最後の。テロル,
    それは失敗したにもかかわらず,史上最も名高いと言っていい
    暗殺者の荊軻と “燕”と言う, “封建” の時代の殘骸である小國の
    國防が結びついた,
    “本來ありえない”官,野の合作だった

    高漸離撃筑, 和荊軻酣歌 

    このテロルが失敗におわったことで,秦始皇嬴政の國家統一,
    空前の大事業がなしとげられたわけだが

    と,
    そこに行く前に

    すこしヨリミチ

    そもそも春秋時代(紀元前770年-前403年)に,音樂は,
    古代中國の哲學思想をよく “形” にあらわした象徴である

      形とは具象化されたもの,

    聲(=いまのニホンゴにいう,音におなじ),と色(光による)には
    そもそも形はない,が。

    前に,「色即是空,この,色とは,カタチのこと,」
    などというカイシャクがまかり通っているのは,
    漢字をテキトーに使っているニホンジンのあいだだけである,
    と書いた。
    形とは物の形,触れてみることができ,壊れることがあるものである。
    “空( クウ)” ,とはむしろ,ゼッタイハンタイ,にある。

    “空 とはいわば,「形にとらわれる」,そこからの脱却,
    であり,
    “無窮” にして,何物も “形成” し得ない,
    それが “空” である

    形とはなにか,が,わからないと, テツガク的な“認識”はむずかしいものとなる。
    そこから,まちがう。
    だって
    形而上,メタフィジカということばの概念を知らないで,哲學は語れないだろう?
    そのデンでいけば
    形,とは,フィジカルのことであるw
    つまり具體,身體,
    今,ニホンジンは漢字を西洋の哲學用語にあてはめ翻譯した,明治の文人ほど,
    漢字に理解がないから “哲學” がなんかむずかしいことになってしまう

    明治時代の翻譯語は,漢語を借りてきてあてはめた。
    西洋の哲學に照應する,もしくは匹敵する哲學對系が中國思想にはあったということ,
    それなしに漢語による翻訳は成り立ちえない
    やまとことばで照應できなかったのはやまとことばには,照應する哲學的背景がなかったということにほかならない


    日本語のすがたかたち,を,“容” 姿,というが,
    中國語の “容姿 róngzī” は “入れ物” 器,そのすがた,ということになる

    では形とは何か

    『説文解字』によれば,
    形, 象也。作像

    物成生理謂之形。——『莊子』《天地篇》

    ・・・・。

    色(光),聲(音),香,味
    そうしたいわば實 “體”ないもの,に “理” 性を意味づける作業
    そこから,形象,が,概念をともなって
    また, “しるしづけられた”,という,徴されたところの象,が,“記号” となり,
    共有されることで普遍化される
    その最たるものが,象形文字であるところの漢字,である
    もしくは字の, “形”

    阮咸《遣興》 孟東野

    弦貞とは“貞絃 zhēn xián,弦のまっすぐな樣(さま)。
    弦の直。

    そもそも弦とは,そのテンションによって音を奏でる。
    その胴によって響かせる。

    彈琴,つまり,彈く,撥(はつ)る弦は,まっすぐに直に張りつめなければ用をなさない。
    したがって“貞弦”と は,
    弦そのもののこと。
    であるならば,弦とは直である。

    弓字に玄,“玄”の字,それ自體が,不可,思義を,意味するものの, 
    “弦”,とは,
    ちょっと不可解な,アンビヴァレンツなような感覺に陥らせる。

    弓は灣曲して,撓めて力をたくわえ,たもち,しかるべき時,發す
    “撓めて”
    と言うところに,いみあるのが “弓” 。

     
    “不撓不屈” とよくいうが。 
     心直なり,強靭にして屈曲せぬことを言う,

    つまり撓めずとは,すなわち直である。
    たわんだところに,張りつめるもの,絲。
    糸はそもそも直ではないが。

    “弦”という言葉のいみ,字形の魔力。
    さらに,つづいてでてくる 松の“直”

    ,そして貞,松,の
    カンペキな,しかしどこかいびつな,“對偶” 。
    カンペキだがいびつ。
    アンバランスだが確かに極端を結びつける。
    そして,曲の文字が自然にうかびあがる
    堅い絲,その緊張と五行の相剋,その調和されたすがたが “樂” であり
    “曲”するところの無限の轉輾が旋律である
    それはモチロン,讀み手に前提となる知識, “形” の,
    つまり,メタファーの融通がなければならないのだが

    直と “曲” をいききすることによって。
    いずるもの,浮かび上がるものは、確かに “調” である

    孟東野の,“樂府”,“寓詩”の魅力はまさにここにあると考えている。
    パラドクシーな表現力でもある。
    曲とは何か.ジツは “變 調” のことでもあり
    そのことをしめしていることばが, “竟” であり,またそのカタマリを “章” という

       竟 jìng         章 zhāng
            竟 jìng            章 zhāng

    貞曜先生,とは孟東野の諡り名だが,ジツはわたしは,心の中で,“貞弦兒” とかってに呼んでいる。
    この詩から,この詩のせいでと,いうわけでもないが・・・・w,
    わたしにはこの,偶發的にできたかのような 遣興という詩が,
    東野そのものであるようにおもえてならず,
    この詩をとにかく愛しているのだが。
    さはさりながら・・・・・。 
    この詩を日本語に寫すことは,書き下すことすら,とてもじゃないがわたしにはムリ。
    能力の限界をこえている。
    というわけで,
    だらだらと,語注と解釋を書きつらねるしかない

     遣興   “Qiǎn xìng”

     弦貞五音調     xián zhēn wǔ yīn tiào
     松直百尺心     sōng zhí bǎi chǐ xīn
     貞弦含古風     zhēn xián hán gǔ fēng
     直松凌高岑     zhí sōng líng gāo cén
     浮聲與狂葩     fú shēng yǔ kuáng pā
     胡爲欲相侵     hú wèi yù xiāng qīn

    弦 小篆     

     下平二十一 侵:心岑侵

         『孟郊集校注』韓泉欣校注 (浙江古籍出版社)

    遣興=詩題の一種。 抒發情懷,解悶散心, 

     遣は解き放ちやる,興は思い發して。
     解悶は煩悶を排し解くこと。

     
    *調=聲音の調和
    *凌=しのぐ
    *高岑=高い山,けわしい
    *胡=何,なんぞ,胡爲はどうして
    *浮聲=Fú shēng 浮世の俗聲くらいの意だろう
    *狂葩=kuáng pā 怒り放ち,あざやかに狂い咲く(葩)花,而して萎れやすい。

    *五音調=一作に,五條音につくる(わたしは×だと思う)
    *狂葩=一作に,狂苑(これもわたしは×だと思う)
         



    天地衆物調和せるが如し ―― 最得氣之本也

    “調 tiáo” は,In harmonious proportion, 調 (小篆)
     『説文解字』注 によれば “和(龢)” 也。

    いわゆる,調査などの調べるの意味は,中國語にはないが,
    それに近いたとえば選抜,などと言う意味でつかわれるばあい, diào,

    調 tiáo,は,
    tune,tone,melody,adjust,regulate
    そして,和,harmony

    ちなみに,弦調とは五音

    弦貞五音調,貞弦含古風

    音韻のバランスからも,わたしは,“弦貞五音調” ,の方が好きだが,
    “弦貞五條音”,であるばあいには,
    條は条におなじ。

    五條の弦は『禮記・樂記』 によれば
    「昔者舜作五弦之琴,以歌南風・・・・・」

    五弦之琴は,﹕舜が制作したとされる樂器,﹐その琴の五音は,
    “宮,商,角,微,羽の五根の弦である。

    若し宮,商,角,微,羽五音全部が,紊亂するなら(みだされれば),

    いわゆる春秋の故事の「亡國之音」

    ではあるが,

    孟東野のこの詩の場合,もっと普遍的に
    人の生き方を,
    いや,
    人の生きにくさを
    あらわしたメタファー。
     
    孟東野に琴の詩は意外に多い。

    さらに,松

    孟東野の詩に,よくうたわれる “松” あるいは詩に,
    よくうたわれている松柏,竹の概念,
    隠喩の基礎といえるものがある。
    共有され, 普遍化された象徴物,としての,松,竹
    逆に言うと,それは
    “ 形” , “容” された「概念」,であるが。

    松,竹,あるいは。
    後世,意味づけられた梅花。

    梅花のメタファーは傲雪凌霜,つまり自己犠牲,春再生,だが。
    確立され,普遍化されたのは六朝である。

    が,孟東野の詩に梅花はあらわれない
    ゆえ,孟東野は唐人でありながら漢古の風,という,www

    これまたわかりやすい。中國詩の明快なんだが。

    浮聲與狂葩,胡爲欲相侵

    浮聲は貞弦と,
    狂葩は直松とそれぞれ對義。

    孟東野らしいちょっとひねった對偶の最後にふさわしい。
    終句にいう。

    “胡爲欲相侵

     ・・・・いったいなんだってお互い侵しあおうとするものか・・・・

    この句がまたかっこよくて。ベタぼれ
    つまり
    “紊亂相互侵凌,, と。

    之れ,亡滅す。
    ものごとはうまくいかないうえ、ほろぶ。

    ところで,日本語の “音 sound” は漢語で “聲 (Shēng)”  。
    では中國語の “音 (Yīn)” は古には “樂 (yuè)” 成すもの ,である,と言う機微

    情發於聲,聲成文,謂之音。
                             ――《毛詩序》

    審聲以知音,審音以知樂,則,聲,音,樂,三者不同,
    以聲變乃成音,音和乃成樂,故別爲三名。


     聲を審(つまび)らかにして音を知る,音を審にして樂を知る
     聲變して乃ち音と成り,音,和して乃ち樂。


    っゆえ
    みっつはちがうのだw

    字の “カタチ” が違うのだから,ちがう,

    これ,あたりまえ,と言えば,アタリマエにアタリマエだが

    Sound,とは,聲音であるがゆえに,音であり,樂であり,

    しかし,禽獸が聽く,モノオトとはちがう,

    それが,
    “聲音” であり,そのちがいを表すのが。
    というか,あらわすために,文があり,それが “文字” であるともいえる。

    “形” とは何か・・・・・?


    南宋・馬遠 『歳寒三友圖』絹本 一部 
    南宋・馬遠 『歳寒三友圖』   “歳寒三友” は松竹梅のこと

     『禮記』禮器

     禮器是故大備。大備盛德也。
     禮釋回增美質,措則正施則行
     其在人也。如竹箭之有筠也。如松柏之有心也。
     二者居天下之大端矣。故貫四時而不改柯易葉。
     故君子有禮。則外諧而内無怨。 
     故物無不懷仁。鬼神饗德。


      禮は器なり。是の故に大に備はる。大に備わるは盛徳なり。
      禮は回(よこしま)を釋(す)て美質を増し,
      措(お)かば 則(すなわ)ち正しく 施さば則ち行はる。
      其れ人に在るや,竹箭の筠有るが如きなり,松柏の心有るが如きなり。
      二者は天下の大端に居る,
      故に四時を貫きて柯(えだ)を改め葉を易へず。
      故に君子に禮有らば,則ち外に諧(かな)ひて内に怨み無し。
      故に物は仁に懐かざる無く鬼神は徳を饗く



     鬼神饗德=鬼神は祖霊,饗は神意を含む。
     (鬼神が徳を饗けるは,禮を備えて徳盛んなり遂に神意(祖霊)に適うの意)

     



    「如竹箭之有筠也」
      竹は大竹のこと。箭は篠也。 細い竹。筠は竹の青い外皮。
    「如松柏之有心也」
      譬えて謂うに,松柏の如くは嶮しい陵にも嚴しい寒さにあっても茂る。
    「二者居天下之大端矣」
      二者,とはすなわち竹,松。

    二者,天下衆物(=萬物)において最も得るべき本となる
    という,
    が。

    そもそも
    松も竹も手にいれる,などというもんぢゃない
    松も竹も大地に生えてこそ。
    庭木として所有しましょう,ということは,まあね,あるかもしれないがw。

    あたりまえだが,
    “松” や “竹” を所有するとはなにかといえば,その “象”として “徴する” ところの
    氣風を得る,ということだ

    竹箭と松柏は四季の移ろいにも動ずることなくあるがままにある。
    天下の大端は,衆物にあって,竹松柏のごとく長く節を守ってあるをいう。

    “人經夷險 ,不變其德”
    つまりひとは夷險,險しかろうと平らかだろうと
    その “德性” は不變にあらねばならないという教えをいう。

    ま,押しつけがましい,といえるがw
    教え, “みち” ,というのは,,そもそもそういうもの
    オシツケと言う言葉は,ニホンゴにしかない。w(持論)

    ちなみに
    楽器のことを “絲竹” という,
    絲はもちろん弦樂器,
    竹は,簫,笙,篳篥,笛,笳など,管樂器

    音樂は “節” ,を持つw

    テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

    こーゆーの,キョウボウ罪にアタイする,んだろーな③テロ,テロル,テロリスト,“terrorism”

    詩言志, 歌永言, 聲依永, 律和聲。
    八音克諧, 無相奪倫, 神人以和。 


     詩は志の言,歌は言を永くし,聲は永きに依り,律は聲を和す
     八音克諧(よくととのう)て倫(みち)奪いあう相無くば,以て神、人の和す

                      ――『尚書』《虞書・堯典》 


    春秋時代と言うのは, (西暦前772年 -前476年)であるが。

    趙文子(趙武) (前597年 - 前541)が,叔向 にむけてのべた言葉は,
    詩以言志の初出としてよく知られる

    『春秋左傳』襄公二十七年(西暦前546)。

    鄭の簡公が晋の趙文子を饗応し,趙文子が鄭の七卿に詩を聲唱させる。

    請う,皆賦して以て君の貺を卒へよ。(趙)も亦た以て七子の志を観ん

    そして鄭の賢人子産ら七卿たちが賦した詩について
    叔向に語るシーンであるが。

    趙武。

    生後すぐに,晉の卿であった父親が權力鬪爭にやぶれ
    一家眷族いっさいことごとくを殺され“孤”となるが,
    友人の“志” によって救われかくまわれて育ち趙氏を再興した, 
    元曲で有名な復讐譚『趙氏孤兒』 は,この趙武の物語である。

    趙氏を再興し,晉の宰相にのぼりつめた。
    “文”という諡號がしめすとおり,賢人といわれる。

    その後,“莊子《天下篇》 にいう“詩以道志” がつづき, 
    『楚辭』“離騷” にて屈“靈均” が天に問うた “辭賦言志” となる。
    楚はほろび歇き,漢に繼がれ
    そして春秋晉から800年下った時代,のちの,晉では,その言志劉越石・琨が嗣いだ。

    劉越石が祖國防衛の任についた晉陽の絶唱以來
    中國に異民族と漢族の鬩ぎあい,それはいつでも南北分斷のかたちをとる。
    東南が海,という中國大地,塞外の民は,西域,もしくは北陲より攻めくだる。
    長江めざして,江南めざして。

    それは帝國日本軍の侵寇とてかわらないのである
    春秋,戰國,秦楚漢魏六朝,いや,魏晉南北朝

    『平家物語』にあらわされた盛者必滅のコトワリは
    “とおく異朝をとぶらへば,・・・・・”,南北朝の興亡史,のたとえからからはじまっているが・・・・。

    梁の滅亡,庾子山『哀江南賦』
    以來もつれにもつれた興亡の歴史,
    漢民族の王朝“南遷” の歴史があり・・・・,
    “江左” の「詩以言志」の歌がある,

    まあこれまでサンザン書いてきたこと
    そして帝國日本軍はいくつもの江南の,南遷の悲劇を、民族が傳えてきた幾多の歴史遺跡,歴史的文献文物を破壊した。

    ジツハ,わたしは,こうした歴史遺産,江南の文献文物の破壊に關し,
    日本の「文化人」による反省の文言を――そんなものがあると,見てみたい,
    と望む方がおかしいのかもしれないが・・・・・
    いまだに片言隻句見たことがないのだが・・・・・

    侵略行爲さえ,反省をよしとせず,忘れさった國だ,
    ・・・・・。

    いずれにせよ
      “詩” は以て志を言ふ。
      これを措いて,中國の詩詞は語ることはできないのである

      『毛詩』大序にいう

      詩者志之所之也。在心爲志、發言爲詩
       「詩ハ志ノ之ク所ナリ、心ニ在ルヲ
       志ト為シ,言ニ発スルヲ詩ト為ス」




    詩というのは,言志,である。
    言志であるところの,詩,である。

    このブログにおいては,原則,
    中國詩詞は,舊體,新體であるとをとわず

    情詩、艶詞はまったくといっていいほどとりあげてない


    tyuuzantizu.jpg



    ところで。

    世界最古の,最初のテロリストと はだれか。
    というハナシ。やっと本題。

    たとえば
    司馬遷 『史記』列傳によく描きだされ,傳えられてきたテロリスト數多くあれど。

    わたしの理解では。

    かつて,
    中山國が,春秋時代晉と呼ばれ,戰國時代には趙とよばれるようになる地域
    その春秋から戰國へとうつりゆく時代のかわりめに悽絶なエピソードがある

    “晉陽”

    にまつわる。
    晉陽とは,
    趙國オタクとしての言いかたをすれば,
    趙襄子 が,智襄子・魏桓子・韓康子 に水攻めをされたあの,晉陽である。

    (ジツに・・・・趙國男兒迷のわたしにとっては聖地といっても過言ではないのであるがw)

    その晉陽で,趙襄子(無恤)は,絶望的な,籠城戰をつづけていたが,
    萬策盡き坐して死を待つのみ,となった最後の最後に,意を決し,
    忽然とふるいたち。
    起死回生の一手にうってでた。

    滹沱河
    山西省五臺山北麓繁峙縣泰戲山下より發源。山西省東部を經て河北に入る雁門の水
     

    智襄子とともに自分を攻める“韓康子・魏桓子と,極秘裏に通じて盟をむすぶ。
    韓氏・魏氏は,智襄子の手足となって命令されるがまま,孤城となった晉陽城に,水攻めをつづけていたが,

    趙無恤は,二氏に使者を派遣し,
    ここで趙氏が亡びれば,傲慢で貪欲な智氏は次には韓氏,その次は魏氏,と順に攻め獲るにきまっている。
    それでいいのか?と,よく考えろ,と
    疑心をいだかせ,おびえさせた。
    そうしておいて智氏から離反するよう説得し,韓・魏に大膽な奇策をさずける。

      晉陽城を水攻めする流れを變えさせ逆に,その水を智氏の陣地にながしこむ,

    という。ひどくカンタンな・・・・

    この趙,魏,韓の結託によって
    智氏はほろびた。
    それまで智氏の手中にあった 晉國の半分は,
    趙氏,魏氏,韓氏 三氏で分け取りとなった

    つまり春秋五覇の一人晉の文公重耳 以來,強大を誇った晉の六軍は,
    ここに韓魏趙(三晉)となって,あらたな時代がはじまる,
    ということだ,
    春秋の時代が終わり,戰國に突入する,その時代の變易を
    象徴する大きなできごとであった

    韓氏 はもちろん,
    かの元曲の傑作である『趙氏孤兒』にも重要な役割として登場する韓厥の末裔
    魏氏もまた,魏絳と言う,忠誠心熱きオトコとして登場する。

    『趙氏孤兒』の時代,まだ,テロル と呼ぶに値するような行為は・・・・
    ない。
    春秋時代である。

    官が官を殺害する,たとえ一族郎黨誅殺,誅滅であっても。
    いうなれば。
    官場における,官人による。

    亂世のとばっちりは受けるが,そもそも庶民にはなんのかかわりもない。

    つまり亂暴な言い方をすれば,

    日本語でいうところの “殿上人(でんじょうびと” の
    しょせんは權力鬪爭とお家騒動。でしかない。


    逆に,では,
    そのように考えるのであれば。

    ではテロとは何か,何を以てテロとよび,
    何を以てテロとは呼ばないか,
    自ずから,ハッキリするのではないかと思うのだが

    ・・・・・。

    前述したように
    “韓魏趙(戰國三晉),となって,あらたな時代がはじまる,

    趙無恤(趙襄子) は晉陽籠城戰のあと,
    憎みてあまりある,智氏をほろぼし,その総領智瑤(智襄子) の頭蓋骨を
    尿瓶にした。

    その趙無恤 を,智氏の食客であった豫讓 が,復讎のためつけねらう。

    豫讓は
    身體に漆を塗り癘病者の姿に身をやつし炭を飲み咽喉をつぶして聲を變え
    執拗に趙無恤を仇として雪讎の機を窺いつづける,
    それは
    智伯(智瑤) がかつて “己を知り國士として”遇したこと,に報いるためにである。

    『趙氏孤兒』も,復讎譚なら,この豫譲と「知己」の逸話も復讎譚である。
    が。

    豫譲と「知己」

     豫譲ははじめ中行文子(荀寅)の食客となるが,自分を認めえない中行氏から
     離れ智氏(智瑶)につかえた。
     その後智氏が趙(無恤)に殺されると刺客になって自分を國士として
     遇した智氏の爲に仇を討とうと無恤を付けねらう,
     “知己”の語源のひとつでもある
     戰國趙の逸話とされている・・・・・

     女子にハナハダ失礼な言いぐさぢゃああるが,名句。

    豫譲いはく

    「嗟乎!士爲知己者死,女爲悅己者容」

      士(男)は己を知るものの爲に死し,
      オンナは己を悦ぶもののために容(かたちづく)る


    「今智伯知我,我必為報讎而死,
    以報智伯,則吾魂魄不愧矣」

      今智伯は我を知り,我は必ずや為に讎し報いて而して死す,
      以って智伯に報ぜん,則ち吾が魂魄は愧ぢざらん矣

                   ――『史記』《刺客列傳》 



    晉陽の戰(西暦の紀元前453年)が 春秋時代 “最後の逸話”
    一つの時代の終わりを象徴する逸話,といっていい。

    また
    この “豫讓の雪讐譚” が,

    ジツは「戰國最初の逸話」と言ってもいい。

    劇的な時代の過渡であるが。

    では戰國 “最後の逸話” は何か?
    といえば

    それは最初の,
    「國家の存亡を賭けた」テロルであり,

    反體制の “理(=俠)” と,體制の “利”(=國益) をまもる。
    これが,たまたま合致した最初のテロルでありw
    又,合致してしまったことで,失敗した最初のテロルである



                      つづく
    元雜戲本『趙氏孤兒記』挿畫
                    元雜戲本『趙氏孤兒記』挿畫
     
    ちなみに
    今,なぜか話題の『趙氏孤兒』w

    この時代は,周王の,封爵による諸侯,諸侯それぞれの封建領主國家である
    お家復興,という大義名分に支配された
    春秋時代の封建社會が色濃くうつしだされる,
    春秋特有の dramaturgy ドラマツルギー,
    いわば “mélodrame (メロドラム)”

    もちろん,ニホンに言う,特異な「封建主義」と言う言葉によってイメージされるものとは,若干異なる,
    漢語本義の意味としての,封建,
    いわば“本場” の

      封じられ,建てられた,領主氏族のおさめる國。
      それをささえるための。
      そのメカニズム, “封爵” によってうち建てられた
      “爵” による支配者,その支配を正當化する制度,それによってささえられる地域社會,

    ・・・・・。

    ということだが,『趙氏孤兒 Zhao shi guer [Tchao-chi kou eul],
    The Orphan of Zhao, or Orphan of the House Tcho』

    は,
    18世紀にフランスのシノロジスト中國文學中國思想家
    によって翻訳されたフランスで昔から人気の高い,演目である。
    ヴォルテールやつづく次世代の啓蒙的シノロジスト,スタニスラスジュリアンが紹介浸透させた。
    フランスでは
    元代の,(―つまりチンギスハンの時代だ―,)
    12世紀の物語として翻案,アレンジされているのではあるが・・・・,

       趙氏孤兒 フランス版 1736Joseph Henri Marie de Prémare's L'Orphelin de la Maison de Tchao,

    日本でシノロジスト,と言うと
    内藤湖南あたりが思い浮かべられる。

    フランスの啓蒙思想に,中國文學思想がどれだけ影響を与えたかと言うことには・・・・・
    ほとんどなぜか,ムカンシン。
    國粋主義者は,絶對認めたくないだろーが,

    ニホンジンの知らない,知りたくもない,そして知っても信じたくもないだろう,
    フランスと中國の文化的深いつながりの一端は,
    この『趙氏孤兒』一つとっても
    顯顯章章としてあきらかなのであるがw

    一般にまで浸透した,抜きがたい中國差別がある,
    あるがゆえに日本には,

    「思想」と言う,いわば形而上世界において深く在った,東西交流史が,

    ――西洋が,かつてリスペクトした東洋思想,というものがあったんだ――

    ということが,
    案外ぽっかりと抜け落ちている,

     この場合の東洋思想とは,
     ニホンジンには甚だ残念ながら中國思想である
     (であるが故にこそニホンジンはほとんど興味を持たないのだろうが)

    世界史教科書的史實としてさえも知ろうともせずに來てしまった近代。

    中國と世界のあいだでつづいてきた文化交流,かかわりあい,というものを
    一切,無視している,ということによっておこる,
    知識のおそろしいほどおおきな欠落,いや《偏り》。

    アジアに尊敬のまなざしを向けず。
    歐米ばかり見ていた帝國日本。

    これは風土病かもしれない・・・・・と,わたしは最近強く思うのだが
    日本が近代的 “國” 家の道を邁進した明治時代以前,
    つまり鎖 “國” のあいだ,ということだが

    東洋思想は当然のことながら西洋には深くリスペクトされてきた

    そういう文學史,思想史がある,
    その,欠落にも,
    その弊害の大きさにも,
    自覺がない。
    つまりは中國差別のココロが一般的日本人の知性にもたらす弊害の大きさである

    歐米追從もいいがw。
    古來その歐米がいだく,漢字や, “文” へのリスペクト,
    それはね,案外,いやはっきりいって
    日本には,向けられていないということだ。
    ハナシが大幅にずれたw

            つづく
     

      《春夜雜詠》    “Chūn yè zá yǒng”

     妄折孤零捲帙書    wàng zhé gū líng juǎn zhì shū.
     不求摧捽怨秋句    Bù qiú cuī zuó yuàn qiū jù
     心腸趙城繞指柔    Xīn cháng zhào chéng rào zhǐ róu
     窄窄中區稀歇歔    Zhǎi zhǎi zhōng qū xī xiē xū

             平聲四 書句歔

     
          妄折=wàng shé  みなが無定見無原則に從うこと   

       20170426

    DSCF5821.jpg
    《酒罷張大徹索贈詩》 1 李長吉《酒罷張大徹索贈詩》 2 李長吉

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    こーゆーの,防備と禁阻にな,ん,だ,ろーか①欄柵の中のヒツジ


    今朝の他にないからしょーがなくて讀んでるアサヒシンブン,
    トップの一面めくって前から三頁目は,スコブル秀逸っ
    レイアウトがw

    とおもった。
    といっても,三面というのはけっこういつも面白い構成ではあるんだがw

    また。

    といっても,秀逸,か,はたまた,惡辣かと言うのは俄かに判じがたいわけだがw
    なんといっても戰爭翼賛の過去あるアサシヒンブン
    である。
    そこは注意深くリテラシーを發揮しなくてはと思うワケ。

    なんのことかというと

    今日の三面は左端が

      共謀罪に関する世論調査で。
      質問の仕方によって賛否の%が大きく變わる。
      という,いつもの朝日新聞特有の・・・いわば
      『春秋の筆法』 だが。

      テロ対策の法律整備をどう思うか,
      そーたずねりゃ,
      そりゃー賛成おおいにきまってるぢゃんっ

      という。

    ノー天キな,キ休めのハナシと

    今日の三面,右端。

      放射能汚染土,と言う,これまた朝日の読者が非常にビンカンな話柄と
      黑いビニール袋の汚染土塊がつみあがってる影像。

    その間にはさまれた記事は何か,と言えば

      例のエドワード・スノーデンの

      米國由來のメール監視システムを日本政府は利用してますよ,
      日本政府はね,米國に,
      自國の通信傍受の基地局を提供してやるかわりに,
      「XKEYSCORE」のシステムを,言う見返り供与を受けてるんですよ!

    という,ハナシ。
      
      しかも,それ,なんと2013年のことなんですねー,
      こわいですよねー,安倍政權。
      あなたのメールは丸裸なんですよーっ

    という。
    これはたしかに,汚染度や共謀罪に敏感な讀者を
    萎縮させるためのレイアウトかよ!おい,朝日っ
    とまでは・・・・
    おもわない程度には
    わたしは,朝日新聞をいちおー信じているんだがw

    朝日新聞に限らず,紙媒体と言うものには,レイアウト編修による表現手法もあってw

       ウィキリークス關連の記事など,いつもあはは,とわらうくらい,
       いや,感心するくらい巧妙なレイアウトで文脈を際立たせる。

       これは,檢索ロボット,ビッグデータ,などと言うものより,
       よっぽど原始的手法ではあるが。
       みなさん。
       紙の新聞って,面白いですよ,

    というところで。

    ついでにいえば,
    中國には,

      万里の長城と言う名のファイヤー・ウォールがあるがw
      その効果が,國家にとってどの程度の大きさか知らないが。
      中國人民にどれほどの不便を強いているかしらんがねw

    中國には,

    古來春秋戰國より,
    お上によらない,民による野,の組織という,
    在野に民衆による強固なつながりと,それを組織する “俠”
    の文化がある。

    “俠” の定義はいろいろあるが,
    たったひとつ,これだけははずせない,という条件がある。

    それはなにかといえば,

    反官,反體制,反壓制,反おカミ。

    そこをはずしたら,俠ではない。
    “俠”

    とはなにか?
      
       え,またこの話になっていくの?
       と,パオ君には
       ヘキエキされるかもしらんが

    そしてだからこそ,
    最古の農民革命といわれる,陳勝(渉)、呉廣起義

    そこにおいて,端的に示された,

    「人類平等,主権在民。」

    この理念を最初に高らかに宣言したとも言われる(かどうかまでは責任もてんが)


    陳勝的名句,いわく,

     王侯將相寧有種乎
     王,侯,將,相いずくんぞ,種の,有らん乎!?


    王族,諸侯,將軍,大臣,に何か人種,身分のちがいがあるかね?

    ・・・・・。

        いやw
        今のニホンを見てると王侯は
        万世一系,政治家は二世三世,
        大女優の息子はバカ息子,
        ビンボー人の子はビンボー人という貧困連鎖

        うん,種,あるねw あるぢゃんっ

        といいたいところだが

    紀元前3世紀。

    秦に抵抗し,大漢を樹立するきっかけとなった楚漢戰爭の幕開けである
    以來
    近世,太平天國,辛亥革命,人民革命にいたるまで中國では,
    農民革命,民主革命は,
    かならずや, “俠”のリーダー によってはじめられた。

    “俠” とは何か。

    とそれは。
    ひとまず次回の「最初のテロリスト」のハナシに譲るとして

    リーダー一人いたところで,それは畢竟
    リーディングヒッター,先頭打者にすぎない。
    つまり

    鄒容の言葉を借りれば,
    “革命軍馬前卒”

    革命と言う洪水民軍の前驅(さきがけ)をなす馬前の卒,一兵卒にすぎない。

    しかし,
    そもそも,
    ひとりではない,その他大勢が,住まう,棲まう。
    棲遲する,野,在野,
    民が隱れるコーリャン畑,高莱。

     萬家墨面沒蒿萊,敢有歌吟動地哀,
     心事浩茫連廣宇,於無聲處聽驚雷


    的 “野” ,というものが中國大地には三千年来ある,ということ。

    つねに官と,對峙する廣大な, “野” の存在
    があり,
    ときとしてそれは
    法,と對峙することにもなりかねない。
    という
    歴史があった。

    法。
    たとえば。

     

    これを“水”“去” すると考える。

     法馬と言う言葉を,御存じだろうか?

     もしくは“砝碼” だ。

    じつは, “法”“砝” は異體字である。
    つまり,古には,同字,どっちをつかっても通用する「字 “體” 」ということになる
     
    “法” の原義はなにかということは
    想像つきやすくなるとおもうが

    たとえば。

    漢字は象形文字。

      日本は,
      自國民のメール監視システムはアメリカに提供してもらう,とゆう
      
    まあ,アメリカ属州とおもえばそれはべつにあたりまえ
    いわゆる
       「利のトー然」でしょ,
       今でしょ,
    なわけだが。
      
       民の“禾” 稷を“刀” で刈ると書いて,これを
       “利” ,という

    そもそも
    漢字と言う象形文字は,そのほとんどが日月火水木金石土天地人と心
    人體手足,目鼻,パーツやら,草やら芽やら蟲やら,で,できてるわけでw

    民の側の“利” にもなり,お上の“利” にもなるところの,“禾稷。社稷”
    “ 社會”の原義は何か,ということもいつだか書いたが

    “社” とは土の利を諮るもの,リーダーである,その利益合致した状態を “會” という

    その一文字には深い哲學がこめられていることをしり,
    なおかつ漢語をリスペクトしている人間には頗るカンタンな
    ハウツーによってたぐりよせれば,。

    “法” fǎ         
            もしくは“砝”,とは
            
            であると,
            段玉裁『説文解字注』にいう

            “廌” 去之意。法之正人、
            如 “廌” 之去惡也


    つまり法,とは。
     以觸不直者

    重り(錘)のことであり, “量り” のことであり

    ちなみに

    “段玉裁『説文解字注』によれば
    閑,の本義は 闌。柵 引申していわく,
    “防閑”
    つまり
    “堤也, 用于制水。
    あるいは

    “欄也, 用于制獸。
    引申して防備と禁阻を為す。

    つづく



    安西冬衞《夜の思料》




    どーでもいーが。

    これから「詩」を付け加えることにしてるのだ。

    アカの文言ばかり書いてると,
    逃げ込みたくなるのである。
    なにに?
    詩に。
    そして。

    自己の “闌柵” のなかに。
    闌,にもいろいろないみがありましてね,という


    のっぺらぼうの話を聞いた子供のころ,幾日も幾日も
    怖くてコワくて夜眠れなかった,
    明日の朝起きると,
    母親が,姉が,のっぺらぼうになっているのではないか。
    ・・・・・。

    そんなときにも。
    父親の,のっぺらぼう,な姿というのは
    わたしは,おもわなかった。
    なぜかおもいいたらなかった

    「孤獨」を,
    いや,
    「孤單」を
    わたしに最初におしえてくれたのは
    父親だったからかもしれない。

    もちろん,父親が,わたしに,
    個 “體” として生きる知恵を

    授けようとしてくれた
    その想いの結果,

    “一” ,と “全” のちがいをわからせようと,心砕いてくれた結果だった,
    と,いまにして,おもうが。

    端的に,わたしが疎外感を覺えるのは, “女” 性によってで有る,と言うのも。
    これまた否定しようのない,過去と現實であるが

    ・・・・・。
    ・・・・・。



    世の父親!世の野菜オヤジ!
    Anything,Anywhere。

    娘に語れ!
    そして
    something else と,
    Anywhere ,not Here を!



    孟郊《春日有感》

      春日有感》 Chūnrì you gǎn 

    雨滴草芽出  Yǔdī cǎo yá chū   雨が滴りて草芽出ずる
    一日長一日  Yī rì zhang yī ri     一日,長じまた一日
    風吹柳綫垂  Fēng chuī liu xiàn chuí 風吹きて柳綫(線)*垂れる
    一枝連一枝  yī zhī lián yī zhī     一枝,連なる,また一枝
    獨有愁人顔  Dú you chóu rén yán  獨り有り,愁人,愁顔
    經春如等閑  jīng chūn rú děngxián 春を經て(我は)等閑*
    且持酒満杯  Qiě chí jiu man bēi   且,持つ,酒は満杯
    狂歌狂笑來  kuáng gē kuáng xiào lái 狂歌,狂笑,來(らい)


     廣韻入聲五 出日     上平五 垂枝
     上平二十七 顔閑     上平十五 杯來

     *柳綫=柳の葉の細く長い下に垂れて線のような様子
     *等閑=等(閒)↓


    東野風狂,漢古佯狂
    孟東野の等閑・・・・・。

    年がら年じゅう,寒い,みたいな男が歌う春のうた。
      
    やはりこのヒトの詩は・・・・ 重いっ。クラいっ
    が,わらわしてくれるのだ

    等閑,もしくは,等閒

    等閑は等閑(なおざり),と。

    非常に意味が愽い。
    日本語では,なおざりにされてるっが

    感性,時季,といったものにさえ左右される,もしくは應變する。
    かっちりと意味づけされる言葉ではないと思う。

    この《春日有感》の“等閑” は,理由なしの意味が,私には一番しっくりと來た。
    平白無故,である。
    無端すなわち,無縁無故にして。 no reason である。
    憑空,なんていう “没有證據”,あかしが無い,の意味もある。
    ほかに尋常,平常=ordinary,あるいは平穏無事
    まあ,
    べつにどれでもおかしくない。

    まとまりすぎてしまってもいけない,
    収斂されているべきものがみえなくなってしまってもいけない。
    それが,詩。
    であるからには。

    春を經て。意味無く,理由も無く。
    おのれには無縁の “春”,ただ,酒を呑むのだ,歌うのだ


    孟東野の場合,フクザツな個性が狙う古拙,とどうも思われてるフシもあるが,
    わたしはそんなことないのではないか?
    とおもっている。

    古拙な響きに,やはり正直な心象をうつす。隠し切れない。
    いくら隠そうとしてもwシッポがでてますぜ,

    とゆうぐあいに
    おかしみを感じてしまうのはたぶん孟東野迷だからに過ぎない
    ・・・・
    思い過ごしにスぎないんだとは思いますけどね

    “枯” の “裝いをねらう” も
    というか・・・・,
    佯(いつわ)るも”,が
    より嚴密な言い方かも知れない,

    おのれのナサケナイなさ,ふがいなさ への
    直截な “悔しさ”が
    にじみ出てしまっている,

    “涸”

    びんぼーくさい辛気クサい,に,ほぼ同義。

    東野の詩才wが,不作法にも,よく顕われでていると思うわけ。
    顔,閑の音韻も,にくらしいくらいキいている

    ちなみに。
    段玉裁『説文解字注』によれば

    ,の本義は 。柵 引申していわく,“防閑”。つまり 堤也, 用于制水。
    あるいは欄也, 用于制獸。 引申して防備と禁阻を為す。  

    ふむ。

    等閑などとゆう言葉を平氣でつかうくせに,なぜに,せせこましい檻の中?。

    “涸”

    ふむ。
    つづく

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    こーゆーの,キョウボウ罪にアタイする,んだろーな②最初につかまるヤツは

    キョーボー罪=

     市民社會に著しく害なす,が,共謀しない,一匹狼の,
     兇暴なテロル準備行動計畫は取り締まれないものの,

     安倍政權に著しく害なす,共謀する,平和な羊の群れの,
     内心の自由を監視,而して萎縮させるための,便法。
     
     さらには微罪で拘引,拘束而していくらでも長期に拘留,を
     國家の胸三寸で可能にするツカイカッテのいい「治安維持」法




    今朝の他にないからしょーがなくて讀んでるアサヒシンブン,
    半藤一利氏がちょっとキのきいたこといってたな。

    「アベん坊が,法律ができなければ,
    『東京五輪は開けないといっても過言でわない』,
    とか,コッカイよーちえんで答辯してたが,假りにそれが事實だったとしても,わずか
    二週間程度のイベントのために一百年先まで禍根を殘すことがあってはならない」

    だって。

    そりゃそーだ,
    とわゆへ
    たしかに一見その通りなんだがw

    よくよくかんがえてみる,ということを,すれば,だ。

    そもそも,
    ・・・・・。

       そもそも,とは,これまたアサしヒンブンにかいてあったが,
       アベんぼんぼんの辭書には
       「そもそも=基本的に」,とかいてるあるらしい

    そもそも,もとより,上古以來。

     「おりんぴっく」ナルモノ,
     コレ金色めだるヲ數多ク獲リタレバ國威發揚二資スルコト大ナルニシテ,
     ココロアワセテコレヲササエルベキハ帝國日本臣民タルノ責務ナリ,
     ノミナラズ不當二ワガ帝國二敵対セル夷狄ノ國ノ五輪出場體育選手
     ヲホメタタエルコトヲ為スハ治安ヲ著シク攪亂スル目的ヲ,ココロノ内ニ
     秘メタルモノトシテ排斥スベキモノナリ,トテ圍繞シ監視スベキハワガ帝國
     臣民ノ日日勵ムベキ二タルベキ必要ニシテ十分ナル条件ニシタルベクニシテベクニタルベキ・・・


    一萬萬民「一億總カツヤク國家」サポーター。
     
    いつだったか,
    ずいぶんまえだな・・・・。

    コッカイようちえんの代議士に轉身してすっかり忘れ去られてしまたが。
    かつて,
    ヤワラちゃんがまだスポーツ選手だったころだ,

    北朝鮮からやって來た無名の一少女に
    スカッとする一本を取られて金メダルを攫われた,

    たまたまテレビでそのようす,試合の一部始終を目撃したわたしは,
    その技の冴え,見事なサマもさることながら,
    北朝鮮の少女の礼儀正しさ,すがすがしさに,
    わたしはおもわず,

      「さすがわ儒教の國だなw」,

    と。驚歎して讃辭の聲をあげた。

    亂れた柔道着の襟を正すこともできず,魂消たようすで
    その場にボー然としてたちつくすヤワラちゃんには,

      禮節がないな,

    と感じられた,
    そのときはじめてヤワラちゃんをみたわたしの素直な感想だったがw

    そのことが原因で當時付き合っていた彼氏と別れ話に發展する
    深刻な口ゲンカをしたのだったw

    ヤワラちゃんに
    “武” ,を感じなかったのみならず。
    いまにしておもへばw
    それはとりもなおさず,日本に “文” のないなさ,を痛感する瞬間,であった
    と言うワケで,

      (ちなみに,その元カレは巨人ファン,長嶋茂雄が大好きな男だった)
      (カネモチだったがアホだった。)

    そもそもが付き合ったのが間違い,
    という,よくあるカン違いから,とゆーやつで
    どーでもいーんだが

    いや,なにがいいたいかというと,
    まだ時代は,「なんとなくわたしは中流」意識と言う意識がそのあたりにただよう,
    社會の分斷もあらわでなく。
    わたしはそのころ非正規ではたらいていたが,
    非正規派遣のほうが,手取りが多く,

    「正社員なんかなると手取りが安すぎて,責任だけが増えやっていられない,わ。」

    日本の空キが嫌韓反中に染まる前。

    いや。
    わたしは,なにがいいたいかというと。

    最近も

    淺田真央ちゃんより,斷然,金妍兒のほうがきれい。
    演技も素晴らしいぢゃないか?,という素朴なハナシを許さない空キがあったが。

    此れもわたしは。
    ・・・・。

    マオチャンの,樂音の流れも前後の脈絡もおかまいなしに
    トートツにジャンプする,とりぷるあくせる,より,
    金妍兒ん,音樂にノって,流れるように高く,強く,速く,遠く,
    飛ぶみごとなジャンプ(なんとゆうワザかしらないが)のほうが,
    「審美的に美しい」とゆったらば,
    村八分にされかかったw

    と言う記憶がある。

    當時わたしがやってたサイトのチャットでw
    そのとき,わたしを唯一辨護してくれたのは師弟のぱお君だ。

    世故にたけたオトナびた口調で,
    本人イシキしてかしないかわからんが・・・・仲裁能力を發揮した
    いわく
    「金妍兒は,もともとジャンプが苦手で,ワイヤーを使ってとぶ練習をしたらしいです」

    ユエンウーピンのワイヤーワークは,香港映畫においては,バカバカしさを果てしなく増幅させるテクニックとしては重要だが
    リアルカンフーを追求する武師(アクション映畫の武術指導)が,やたらつかうのはいかがなものか,と言って論陣を張ってるわたしの興味をさそって,うまく話をそらしてくれたのである。

    案の定,というか,

    そもそもが。
    もとより “韓流” をよくおもわない “華” 流,それも「港台派」の人たち,だ
    いや。
    ぢゃなくてw
    香港映畫オタクの集まり,だ,べつにフィギアスケートなどどーでもいい。

    チャットの話柄は金妍兒からチャン・ツイイーへと移っていき・・・・
    チャンイーモウは「大陸派」のくせにワイヤー使うな,とかw

    くだらんことまでおもいだして
    ダラダラだらだら書いてたら

    ・・・・。
    なにをかこうとしてたかわすれちゃったw
    そう,最初の「テロリスト」はだれか,というはなしだった

    つづく

    テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

    こーゆーの,キョウボウ罪にアタイする,んだろーな①

    キョーボー罪
     市民社會に著しく害なす,が,共謀しない,一匹狼の,
     兇暴なテロル準備行動計畫は取り締まれないものの,

     安倍政權に著しく害なす,共謀する,平和な羊の群れの,
     内心の自由を監視,而して萎縮させるための,便法。
     
     さらには微罪で拘引,拘束而していくらでも長期に拘留,を
     國家の胸三寸で可能にするツカイカッテのいい「治安維持」法


    しまいにゃ死人もでるかもな,とゆーのは
    帝國日本の歴史がモノガタッテルトコロデアル,

    そーいやかつての治安維持法制定者の子孫は,たしか・・・・
    安倍政權内,中樞にて,辣腕ふるっておられるよーだが

    ・・・・。 
    すでに沖縄ではフライング,
    つい最近も・・・・
    ハナハダ不当な,半年にもおよばんかという拘置勾留の實例がありますが。
    ☞ 抗議中に逮捕 一本のテツジョーモー損壊でなんと拘束5カ月

    これは,
    國際的にはあたりまえに注目され,本土ではなぜか注目されなかった,
    國家による言論彈壓に限りなく近い,蹂躪された人權モンダイ事案だが。
    ・・・・・。

    ふむ。
    本日
    今朝のアサシヒンブン,

    慰安婦關聯文書19件を提出
    内閣官房に公文書館。『部隊命令』證言も

    慰安婦問題に關する戰犯裁判資料などの文書19件182点を國立公文書館がナイカクカンボウに提出したことがわかった。
    部隊の命令で女性を慰安婦として連れ込んだとの證言も記され,
    市民團體が,
    「強制連行を示す記述が随所にある」,と
    キョーボーして)指摘していた。ただ,内閣官房は「全體としてみると強制連行を直接示すような記述は見當たらない」として従來の認識を變えていない。

    文書は法務省が收集した,極東軍事裁判<東京裁判)やBC級戰犯に關する資料。
    オランダ領東インド(現インドネシア)でオランダが日本兵らを裁いたバタビア裁判の記録や,法務省による調査報告書などが含まれる。

    インドネシアの『ポンチャナック裁判一三號事件』では,ある日本兵に對する判決文に,「慰安所を入れて賣淫を強制」,と記されている。

    「バタビア裁判二五號事件」には,インドネシアの日本海軍特別警察隊元隊長が,戰後,法務省の聞き取り調査に「二百人位の婦女を慰安婦として部隊の命により,バリ島に連れ込んだ。」と證言した,との記述がある。

    キョーボーして)文書の存在を知った市民團體「日本軍『慰安婦』問題解決全國行動」が,2015年,政府の慰安婦問題再調査に必要と(キョーボーして)指摘。
    公文書館が今年二月三日,コピーを内閣官房に提出した。

    安倍政權は軍のカンヨとキョウセイセイを認め,お詫びと反省を表明した1993年の河野洋平官房長官談話を繼承する一方,第一次政權時代の07年,に,政府が『發見した資料の中には,軍や官憲による強制連行を直接示すような記述もみあたらなかった』との答弁書を閣議決定している。

    政府は河野談話発表までに慰安婦問題に關する文書236件を集めた。93年以降も今回を含め,81件の文書を收集している。

    149243912235_20170417.jpg

    (20170417) 17日に公開された「バタビア裁判25号事件」の記録。


    秘密の反古法というのもあったっけ。
    しかしさー。
    あれだけ時間かけて,ショーコはない
    と。言いきった割に。
    236件w
    「93年以降も今回を含め,81件の文書」
    というからには,今回19件だからw

    93年以降,ゾクゾクと集まっている資料,發見されてもうた資料のなかから。
    なんと62件しか收集しなかった,ということ,な,の,かw

    海外の識者・歴史研究者から

    「これで精査?」
    という失笑をもらさしめた,
    「足りないよなー, ま,ヤル氣ないんだろー,日本政府。」

    敗戰後70周年2015年の自慰史觀陣營の手慰み,一連の自瀆行為,だが。

    今のニホン社會の
    實證的態度をきらい,論理性を憎む社會ができあがったのは。
    1990年代。

    戰爭加害の實態を示す數數の第一級史料,第一次史料,同時代資料があからさまになっていった過程に起こった,ある種の
    ・・・・・
    なんという言葉が適切か,さんざん考えたが思い浮かばないが

    ニホンジンりべらるの幼稚化現象,といったら,サンザンなハンパツ食らうだろーが。
    嫌「論理」惡「いでおろぎー」な,
    「M K」は「KY」症状とでもいっとこうか
    (「メンドクサイこと考えるヒト=MK」
    ・・・・。
    ・・・・。

    そもそも終戰直後。
    軍部はもちろん行政府は,といえば。

    帝國日本人民,在外居留民のホゴそっちのけで
    みられちゃハナハダまずいヒミツ文書の反古に全精力を傾けていた,
    内地,外地を問わず,である。
    いや血道をあげていた

    敗戰直後,外地でニホンジン居留民が現地の民の襲撃に遇うなか,
    おカミがやってたことは,ひたすら公文書の焼却
    非人道的施設の毀壊,埋匿・・・・

    内地でも。
    ヒロシマナガサキそちのけで,
    大元帥ヒロヒトとその他戰爭指導者の名譽を守ることに汲汲として

    各部隊各行政機關は・・・・ひたすらショーコ隠滅にはげんでいた
    しかし,なかには・・・・。

    戰爭当事者,指導者の部下が「内心の呵責に苛まれながら」,
    死ぬまで,隠し持ってきた文献資料。
    部隊の命令に背き,命がけで外地より持ち歸った◯秘文書・・・・

    ショーコはけっこうあった
    ,ようであった
    これらの,
    帝國の所業を昭明し,證明しつづけるはずだった,第一級資料は,

    我我の,「戰爭忘れたい平和國家主義」者のムカンシン忘却志向を刺激せずに。
    我我に,なんの示唆もあたえること無く埋もれてしまった・・・・

    こ-したKYな文献資料。「戰爭こりごり平和主義者」日本人の邁進する
    『平和主義國家建設』に水を差す,

    ―ーこの水は先の頁でいえば,「水に流す水」ではないw,
     ヒロヒトの車に投げつけられた壜にはいった水であるがw――

    あまたの・・・・
    反古されずに保護されてきたマル秘資料,
    結局日の目を見ずに幾多の行李にしまいこまれたまま,
    忘却されてしまった

    ・・・・。

    しかし。
    1990年代,
    つまり,丁度,戰爭當事者の世代が黄泉路をゆき始めたころ
    遺族がそれを知らずに分散させる,
    中身を知り,研究者に寄贈する
    中身も知らず,業者に委託する
    古書店を通じて研究者が入手してまう,ということもままあった,
    いや
    數おおくあった
    1990年代。

    天網恢恢,疎にして漏らさず

    歴史のアヤ,
    ではあるんだろーが。

    關東軍,帝国陸軍の滿蒙アヘン謀略,細菌戰,かずかずの恥ずべき所業
    戰後,それまで
    聲をひそめてかたられる 『ウワサ』 にすぎなかった,
    なかには酔った紛れにかたられる 『武勇伝』 としてかたられてきた
    「民間伝承」オーラルヒストリーは。

    ジツは戰後たゆたうごとくに,暗闇に,確かに有り,存り在った記憶,ではあったそれらが
    内外の歴史研究者によって,精緻に檢證され,議論され,ついには學術的に證明され,
    (これらの過程を, “實證される” ,とゆーのではないかとおもうが,)
    そしてのち,しかるべき手段で,われわれや,世界に向けて,發信され
    “實證的” に公開されていった,「學術的に檢證せられた事實」
    (アカデミーの權威を,盲信的に肯定するわけぢゃないがね。)

    これらをナキモノにしよう,ナカッタコトにしよう,と心砕いたのが
    いわゆる
    ネガシオニスト,り びじおにすと
    日本語ではなぜか
    自慰史觀論者とは言われず,なぜか修正主義者と言われてしまう

    ザ・アノヒトタチ

    それらが雨後のタケノコの如くゾクゾク頭角あらわしたのが1990年代前半であった。
    わたしはよく覺えている。

    確かに「帝國日本の戰爭加害」は完全に實證的にあきらかならしめられたのである

    しかし。
    ・・・・・。
    またまたおなじくりかえしになるがw
    りべらーるなシミン社會は,「戰爭こりごり平和主義者」は,
    この白日の下にさらされた1990年代以降なにをし,なにをしてこなかったか,
    という,ことだ,

    りべらるな次期コクミンの統合象徴職を “奉戴” するらしヒロノミヤ氏は

    日本の單なる,象徴,とモッカ,モクされる “皇上” モドキ となりはてるか
    いやいやイキガミ様が憑依して,アラヒトガミとなられたもうのか

    マレーシアで,ニホンジンとして反省や謝罪を口にするはおろか
    先の大戰にイササカもふれることなく恬淡として愧じることなく御公務をおえられたそーだが。

    仰不愧於天,俯不怍於人
              ――孟子『 盡心上』


    ぜひとも次期ホワンシャン(皇上)職には,
    アベん 某 のようなホンチュン(昏君)には,なられたもうなと,
    ネガいたてまつるんばかり,なのだが。

    ついでに,
    ブツクサをはてしなくつづけてまうが。

    「象徴天皇」前職は

    上皇(しゃんほわん)

    となるらしい。
    (って。しかし。考えてみたら スゴいニホンゴだよな)

    はたして,天の上に上はあるか?
    哈哈。
    母上の上には祖母はいるがw
    母なる大地。
    照覧せる天帝とは, “天” そのものである
    監照下土,天下戴之,此謂上皇
              ――『莊子』《外篇・天運》


    イキガミ様などいない。

    もとより,ニホンゴに論 “理” 性はないのであった
    M K。

    テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

    天自得一③ “用と體”  物化とはなにか,此之謂死,


      先走春坤   Xiān zǒu chūn kūn 

     蝴蝶泛消浮     Hú dié fàn xiāo fú
     左魂右魄奔     zuǒ hún yǔ pò bēn.
     跛老杖先逃     Bǒ lǎo zhàng xiān táo
     午睡光弄痕     wǔ shuì guāng nòng hén.
     
       跛老の杖,逃げる,先行奔馳 

        平聲八  奔昏 
         *坤=西南,女性,坤母(地,火)

          2013 0414
      

    haru-tyou.jpg


    明者,光之體。光者,明之用也。

    つまり明,あかるいというとき,光源と云うべきは,その “體” であるが,
    その “用” としての光あるがため,明るさとは,照らしだされて明るさ,というものがあることになるかもしれない
    日月について,邵雍詩,からもわかるだろうこと,これはほぼ孟子とかわらないことをいっていて,なんらあたらしいものごとの規定はしていないはずだが。

    邵雍は宋代のひとである。ということを十分に感じさせてくれる,
    これは,宋詩のゆたかさをそのままあらわしているのだろうけれども
    孟子と邵雍のちがいが,すなわち,思想,と詩のちがいだ,とまでいいきるつもりはないが,
    多くの示唆をあたえてくれた。
    もちろん,思想,詩,その兩方に於いて,である。


    邵雍《幽明吟》

     幽明吟  Yōumíng yín

    明有日月   yōumíngrì yuè      幽明と日月(明)は,
    幽有鬼神   yōu yǒu guǐshén   幽には鬼神有り
    日月照物   rì yuè zhào wù      日月とは(本來)物照らすのみ
    鬼神依人   guǐshén yī rén     鬼神とは(本來)人に依る

    明由物顯   míng yóu wù xiǎn   明はゆえにモノゴトを顯らかにす
    幽由人陳   yōu yóu rén chén    幽はゆえに人が陳(なら)べて見せる
    人物不作   rénwù bùzuò       人,物,何もなさぬなら
    幽明何分   yōu míng hé fēn  幽明何の分かれるところ(あろうか?)




    まあ意譯,我流であるが,こういうことだろうと思う,邵雍の謂ってることは。

    すこし前邵雍の《至靈吟》と言うのを紹介したが。
    これも身もフタもないw詩だった。

    《至靈吟》 邵雍


     至靈吟  zhì líng yín    

    至靈之謂人  zhì líng zhī wèi rén    靈に至らばこれ人と謂う
    至貴之謂君  zhì guìzhī wèi jūn     貴き至らば之れ君という
    明則有日月  míngzé yǒu rì yuè    明はすなわちこれ日月有す
    幽則有鬼神  yōu zé yǒu guǐshén  幽はすなわち鬼神を有す



    天雖至神,必因日月之光;地雖至靈,必有山川之化 ――班固

    たぶん邵雍はふざけているわけではないと思うのだw
    至靈とは,
    ムリヤリな よみ下しを付けたが,
    霊妙,窮まれば,という意味
    つまり人という存在はそもそも靈が極まったものだろうとナゾなことをいう

    “貴()”い,のが極まると “君(20C6D.gif)” というではないか
    明るいというのは,すなわちこれ日月を有すからじゃないか
    幽(くら)いというのはすなわち,「鬼神」を有すんだろう?

    これは,佛敎輸入以前の德義w「字解」と,「みもふたもなさ」をつかって,ブツクサつぶやいている,のだ。 

    とは言いつつも深く心を打つのは
    認識,というものの,觀方(みかた)のノウハウをつたえて至言だ,
    と思うからであるが。

    こうした,邵雍の詩を讀んでみてはじめて理解できたことはおおい。

    儒學をモノゴトの觀法,としてかんがえてみると。
    つまり,あれこれ觀相して考えるのが哲學的思想だが,その思想はツールとして,物のみかた,とらえかたの方途をとらえる近道,である。
    日本では
    孔孟は,德義や禮儀を訓示する目的ばかり強調される,もしくは處世術,教訓としての側面をみるが,
    そもそも,

     萬物照應や天地の理からはじまった,觀相

    である。
    孔孟を讀むと,そのノウハウを語る以外にものすごく膨大なわけのわからん世界觀が示されていくので
    とっつきにくく,ドン引きする,
    そのてん,『莊子』は初めから讀む人が哲學思想としての構えで入っていくからまだ,いい。

    『莊子』のそのむずかしさも,ナニについてかたってるのかがわかっって讀めば,

    「さては深遠なものだな,これは」,

    くらいの感想を持つが
    孔子孟子は,人にやたら説教して徳義礼節を説くもったいぶったカンジ惡いヤツとなる
    天地のコトワリは大仰なイヤミのようなものになるw

    そもそもニホンジンにとって,觀相術としてかたられる儒生のことばが,途端に難しく感じる,これは
    漢語の文字の不理解から端を發している場合もあろうかと思うものの

    ・・・・・いまきづいたが,無理解はすぐヘンカンできるが不理解が「フリカい」になるのはなぜだ?フリカってなんだ?
    ふむ。

    ・・・・・。
    どーでもいーんだが。
    不~というとき ~が形容語,であるときはすぐヘンカンできるがそうでない時結構出てこないキがする。
    キのせいだろうか?
    ちなみに無理はでるが不理は出ない。
    不解。
    半解,無理解は出るが。

    無思慮は熟語でヘンカンできるが不思慮は,不,ヘンカン,思慮,ヘンカン。

    ふむ。

    これまたおかしな《思慮吟》

     思慮吟  Sīlǜ yín

    思慮未起   Sīlǜ wèi qǐ     思慮未だ起きざるは
    鬼神莫知   guǐshén mò zhī   鬼神知ること莫し
    不由乎我   bùyóu wǒ       我(自身)に由らずしてあることあるや?
    更由乎誰   gèng yóu shuí     更に由る,とはもともとは,誰にや?

    Syouyou-siryogin.jpg

    此れも我流の意譯,になるが。


    すごい詩だな。ソショク(蘇軾),キョージチン(龔自珍)の “憂患” に匹敵する。
    とはいえ邵雍の凄さは “思慮” と “知”の “主客” をも逆轉させてしまえるということだろう

    日本の儒學のハウツー本をめくってもイワ感ばかりつのらせていたわたしは,邵雍の詩を讀むまで,自分が(ひょっとして日本人の多くが)孔孟を誤解していることに氣づかなかった。
    世界を觀相するのは,古來思想家の役目だが。
    そのノウハウも,どこの世界でも,つたえられている。
    つたえきるコトバをもっている,ということでもあるが。

    しかし日本で,儒學というと,素朴な世界の照應,觀相をはなれ,なにかと,權威や,尊大をイメージさせる
    もったいぶった,説教がましさ。

    儒學がジツは天地を語ってものの見方を授けているとは,かならずしも,よくつたえられてないし知られてない,
    西洋哲學や洋の東西とわず宗教思想ほど,現代の日本には,浸透もしない。
    素朴な解りやすさ,は,人がそれに從うかどうか,という,ハナシにすりかわり
    民に行使しうる,使役させる影響力としての,道徳的統治のノウハウばかりが注目されるが

    禮儀や説教じみて,君子とは,「子曰」,という “オシツケ” がましい「道德」の教え,
    しかし,これをちょっと離れてみると
    驚くほどわかりやすい天地の理が示されていることにきづく

      (いってることは,『莊子』や馬鳴三藏とちがいはない,骨格。
      つまりだからこそ,孔孟,『莊子』老子,と,禪定の融合がなされ東洋思想,
      というものがおおきくできあがった,仕上がったともいえる。)

    ま,どうでもいいことだが,
    孔孟のいってることは,西洋哲學思想となんら變わらぬ根源的な,IDÉE イデーである,
    と實感,いや 「“體” 感」した邵雍詩のことば(詞)

    邵雍が,なにをいってるか,おそらく 「 “オシツケ” はイカン」論者にはわからんだろーが

    天意吧人法地,天意乃民心

    ところで
    小さいレベルでの異質をみとめつつ,大きく同じところを志向する,

    民主主義のむずかしさ,ということでもあるが,

    なぜ,日本人一人一人が民主すなわち, 「 “ 體” である民が“主”」 という言葉を理解するのが難しいかといえば。
    小さい異質はまず,ハナシにならんほど尊重されない,という “前提” があるからだとおもっていたが。

    まず,前提は世間體や,常識という共通の「正しい認識」があって,そこに異を唱えるというかたちで割り込まなければ,前提がナニカかということをふまずにつづけられる会話というものがある。
    その会話に前提は何か,という疑問が整理されないことはおおい。

    ラディカル,根源的なこと,というのは日本では議論しないでも,なんとなくそこに在る。
    いや,デンとして居座りつづける。

    正常なもの自明のことは議論する必要もない,という態度が生まれきたる,

    この,議論できようはずもない不毛の土壌に,楔の入れようがないことを感じる時があるが
    そこから

    世間が絶えず發する饐えた常識,世間テイ,KY排斥,ドウチョウアツリョク
    というものもおこるんだろうが,狭さ,偏狭なのは,
    もともと「ある」前提を,問題視してしまうこちら(わたし)のほう,,ということになる

    このような “體”(つまり, 主體だ・・・・)の態度で,前提が覆った時
    覆った,と言う事 “態” を,・・・・・・觀てかんじられるんだろうか?
    認識できるのだろうか

    ようは,前提がナニカを設定せずにいくら議論しても議論にならない,にもかかわらず
    その前提を提示することのむずかしさが,民主,という言葉を理解する阻害になっている,
    ということでもあるがw

    もともと
    「民が主であること」が前提であるというデモクラシーは, “體” のありどころは,正しく “主” の位置に,
    (Not,義しさ),(つまり正確な、位置にゐることだ)存在するべきものであるはずだが。

    “前” 提はナニか? “後” にくるのはナニか?
    “前提” の對義語はナニか?
    そもそもw

    Pre-の逆はPost-ではなく,Meta-であったりNewであったりする消息を
    嚴密につたえ得る、表し得る言葉を日本語で見つけようとすると,とても難しい

    陳洪綬邵雍《自餘吟》

      自餘吟   Zì yú yín

      身生天地後  Shēn shēng tiāndì hòu  身は天地の後に生き
      心在天地前  zài tiāndì qián.    心は天地の前に在り
      天地自我出  Tiāndì zìwǒ chū     天地は我より出ずる
      自餘何足言  zì yú, hé zú yán      自餘,何を言うに足らん

      自餘=爾餘 このほか



     これが天地と體用,
     天地體用有無用

     盡(ことごと)くす,と,盡(つ)きるもの,の盡のちがい,ということになるだろうか
     どちらがどちらかは,どちらが前に有るかによって變わりうる,だから相對,である
     ということで, 
     
     絶對と絶體のちがい,ということにもなるだろう。
     用は絶やすが,體は絶える,ということかもしれない

     漢字でなければならない,解(わか)り得ない,つまり,解(かい)し得ないのである

     天地與我竝生,萬物與我爲一 ――『莊子』

      天地,我れと竝び生じて、萬物も我れと一たり


     では,物化とはなにか。
     死,のことであるが ―― ,  “土一塊” 化,であろう,
     すくなくとも
     『莊子』においては,そうである

     物化 Wù huà

     是一種客體化(即對象化,objectify)的過程,
     あるいは,
     透過社會分工來區分物我,
     也就是把某些東西當作勞動的對象
     ともなるw
     が,

     もちろん物質文明の否定,とかいう下世話なハナシでなく

     無化 wú huà
     のハナシ,というわけでもないが
     主客,主體と客體のハナシ,つまり東洋思想の體と用のハナシは
     
     西洋の “絶對存在” を動詞化することで “相對化” できる,という
     わたしの理解はそういうことだが

     これを和ことばで説明しようとするとき,いくつかの,ニホン語にはない,概念,
      あきらか” に日本語には足りないものがある,
     と言うことにきづかされる
     日本語では, “明(あきらかに,正しく)確” に表しづらい,ということを,
     思い知らされる




     夢飲酒者,旦而哭泣,夢哭泣者旦而田猟,
     方其夢也,不知其夢也. 
     夢之中又占其夢焉,覺而後知其夢也.
    ――『莊子』


    soujihudie-6.jpg


     これを言いかえればこうなる

    《夢中吟》邵雍

     夢中吟     Mèngzhōng yín

    夢裏常言夢 mèng lǐ chángyán mèng   夢裏,常に言はん,夢,
    誰知覺後思 shuí zhījué hòu sī.   誰や知らん?覺めて後の思いこそ
    不知今亦夢 Bùzhī jīn yì mèng       夢。今,亦,夢や? 知らず。
    更説夢中時 gèng shuō mèng zhòng shí 更に説かんとすは夢中の時(言)


       我流で意譯。間違いはご指摘ご教示を



     さらに,言いかえればこうなる

     昔者莊周夢為胡蝶。栩栩然胡蝶也。
     自喩適志與。
     不知周也。 俄然覺、則蘧蘧然周也。
     不知、周之夢為胡蝶與、胡蝶之夢為周與。
     周與胡蝶、則必有分矣。此之謂物化。
    ――『莊子』


    ・・・・・・・・・・。

    生,を思うとき,
    そのもっとも具象化された姿といえば,

    わたしのなかでは

    杖をつき趍る,跛の老人。

    死,を想うとき,
    そのもっとも具象化された姿といえは,

    わたしのなかでは

    栩栩の,胡蝶。

    つづく

     白晝  Baizhou


     翩翩蝴蝶飜離塔   pianpian hudie fanli ta
     春晝不求醒一答   chunzhou shi xian xing yi da
     醉世猜情靑眼生   zuì shì cāi qíng qīng yǎn shēng
     恰夢銷魂中夢合   qia meng xiaohun zhong meng he


       *靑眼=阮嗣宗的       入聲九  塔答(恰)合
     
       2013  03 12

    テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

    何處 “自分” ,何在 “理” 戰爭メカニズム在哪裡? 屈大均《客雁門作》

    hutong.jpg

        標語牌 (placard)    Biāoyǔ pái 

      何處自分無在理   Hé chù zì fèn wú zài lǐ.
      當然埋所論不起   Dāng rán máisuǒ lùn bù qǐ.
      一容一用標言牌   Yī róng yī yòng biāo yán pái,
      不想到衕依同體   bù xiǎng dào tòng yī tóng tǐ


     ※標=高枝曰く,標。 標枝,又,表也,又旌旗也
       衕=胡同,街道,亂,胡(狄戎蠻夷),


        上如標枝,民如野鹿。――『莊子·天地篇』

               20170407  06:12



    それにしても。

    アメリカの國民國家の疲弊は,いやされない。

    けっきょく毎度毎度の武器消費で延命している,ネオコンアメリカ。
    『パックス・ネオコンアメリカーナ』をターミネートしてくれるはずだった
    トランプ,そのトランプの坦直と粗暴に感じていた
    わずかな・・・・・秋毫のごとき希望はくだっけちったw
    ヤツのカツラは頭顱に貼りついたままか?
    それとも,秋毫之末を植え替えたか?

    わたしとトランプのことで言い合いをした何人もの人たちは,
    ほら「やっぱり,トランプのような差別主義者は平和の敵だ,」
    と嗤うだろうか?

    しかし。
    クリントン女史とペンタゴンならもっと,,巧妙に
    屁理屈こねてやったであろう
    というだけのハナシ,だ。

    人道と言う名の植毛の洗練と,正義ヅラで,
    化學兵器使用というアサドの惡辣を言い立てながら・・・・・。

    アメリカの正義は武器消費。
    わかりやすい粗暴さで「攻撃をしかけた」トランプは,
    ビルやヒラリーより,美辞麗句がすくないというだけで,
    アメリカの國家の「品格」を損ねているだけで,
    おなじくペンタゴンより委託されたトマホーク巡航ミサイルの在庫處分に
    すぎないぢゃないか?
    と考える,
    しかし,すくなくとも,

    「人道的見地から行う空爆」

    という,あの,
    コソボ,アフガンの欺瞞を見せられることがないというだけ,
    地球のその他大勢の人類にとってまだマシでわないか?
    と考える
    ことの本質はよりわかりやすくなるのではないか,と考える
    わたしはヒトデナシだろうか?

    1990年代に
    並べられたあれらのゴタクにどんな “理” があったというのか
    いまもってわからない。
    ただただ “” があったにすぎない。

    アフガン,イラク,シリアの苦しみ,空爆にさらされる民の苦しみ。

    ただただ終わりなき人間浩劫の化蟲血沙のなかにある,かれらには。
    きのうも,きょうも,あしたも。
    マダマシ,も,サイアク,もない,絶對的な・・・
    禾の刈られ」る大地,にゐる,社稷の “禍” 中にある草茫。

    それは,アメリカ主導のおとぎばなしを終わらせない限り,
    終わらない。と言う絶望・・・・
    すくなくともパックス・アメリカーナ,
    そしてこの “利” ,
    イスラム世界に干渉しつづけることで歐米が手にする “利” が枯渇がするまでは。

    「滿洲國」由來の阿片,モルヒネ,ヘロイン,武器をもっぱら專賣していた政商岸信介とその親友,盟友かれらは,戰後も日本で權力の中樞にありつづけた。
    東京裁判で,裏で取引き,しこうしてのちネオコンと合體したのが子,孫を産む。

    その孫たち安倍ボンボンと仲間たちは,いちはやくアメリカの「在庫處分セール」に支持を表明したが。

    これを,「 “利” のトー然」,という。
    かつて安倍のおじいちゃまが「經濟の官僚」だった帝國日本支配下の「滿洲國」
    そこで日本の科學者によって製造され
    敗戰後帝國日本軍によって遺棄された化學兵器,細菌兵器はいまだ中國の大地に加害をつづけている。
    と言う,
    そうした個別の事情は抜きにしてもwかれらにはもとより,道も理もない

    イラクでも,ボスニアでも。

    死産,が,畸形のこどもが,うまれつづける,イエローケーキのもたらす被害はだれがもたらした?

    “原發”, “原子炉” 由來の,つまり,電力を生み出すためには生じつづけるところの “必要惡” たる,
    劣化ウランの消費先として,武器製造があり,武器消費がある。

    そうした事情をわたしたちにうったえつづけてこられた
    肥田俊太郎氏も。
    つい先日三月二十日九泉下に旅立ってしまわれたが。
    わたしにとって, なぜかしらんが。
    “人道的” と言う言葉と, “必要惡” は,ほぼ同義,という。

    それを體現するのがブッシュ親子であることは,いうまでもないが
    その詭辯によって,より理の “矛盾” を,人道の欺瞞を感じさせたのはビル・クリントンである。

    ・・・・。
    ww

    被害とは,つねに,加害の結果である。
    その有因,而して有果はつたえられつづけなければならない

    “おとぎばなし” を聞かされつづけるより,
    ことの本質があからさまになり,わかりやすくなるほうがよい,
    と,いつもかんがえているわたしは,
    ヒトデナシだろうか?

    悲劇があるなら,起きているのであれば。

    そこには,どんなたぐいの粉飾,演出
    「正義の」美名も,「英雄」の美談もないほうがいい。
    と,いつでも,かんがえてしまう・・・・・,
    わたしはヒトデナシだろうか?

    わたしはいつも思う。
    「事實」を直視する前に,論旨を見つめる前に
    人格を批判するひと,人格にほだされる人は,
    英雄や美談に翻弄され,感性と理性を試されてる,諮られ,測られ,謀られる
    それはなぜなのか,といつもおもう。

    政りごと,敲き治めること,また,擅權の “體” ,と行使のバランス,をも,
    「情」で測ろうとする。

    差別されてきた,ガラスの天井下にいたから空爆はしない,というワケではないし,
    人種差別主義者だから空爆をすると,きまったワケでもない。

    空爆,という行為の動機は “情” にも性格にもない,,
    あるのは “道義” ではなく,理でもない, “利”

    もし批判さるるべき惡い性格が,空爆をする,というなら,その周りにはそれを阻むべく善い性格があるはずだ
    あるいは逆に,人道的美質がもし,動機やコンキョというなら,
    そもそも空爆ジタイあり得ない。

    「のっぴきならない」,無・情,つまりは非・情の動機があるから,
    非, “人道” 的な理由から,もっとフィジカルな理由から空爆,するのである。

     (そもそも人は人格や性格だけでは罰せられない,
      もしもそーなら,わたしなど100回死刑になってもまだたりない,
      もっともこれからはわからんが。
      ・・・・・。
      とわゆへ
      彼らの「共謀罪」が,そもそも,キョーボーっしなきゃ罪にならないなら,
      單獨個人のキョーボーっな性格は罪には問えない

      つまり,共謀罪というのは,群れる平和な羊の内心を拘束するための法である。
      言い得て妙だが,一匹オオカミのテロは防げない)

    いったいに,
    この世に惡人がゐるから,憎しみやレイシズムがあるから,だから戰爭が起こるのか?
    しかし,憎しみの “情” だけでトマホークやテポドンがつくられるのだろうか?
    スティルス戰鬪機が,劣化ウラン弾が作られるだろうか

    確かに
    差別のココロ,性根から慘たらしい悲しい事件は起きる。
    しかし
    戰爭のメカニズムというものは,それとはちがう。

    確かに
    慘たらしい南京虐殺はニホンジンの中國人への差別心が引き起こした人道的罪である
    しかし日中戰爭は。
    そもそも帝國日本の破綻を回避するには日滿支,植民地経済ブロックと言う連結決算が必要であった,という,
    經濟侵略がそもそもの目的,權益確保のための武力行使という確固たる, “銃後の民” の國家,の欲求,不健全な動機があった

    さらに,
    領土拡張でも搾取のためでもなんでもない戰爭がある,
    ――また,第二次大戰までの戰爭とは違う,大戰後の朝鮮,ベトナム,戰爭があり,
    ――また,東西冷戰を經てのちの「アメリカの戰爭」がある,
    ――また,劣化ウラン彈を消費しなければならない空爆があり,
    ――また,トマホーク巡航ミサイルを59発處分しなければならないという,武力行使がある

    と言う事實を眼前にして

    憎しみや差別をやめよう,平和を希求しようといくら叫んだところで
    こと,國というシステムが,行使する武力にかんしては,意味がない,

    いや意味がないどころか。
    「戰爭の本質」が見えなくなるぶんだけ
    本質を覆い隠すことに加擔してしまうぶんだけ,・・・・。


    そこを,
    戰爭の發端,動機を見つめずに。
    「事實」を直視する前に,
    かれらが,・・・・・
    「戰爭こりごり平和主義者」たちが,あるいは「好戰爭祖國防衞主義者」たちが,
    「戰爭ハンタイ」をいったり,あるいは「戰爭ハンタイ」をいわなかったりするのはなぜか?
    どうだ,こうだ,と言い爭い得る,その回路が
    サッパリわからないのである。

    わたしには, “日本のりべらるの理” がどこにあるのかがわからない。
    が,理が無いところに矛盾がある。それだけはわかる。

    そして筋が通らないことがあったとき,
    筋道を考えて,また,少なくとも筋を通してみたい,それが自分の行使(用)し得る範囲においてだけでも,と想う人。
    たとえそれができずとも。
    筋の在り處は有る,ということを示したい,見たいんだ,と想う人。
    それはどうでもいい,スジの主張やいさかいは,ただただ見たくないと想う人がいる

    ということ,
    それだけは確かである。
    それはわかっているが,ハンタイ者こそ,聲高に戰爭ハンタイをさけぶものほど,
    理とスジメに嚴密であらねば,ならないとおもうのだが。

    人類にとって,究極の正しさ
    は「戰爭はいけない」。
    この正しさが,ゼッタイ唯一の正義であることはこれは言うをまたない,
    あたりまえのことだ。

    しかし戰爭は起こる,
    ヒューマニスムと道徳ヅラをしてはじめられる
    ・・・・・・・・・。
    ところで。
    先日のつづきを書けば
    理が無いところに矛盾がある。
    理とは,矛盾がないところにこそ,育つ,
    理が整えられていく,という一面の「ただしさ」は。

    なぜかしらないが
    寛容や温柔によって,日本では多くの場合,忖度と思いやりによって阻害されてズタボロになる

    それでも矛盾をただそうとすれば必ず,
    全體は個體を疎外することで,

    見たくないものを,見たくないから,見えないところに追いやる。

    空氣を讀め,か,村八分,か,だ
    ・・・・。

    戰爭にはそれぞれメカニズムがある。
    という
    時代時代において,個別にとりだせばジツはすこぶる單純なこの,
    戰爭のメカニズム,だが。

    おもうに時代時代によって違う意志,個別の事情や動機があるにもかかわらず,
    ひどく錯綜してしまうのは。とらえるべきものがとらえづらいのは
    ひとえに
    時間の縦軸がつながっている,因果をなしているからだ,ろうという

    この有因而有果とメカニズムは,個 “別” に,個 “體” が。
    理を “用” いて考えていかないと

    いつまでたっても
    先述した「戰爭こりごり平和主義」のようなカン違いから議論を始めて抜け出せないではないか。

    「戰爭こりごり論者」は, “熟してくる” と,
    必ずや,いつまでたっても,個別の戰爭のハナシがつづけられることに業を煮やす
    メカニズムは語られず, “因果” の身にてかたられる “歴史觀” だけが殘ってしまう

    “熟し切った” すえに殘される,因果の果實とはなにか,といえば

    ひとの温情や寛容によって,潰されるようにして,
    案外に,簡單に,不可視化される
    隠匿される。
    忘却される

    ことさら,戰爭の發端に,非「人道」的意思をみようとする
    つまりは誰かのせい,非,人,道,的なだれかのせい,
    しかし。
    そもそも 人“體” には “道” はない
    道は地上にあり,ひょっとしたら天にもあるかもしらんが。

    ヒューマニズムの翻譯語はなにか?
    人道主義ではない,人本主義だ,
    ヒトの進む道のしつらえをする理であって,

    ヒトには,道は無い

    ヒトに,有るのは・・・・・

    足だ。大地に立てる。
    あるいは
    考える,頭顱だ。


    ・・・・。
    戰爭のメカニズムとは何か,
    「侵略」や「加害」の動機であるところの,
    ついひとびとが夢中になってしまうような,「ムシのいい話」,
    と言いかえることもできるであろうが,
    こうした戰爭のメカニズム
    と,
    レイシズムの悲劇や「人道」中心に裹められつたえられる戰爭原因もどき,
    ふたつは,
    永遠にパラレルであって,交わらない・・・・・なら。

    いくら人類が仲良く平和を望んだとしても・・・。
    戰爭のメカニズムは

    別處にある
    別 ,途,にある。

    覃葛のごとくして。
    歴亂の花が咲いてしまう,それはなぜなのだろう。

    根こそぐべきものの根源を見つめることがないからだ

    おとぎ話はずっとつづくし,根元は “枯” れず,源泉は “涸” れない
    日本においては特に。


    憂來無行伍,歴亂如覃葛

    ふん!(*・`ω´・)ゞ


      孤寢  gū qǐn

      自由已極     Zìyóu yǐ jí,
      狂泉甘服     kuáng quán gān fú ,
      不敢妄飲     Bù gǎn wàng yǐn
      敢做孤寢     Gǎn zuò gū qǐn

               20140206  01:29 


    ※狂泉=昔有一國,國中一水,號曰狂泉,國人飲此水無不狂
          唯國君穿井而汲,獨得無恙。
          國人既並狂,反謂國主之不狂為狂,
          於是聚謀共執國主,療其狂疾。
          火艾針藥,莫不畢具。
          國主不任其苦,於是到泉所,酌水飲之,飲畢便狂。
          君臣大小,其狂若一,眾乃歡・・・・

    ※寢=古に,水ナリ。
        『説文解字』 による,水。
        出魏郡武安,東北入呼沱水。从水聲。籒文字。子鴆切

       (段玉裁『説文解字注』による)
        按沈浸、浸淫之字多用此。作浸。 侵           


          寢 qǐn     寢 qǐn




    ちなみに“滹沱(呼沱)水”

    いかにもいかにも山西省,戰國趙の故地,秦との境といった感あり
    幾多の戰亂,民族興亡の歴史。黄土山河。
    この河のはなしは以前もなんどもなんども持ち出してるがw。

    山西省,直近のえびすの侵寇,祖國防衛戰は, VS 帝國日本軍


    漆灰骨沫丹水沙,古血淒淒タリ  


                       ▼ 滹沱河
    滹沱河《客雁門作》屈大均

     
     客雁門作  Kè yàn mén zuò

     一年作客傍滹沱    Yī nián zuòkè bàng hūtuó
     聽盡哀笳出塞歌    Tīng jǐn āi jiā chūsāi gē
     白髮不驚明鏡滿    Bái fà bù jīng míngjìng mǎn,
     秋霜只怨雁門多    qiūshuāng zhǐ yuàn yàn mén duō

      一年,滹沱の傍に客となり
      哀笳の出塞歌ことごと聽き盡す
      白髮,明鏡に滿つるも驚かず
      秋霜,只,怨のみ 雁門に多き


       平聲十四 沱歌多

    ※滹沱=河名 滹沱河,呼沱水のこと
      (Hūtuó hé),歴史上の名稱多く,《周禮》《漢志》は滹池,
      《史記》滹沱,,《水經註》滹沱 山西省五臺山北麓繁峙縣泰戲山下
      より發源。流れは山西省東部を經て,河北に入る。雁門の,水



    ・・・・・・。

    テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

    菩提本無樹,明鏡亦非臺。物化と忘却㊦銃 “後”の民の“平和國家”コッカシュギ國家

    ほんとうはこの頁,邵雍“天自得一天無既”に進む予定でかきはじめてたんだが
    ・・・・・。

    他にないからしょーがなくて讀んでるアサヒシンブンの『新聞と九条――平和主義の國で』が唐突に終わった。

    おそらくアノヒトタチから,
    ジギャク史觀の垂れ流しをヤメロ

    と。横やりが入ったのだろうw

    まずは
    アサしヒンブン(・・・・not 淺し貧文)より無断で借りてきててた



    行進する日本軍の傍らで土下座する中国の民衆=1937年11月中国江蘇省


    この写真が,連載が唐突に終わった日の前日に掲載された写真。



    戰死者に別れを告げる日本兵=1937年10月中國山西省


    そして,
    こんな寫眞もあったっけ。これはだいぶ前だ。
    これをおもい,田邊利宏《夜の春雷》をまたのせよう,とそーすると日中戰爭の殺戮戰について延々書キバシることになる
    ・・・・。

    この37年の10月,つまり七七事變いわゆる盧溝橋事件事變の,三ケ月後。
    現場が山西省なら「北支」派遣軍だ。
    このころは,まだ,帝國日本軍は戰死した兵士を荼毘にふす余裕もあった。
    しかし戰爭擴大につれて,中國軍の熾烈な抵抗にあい殺戮戰と化してゆき,
    ついには “三光” の地獄道を邁進するしかなくなった帝國日本軍の薜茘多 (preta)
    餓鬼,の道。
    ・・・・・・。

    『新聞と九条――平和主義の国で』 41回にわたって,
    日本の戰爭加害をテーマにかきつづけ,戦後日本人の忘却とムカンシン,想像力の欠如について書きつづけた上丸洋一記者にかけられた壓力は,そうとうにすさまじかっただろう。

    想像にカタくない。
    心から敬意を表したいけれども。
    連載中幾度もわたしはおもった。
    こんなこと書いててへーきなのだろうか?と
    いやw,
    ほんとうをいえば
    ようやく,ニホンも日中戰爭の有因而有果に目を向けはじめ,戰爭加害の
    「無反省と忘却」こそが,今の時代に,直接手を下していないワレワレの
    もっとも責められるべき,日本人の罪深さ,積習,である,ということに

    將來の戰爭を回避するためには「戰爭ハンタイ」を叫んでいるだけではだめだ,
    ということに
    漸くキづいた,
    世の中がそのように變わっていくのではないかとw
    儚い希望を抱いていたのである
    そんな自分の愚かさ,淺はかさを嗤った。

    想えば,連載中,ブログに『迷惑』發言について書いたとき,
    安徽省の壁に書かれたスローガン,これは・・・・・w
    郭沫若らの抗敵宣傳のしごとぢゃないか。などと書きバシッていたときは
    わたしは有頂天だったw

    わたしの,ココロの中にぬきがたくある傷心。
    日中間の 血債血償,そのとてつもないひらき,
    歴史の,理解と揚棄の途方もない開き
    無理 wúlǐ 理の無いなさ”“離合 líhé”

    “迷惑 míhuò”
    とはまさにこのことをいうのかもしれない,
    ニホンジンの輕さ・・・・その,堪えがたい輕さ
    逆轉して,宙に浮かされたかのような,因業と加害。

    戰爭加害の深刻,甚大は,いうまでもなく,さることながら,
    中國人にあたえた最大の “迷惑 míhuò” は・・・・

    いや,二十世紀に,帝國が人類にあたえつづけた“迷惑 míhuò”とは。

    じつは日本人の, “理の無いなさ” と古來,世界に嚴然としてある,ありつづける文明への,ムカンシンと輕侮であった,
    そのふてぶてしいまでの輕み,

    このことは
    抗戰中の中國の文人が書いていたものを讀むとアリアリとわかるのだが。
    ジッサイ,彼らは,ニホンジンの無節操と,無理,理の無いなさに,
    とほうもなく,“迷惑 míhuò”されつづけていたのである。

    これは日本側の歴史の著述にはほとんど書かれていないことだが。
    しかし,この
    世界に嚴然と存在する文明と,“理”にムカンシンであり,無思慮であることが,
    ニホンジンの無反省キ質に直結するダイモンダイであり,將來,戰爭を招來する
    “因”となりあり,また兆しである,とは
    ジツは,世界は知っているのである。

    りべらるは,やみくもに「戰爭ハンタイ」というが,
    ねとうよの,祖國防衛という大義に,それによってかかげられる好戰爭志向に,
    りべらるが有効な反駁ができていない最大の要因であり・・・・・

    戰後直後から,90年代後半までは,辛くも抑えてきたウヨク一門の地下蠢動を,
    ついにおさえきれなくなった,はびこらせてしまった因,果である。
    1990年代後半から國家主義の増加,ネトウヨ言説の蔓延は當然の歸結,
    なのであって。

    「戰爭はもうこりごり」平和主義と,
    「あの時は戰爭だったからしかたない」無反省シュギは
    ウヨクの侵略戰爭美化と開き直りに,なんら有効なハンバクをしてこなかった。
    りべらるの不作為。
    そして今,わたしがおもうに日本を覆う蒙蔽。

    戰爭加害に直接關係ないわたしたちにとって。

    「戰爭」を反省せず,無知ムカンシンのまま,
    戰爭ハンタイをさけんでしまうことは,

    かつて,直接手をくだしてきた,兵隊たちの,
    戰後,演じられてきた「平和國家」のなかで,罪の意識と呵責に孤獨に苦しんだ “生きている兵隊” たちより,さらにうんと罪深い。

    はたして,
    苦しんできた兵隊たちの,夜ごとの惡夢を,戰場の殘虐を,彼らの小さな胸の内におしこめて,聞こうとする耳を持たなかった銃後の民。戰後の民
    記憶をとじこめることにばかり,寄与していた,
    忘却することばかりに,積極的だった,
    そうして,日本のりべらるは『戰爭はコリゴリ』平和主義を邁進していった。

    この『新聞と九条――平和主義の國で』,
    彼ら苦しんできた兵隊たちの苦しみをここまで,戰後のわたしたちにむけ,ストレートにぶつけてきた言説というものを
    わたしは知らない。
    その意味でもこの連載は・・・・・無限大の意味があり・・・・
    意味を持ち・・・・・
    (もう終わってしまったのだが。)

    いったいに。

    軍部將校や戰爭指導者の罪,これは,わたしたちには,償いようはない,
    ヒロヒトと帝國の,國家の,おこなった加害の過去は,贖いようがない。

    しかし。

    戰時中の, “銃後” の民の罪は
    戰時後に, “銃” の “後” をいきるわたしたちが償うべきではないだろうか?

    そもそも忘却は, “文”化 を著しく阻害する。

    「“文”化」 できないということは,單に
    “武” の延長,武力の行使と言う野蠻, “暴力”を民が決済できていない,
    ということだ。

    なぜ,りべらるを含む日本人は,そのことを,ネトウヨに言えないか?

    といえばw

    コトは單純至極にしてカンタン。
    知らないからである。とことん向き合わないからである。
    りべらるは日中戰爭を知ろうとしないでも生きられる土壌に安住して,戰爭ハンタイをさけぶことができるからである。
    土壌,とは,この場合,もちろん國家だ。

    いつだったか去年,澤地久枝が戰爭直後の思いをかたっていた,
    自分は日本に引き揚げてきて,本土の燒け野原をみてはじめて「戰爭を實感した」,と吐いていた。

    「敗戰」ではない,「戰爭」を,である。この九条の怪の女流にしてからがコレだ。

    りべらるのカタる,戰爭ハンタイは,原爆と空襲の被害,本土の荒廃をいいたてることからはじまる。
    いつだって「戰況惡化」の太平洋戰爭からだ
    それは,他者のいない,他者にムカンシンである, “本土” の
    ニホンジン同胞が苦しんだ,という傷,その傷口が疼くから,
    聲を上げる反省とハンタイにすぎない。


    日の丸の波に迎えられて富山市内を行進する帰還兵たち=1939年8月
    日の丸の波に迎えられて富山市内を行進する帰還兵たち=1939年8月


    昨日の夕刊,『新聞と九条』第440回―― “平和主義の國で”第40回,つまり,

    最終回の一回前の記事。

    まるごと引用していこう

     敗戰から一か月ほどったったころのこと,
     首相の東久邇宮稔彦が,米国の通信社の質問に文書で回答,
     米国民にこー呼びかけた

     「どーか真珠湾を忘れてくれろ,我我ニホンジンも原子爆弾による
      惨害をわすれてくれよう,
      そして全く新しい,ヘイワ的コッカとしてシュッパツしょー」

    ・・・・・。
    1945年9月15日のことだ。
    wwwww
    どうだろう,このノーテンキな發言は。

    おっそるべし夜郎自大,他者不在, "迷惑" 千万の帝國日本の皇族にして
    平和國家の日本の最初の指導者ならではゴ發言だ
    www

    ――平和主義の國で 第40回 
    戰爭は忘れよう。
     それが平和國家への道だと考えたのは首相だけではなかった。
     平和憲法を持ったことで日本はただちに平和國家に生まれ変わった,と人々は思った。
     それはいわば「忘却の平和主義」だった。
     戰爭はこりごりだ,と言う心情がその平和主義の支えだった



    マッタク胸のすく文章である,
    アサヒ新聞購讀してゐて,近年こんなに愉快だったことはない。

    ――平和主義の國で 第40回
     戰爭の意味や戰爭責任は深く問い返されなかった。
     かつての戰爭指導者が首相や閣僚の座についた。
     日本軍は何をしたか,新聞が他國の戰爭被害者に取材することはまれだった。しかし『忘却の平和主義』は他國には通じなかった。
     ’71年秋,歐洲を旅した昭和天皇は,英國やオランダで,帝國日本軍に虐待された元捕虜らの反發にあう。
     朝日,毎日,読売の各紙社説は歐洲が戰爭を水に流していないことに驚いた。



    www
    ヒロヒトの乘った自動車は,このときビンをなげつけられている。
    第22回。「新聞と九条」第422回。

    わたしはこの連載の筆者の文才におもわずニヤニヤさせられたんだったが。
    筆者の上丸洋一記者はこう書いている

    ――平和主義の國で 第22回 
    英國では天皇が記念植樹した木が何者かに切り倒された。
    オランダでは天皇が乘った車に水の入ったビンが投げつけられた。



    その時各紙社説はこう書いた,と,連載はつづく,

    ――平和主義の國で 第22回 
     朝日 『(天皇への批判は)日本に対する批判だったといえるだろう。
     我々はこの批判を素直に受け入れる必要がある。日本人がともすれば水に流しがちの過去がそこには生きていた』(71年10月14日付)



    ・・・・・。
    「そこには生きていた」という驚き・・・・。
    わたしもこれには驚いたが
    しかし,朝日はこれで,まだしもマトモだったw

    ――平和主義の國で 第22回 
     毎日 『いまさら大人げない,と言うカンジがしないでもない。というのは,過去は水に流して,新しい關係に白紙で取り組む淡白さを好む,日本の國民性にあわないからである』。(71年10月15日付)



    だって。
    www
    わたしの心に浮かんでしまつたのは,ずいぶん,タケダケしいな。
    とわいへ
    まさにまさに日本のりべらるのショータイここにあり,というカンジが
    しないでもない,
    だったが

    ――平和主義の國で 第22回 
     讀賣 『不幸な過去は水に流してしまいたい,とする日本に對して,
    "許すことはできても忘れることはできない" というヨーロッパ人の嚴しい態度をそこに見出さないわけにはいかない』(71年10月15日付)



    讀賣,これまた他人事である。と言う生ぬるい態度をそこにみいださないわけにはいかない。

    ――平和主義の國で 第22回 
     三紙とも「水に流す」と言う言葉を使った。
     歐洲は戰爭を水に流していなかった。
     各紙の論説委員はその點に驚いた



    さらに,つづく
    ノーテンキな昭和天皇の陳言

    ――平和主義の國で 第22回 
     14日夕,羽田空港に着いた天皇が「お言葉」を讀みあげた。
    「この旅行を省みるとき,真に國際親善の實を擧げ,世界の平和に
    寄与するためには,なお一層の努力を要することを痛感しました」



    だって。
    天皇は既に平和國家の元首として,いっぱしの平和主義者として歐洲に親善に出かけていた,
    が,その鼻っ柱だか,自尊心だか。
    その,ニッポンの,神の末裔のココロは痛く傷ついたに違いない。

    まったくまったく。
    上丸記者のココロのありどころを想像しては毎夕,わたしは
    心中拍手をしていたのであるが。

    ヒロヒト氏は戰後に平和國家日本の建設をこころからねがったそうだが,
    しかし。
    例の『天皇實録』によると,みずから “象徴と化す”ことはこれはまあ,
    仕方ない,いや “吝か” でないとしてもw
    神の裔でなくなることにはケチ臭かったようだ,

    その身の現人神としての 矜持は心中持ちつづけていたらしきこと,
    原敬之がいつだか,朝日のインタビューで暴露していたがw

    ・・・・。

    ハナシがそれた。
    最終回の第一回前,きのうの第440回にまたもどると

    ――平和主義の國で 第40回 
     日本と戰つた國の人々は,戰爭を忘れていなかつた。85年の終戰記念日,首相の中曾根康弘(98)が靖國神社に公式參拜した。
     アジアから批判の聲があがった。
     「アジアは首相や閣僚の視界から『他者』の存在が欠落していること
    に怒っているのである。」(85年8月15日付け毎日新聞社説,連載第428回)



    そう,この「平和主義の国で,第28回」も,わたしはよく印象に殘っている。

    85年,すでにして。
    新聞各紙の社説はもはや,反省のハの字もない。
    良心的なニホンジンは,

     どうやらわれわれニホンジンは死者を弔う,その弔い方にモンダイが
     あるのではないだろーか,
     というカンジがしないでもない,

    といつのるだけだった。

    わたしはこの連載を讀みながらそのころのことを思い出していた,
    そのころ,仏文學者平井啓之が,授業が終わりころになると,日本のソーリ
    ダイジンを苛烈に批判,そして語りだす,自らの學徒出陣,田邊利宏の詩や
    プロレタリア文學への憧れといった脱線話を心待ちしている女學生だった。
    その時,先生はこういっていた。
    「なにが,弔うだ,跪いて謝るのが先だっ」,と。

    學徒出陣によって青春を奪われた世代の,激高であった。
    老骨の,慷慨を目の当たりに,そして,
    その平井啓之先生はその數年後に退官されたが,
    故郷の京都で「ナカソネをぶっ飛ばせ」,と怪氣炎をあげていた
    そんなことなどを懐かしく思い出しながら。

    さはさりながら,今にして思う,
    平井先生が謝るのが先だっ,と怒ったその謝る先は
    あわや沙場の蟲と化すところだったわれわれニホンジンミンなのか,
    中國をはじめとする被害國に對しアヤマルベキダ,といったのか。

    もはや泉下の客となってしまた先生の真意。
    それは,想像たくましくするほかないのだが・・・・・
    わたしもそのころはまだ,ムカンシンの徒にすぎなかったこと,
    先日の頁にも書いた。
    当然それを尋ねる勇氣などない,
    と言う以前に,
    そもそもわたしは,疑問にもおもわなかったのだ。
    ただ,やみくもに

    そーだ,そーだ,跪くべきだ,ドイツのように,

    と,
    うなずいていただけだった

    この連載428回の上丸記者はこう書きむすぶ。

    ――平和主義の國で 第28回 
     滯日18年(85年当時)のドイツ人ジャーナリスト,ヒールシャーは,
    次のように指摘した。
    「西ドイツで戰後行われた終戰記念行事では・・・第三帝國(ナチスドイツ)
    の犠牲者を・・・・弔うことが中心におかれてきた。」
    「日本の終戰記念日の行事は,ニホンジンの戰爭犠牲者が中心である。
    ・・・・ただ日本人の,自分たちの死者のみを弔おうという行事なのである」
    (エネルギーレビュー85年8月)
     西獨の首相ブラントが,ワルシャワのユダヤ人追悼碑の前で跪き,
    默禱したのは70年12月のことだった。



    そして440回,つまり最終回の一回前だ

    ――平和主義の國で 第40回 
     90年代に入り,他國の戰爭被害者が日本政府の責任を問う訴訟が相次いだ。戰爭の被害だけでなく,加害の面にも目を向け記憶しなければならない。
     そうした認識が次第にひろがっていった。



    これが,つまり日本の戰後れじーむである,りべらるの代表的言説であった。
    逆にいえば,こうだ。
    漸く90年代に入って  “シダイにヒロガッテイッタ” にスギナイ,ということだ

    安倍やニホンカイギや神社廳や,が,あのヒトタチが,
    ひたすら憎んでやまない戰後のりべらる,しかし,これがそのりべらるにして
    その限界地,反省の精一杯だった,ということで。
    ・・・・。

    いったい,りべらるのどこがジギャク史觀なのかね?
    戰爭加害の反省ばかりの謝罪外交?
    いつ謝罪したんかね?たった二回,しただけじゃないか? 


    りべらるの本音は,わたしはよく知っている。
    りべらるでさえ,ときとして
    いったい,いつまであやまらにやいかんのだね?,
    と,へーきで口ばしるのである。
    そういう仲間を,たしなめるりべらるはいない。

    「戰爭だけはこりごりだ」平和主義國家,それは,なぜできあがったか?

    ネトウヨの言説に反駁できるほど,加害の直視も反省もしてこなかった,
    “りべらる” 。
    その無反省のりべらる衆愚を,ジギャク的だの,中國のイヌだのと
    なにもかんがえずに侮蔑する “ねとうよ” 。

    どっちもどっちの難兄難弟だ,
    ネトウヨがホントに,日本のりべらるを理解して,そのうえで侮蔑したり,攻撃したりしてるのか,と言うのは,わたしには,案外に,解けない,解せないナゾなのである。

    そんな,謎めいた關係性(わたしに言わせれば,共犯に限りなく近い,だ)を保つ
    りべらる,と,ネトウヨ。

    ネトウヨは,いったいぜんたい,りべらるの,どこをどうモンダイ視してるのか,
    なんだかさっぱりわからない,
    りべらるは,自分たちが誤解されて反省しすぎのニホンジンと思われてることに,
    ネトウヨから侮蔑されても,自分が言われていることのほんとうの意味は解らない。
    ハンバクも見当違いなら説得力もない。
    なぜなら,加害を反省しないからだ。無カンシンだからだw

    その意味では,たとえ反省しなくてもまちがった言説に流されていようとて,
    過去に,すこぶる有カンシンの,ねとうよのほうが,まだマシかもしらん。
    少なくとも,修正したい,と思うくらいには過去のことを知っているわけだから。
    たとえ大きなカンチガイ,していたとしても。だ。

    それでいてりべらるはやみくもに戰爭ハンタイだ。
    その,そうした
    『忘却の平和主義』國家に對する,筆者の舌鋒はこの回,このように終わる。

     ――平和主義の國で 第40回 
     中國に抑留された元戦犯たちは,忘却に抗して,戦場の実態と侵略の
    罪を語った。 
     同時に,日本の侵略事実を否定したり,隣国への嫌悪をあらわにしたり
    する言説も一部の雑誌などで目立つようになる。
     95年8月15日,首相の村山富市(93)が,侵略と植民地支配を反省,
    謝罪する談話を閣議決定した。
    『國民が共有すべきごく普通の認識を語るために,半世紀もの時間を必要とした」(1995年8月16日付朝日新聞社説)



    そう,わたしはこのころのことをよく覺えている
    たしかに語られはじめていたのである。
    そして,アノヒトたちの反轉攻勢が始まるのである・・・・・・。

    わたしは昨夜の夕刊を讀んで,恐らくここから,アノヒトたちの,プロパガンダ,
    やがてネトウヨが生まれ育つにいたる腐葉土を,だ,日本の土壌にまぜこみ,
    堆肥をせっせとふりかけて慈しみ育てた,彼らのハナシ,
    執念深いアノヒトタチの,
    過去の加害の否定と,帝國の美談を定着させるための汚いやり口,
    きっと,そこにつながっていくだろう,とぼんやり予感していた。

    そのわりには,この日のやけに総括的,総まとめ的な上丸記者の口ぶりがキにはなっていたが・・・・・
    翌日まさか唐突に終わるとは・・・・思わなかった。

    よもや・・・・・。
    しかし。
    現代日本の最大のタブー,に斬りこむことはできなかったようだw
    それはいうまでもなく,
    のちにネトウヨをはぐくんむ腐葉土をせっせと日本の “土域” に充填していた連中
    その醜い蠢き。
    である。
    やがてその,土壌には,インターネットが肥やしとなり,水に流した水は,

    ネトウヨがすくすく育つための水となる。


    記者会見で持論を語る藤尾正行文相(右端)=1986年9月8日東京・霞が関の文部省


    これも懐かしい寫眞である
    このころが
    アノヒトタチがノサバリハジメるはじめの始まりであったw

    連載ではそんなハナシになっていくんだろな,とぼんやり予想していたがそうはならなかった。
    ・・・・・。
    ・・・・。
    新しい草をそだてなければいけないのに,そして蘖(ひこばえ)をおおう毒麦をみずから刈り取ることができなくとも。
    せめて,ワレワレは萎れさせなければならなかったのに

    アノヒトたちは枯れるどころか水を得た岸のカッパ。だ。
    その土壌にかける水を運んでいたのは,ほかならぬ,忘却,
    と,
    その主 “體”
    そのショータイたる りべらるの寛容,
    であった,

    90年代後半から2000年代。
    もとより,日本に流れる “理のないなさ” という名の河川に,は漸く。

    「日本の國民が共有すべきごく普通の認識」,その “水” が流れるはずだった,が。
    この水はもちろん,じゃあじゃあ流す,蛇口の水,水に流す水ではない
    國土を潤す水, “囗” の “意思” そのもの

    本來「歴史の反省」と言う大河を流れるはずだった水は,
    しかしトツジョ逆流し,なんと,濁流となって狂水の源泉目指してw
    ニッポン山の御本山にむかって遡っていくのである。
    先祖歸りを始めていったのだ

    そうした,「先祖歸り」の先祖の末裔たるアノヒトタチのこと,
    そして驚くべきりべらるのムカンシンについて,これ以上は,やはり
    書き著していくことはできなかったのか。

    ウルトラライトばかりでない,キブンとしてホ種の,すぐ,他國から「押し付けられる」と言っては,拒絶する,子供じみた無,理,
    そして
    「押し付けてはいけない」という,イデオロギー嫌惡,理の無いなさを,どこまでも貴ぶ空キ。無,理。
    言い爭うのははしたない,みっともないというりべらるの自己抑制は,どっちもどっち,
    世界じゅうに日本にしか存在しない。
    『押し付けはイカン論』の論者たち

    そのうえ,そうしたりべらるの抑制と忖度の過剰は,いつしかネトウヨのドウチョウアツリョクと何ら異ならなくなっていく。
    わたしはアンポ法案に反對し,安倍政権に對峙する人達の,理が,
    どこにあるのか,
    いまひとつよくわからなかった。
    そして,そして・・・・・。
    最終回「りべらる機關紙」の殘っていた最後の良心,その斷末魔は,
    潰えて消えた一滴は,このように。

    唐突に始められる

    新聞と九条 441回――平和主義の國で 41回最終回

    「ビザの(査証)の発給を,なぜ拒否したのか。ストレートに理由を述べてほしい」
    今月二日午後東京地裁で開かれた口頭辯論で,原告側が 國側に求めた。 しかし,返事はなかった。
     1年半前の2015年9月,集團的自衞權の行使を可能にする安全保障法制が意見批判を押し切って,國會で成立した。
     これを受けて,戰後補償問題に詳しい學者らが「戰爭法の廃止を求め
    侵略と植民地支配の歴史を直視しアジアに平和を作る集い」を11月に開く計畫を立てた。
     帝國日本軍731部隊などによる細菌戰の被害者遺族12人を中國から集會に招いた。
    ところが,出發前日になって日本の外務省がビザを發給しないとつたえてきた。
     訪日予定者のうち3人と,集會を呼びかけた3人が,16年3月,ビザの發給拒否によって,集會,表現の自由が侵害されたとして,國に賠償を求めて提訴した。
     國側は「發給は國の自由裁量。拒否理由を示す必要もない」と主張。
     そもそも國は細菌戰の事實を示す資料は防衛省などで確認されていない,と言う立場だ。

     戰後日本は,憲法九条の平和主義を掲げてきた。その日本政府が戰爭被害の證言者の入國を拒否した
     中國では,帝國日本軍が敗戰辭に遺棄した毒ガスなどの化学兵器が原因で,今も住民に深刻な被害が出ている。



    そう,このとき,このビザが發給されなかったという事實,
    その日本政府の暴擧が世界に与えた衝撃,
    わたしはよく覺えている
    日本と中國の當事者以外の,つまり國際社會から非難の聲が,
    日本政府に向けられたが
    日本のりべらるの多くは,アンポ法案強行採決のPTSDにムシバマレていた
    「戰爭コリゴリ」反對者たちは,
    この暴擧には,ムカンシンであり過ぎた
    わたしは,そのことに憤りもし,あきれもした,そんな記憶がある。

    とにかくこのビザのハナシ,此れはムチャクチャなハナシなのである。
    なぜかなら。w

    連載はこうつづく

    新聞と九条 441回――平和主義の國で 41回最終回

     被害者が日本で起こした裁判を支援してきた元中學教員,
    大谷猛夫(70)は言う。
     「ドイツは周邊の國から,もう許そう,といわれるところまで歴史と嚴しく向き合ってきた。
     歴史認識の土臺を欠いては平和主義の花は咲きません。」



    これまで毒ガス被害の補償を求める裁判は日本で何度も起こされているのである。
    www
    外務省が認識してないと言い張る「事案」の被害者は,なぜか日本で幾度も提訴してきているのである。
    いや正しくは言い張り始めた外務省,というべきなのか

    そう,おそらく前回,95年村山談話のハナシのあとには,こうつづいていくはずだった・・・・

    平和主義の花は咲かない,りべらるに平和主義の花は咲かせることができるか?
    と,もう一度問うはずだったろう,とわたしは思う。

    わたしには,この毒ガス事案を持ち出す理由はそこにしかないだろう,と思う根據があるのだ。
    このころ,わたしは,まだ二,三,りべらるとつき合いもあって
    ずいぶんそのコンキョにつらなるハナシをしかけたが,反應した人は一人もいなかった。
    多分上丸記者はそのことを書こうとしたのではないかと,おもうが。
    これは,わたしのように自由に好きカッテ書いても誰にも相手にされない立場にあってすら,りべらるにそのことを語りつづけることはむずかしかったw。
    さすがの上丸記者も。
    おそらく,わたしの言ってることは,このころ起こったある出来事をおぼえているひとなら,わかってもらえるだろうがw。

    いったい
    どうやって日本が,いや,アノヒトタチが
    戰後半世紀たって90年代後半ようよう 
    「コクミンが共有しはじめたごく普通の認識」を

    一つ一つのその萌芽を
    芽吹き始めた「戰爭加害と歴史に向き合う平和主義」を
    つぶしていったか・・・・・・。

    その潰えてしまった普通の認識。
    それは,なぜついえ,次の世代に育たなかったのか・・・・・

    アノヒトタチの, “作為と忘却壓力” ・・・・・
    それに知らず知らず力ぞえしている
    りべらるの, “不作為と寛容”

    きっと上丸記者はそれを書こうとしてたんだ。

    このとき,このビザ発給の停止があったとき
    コッカイの強行採決を阻止できなかった晩秋。

    このとき,りべらるは,みな傷心をかかえて喪心していたことを思い出す。が,
    奥田愛基はなぜか意氣軒昂だった。

    彼は,たいして落胆も失望もせず。強行採決の翌日にも
    たしか,こんなようなことをいっていた。w
    「年があけて元旦を迎えた朝のよーだ」

    戰爭加害を知ることから發展していった奥田愛基の「戰爭ハンタイ」は,
    その敵の正體をよく知ったうえでの抵抗であると,
    それは
    ひとりコッカイ幼稚園,でも安倍ボンボンでもない。アンポ法でもない
    日本を覆う蒙蔽そのもの。

    そして。
    その真の敵,いや内なる敵・・・・内なる岩盤。

    わたしはそのころ,から
    りべらるの “ムカンシン” に,吐き氣がするほど憤りを感じたのだった。

    なにが,戰爭ハンタイだ
    戰爭ハンタイ平和國家主義の忘却の正當化はいつだって「寛容」だ。
    その寛容に,
    どこまでツッコみをいれるのか,この連載は,
    とワクワクした次の瞬間

    ヨコっツラはられてしまったw

    ◆『新聞と九条』は今回で終わります

    だって。w
    ・・・・。

    とはいえ。

    けっきょく,二回ともすべて引用する羽目になってしまったが。
    なんだかんだ,
    前回とこの最終回をまるごと書き寫さずにはいられなかったその,
    發端,動機は,
    やはり,上丸記者の文章が,その個人のナマナマシイ歴史認識をぶつけてき,その思いをジンジンと切實につたえるものだからなのだ,ということに。
    あらためて感じいり,

    またこの連載をつづけることの困難,と
    とほうもない,日本の修正主義者,そしてこりごり平和主義者 “りべらる” とその岩盤の堅牢に思い馳せ,

    そして。
    これも,ジャーナリストの使命,あるべき姿でもあるのだ,上丸記者は
    この連載の熱心な讀者に

    希望を
    つたえてくれた,最期の最後に。

    唐突ともいえ,また辛くもつたえ得た,といった觀ある,短い文章のつめこみだったが。
    どこか,トー突感のいなめない,このビザ發給拒否のハナシで始まった最終回は
    こうむすんで終わる。

    新聞と九条 441回――平和主義の國で 41回最終回

     大谷は今月,化学兵器被害者支援のNPO法人の役員として中國チチハルを訪れ,藥品代などへの援助を手渡した。
     フィリピンの戰爭被害者や,元帝國日本軍兵士から體驗の聞き取りをしてきたNPO法人「ブリッジ・フォー・ピース(BFP)」に參加する大學生ら三人が二月,マニラの南リパ市パガオ地區を訪問した。
     1945年二月,この地で帝國日本軍が住民數十人を虐殺し,遺體を二つの井戸に投げ込んだ。
     BFPは慰靈碑を作るための資金を一般から募り,被害者遺族に届けた。

     若者たちの『歴史と向き合う平和主義』が動きはじめた。



    いま。
    今しも。安倍政權は,りべらるの,アカの健鬪のはてにではなくw
    ウヨクの仲間割れによって崩壊していく。

    理念の純血からはみ出しがちな,政商ネオコン安倍ぼんぼんの
    信義のかけらもない義理もなければ任情もない,逆ギレしては,シッポをキり捨てるさまを見キった,アノヒトタチ,
    オトモダチタチによって安倍は退場させられる。
    www
    そのさまをみていて,おもう,

    日本のりべらるもまた,安倍と一緒に亡びされ・・・・w
    と。

    ヲワタ。
    とおもう。
    安倍ボンボンをたおせないワレワレに,たかが政商にすぎない安倍より,キョーリョクにして無テキなモトオリノリナガ一門バカヂカラに,たちむかえるか。
    立ち向かえるワケがない。

    ワカモノたちの,『歴史と向き合う平和主義』という若芽に,

    ソンタクと自己抑制というスマートを「オシツケず」
    キ色ワルい,へんな「寛容」のタマゴをうみつけず,
    しめやかに退場すべきであろう。


    旧日本軍731部隊が設置した凍傷実験室跡=2012年3月、中国・ハルビン、筆者写す
    舊日本軍731部隊が設置した凍傷實驗室跡=2012年3月中國ハルビン(上丸氏)写す



    2017年3月9日

    徽州の古民居はとてもうつくしい。紛牆黛瓦。
    徽派建築と言うのは,粉,おしろいのように白い粉牆,黛,すなわち黝い黑の瓦。
    おととし,抗戰詩を載せていたとき執拗に江南の水郷風景として載せつづけていた。
    粉墻と屋角。

    2017年3月8日,朝日新聞夕刊・・・・・

    ナルス殺虐ヲ民人ノ國中

    このメッセージはおそらく,郭沫若の第三廰,鹿地亘、馮乃超、らが所屬しし指揮しまた,手足となって活動した抗敵宣傳部のしごとであろう。
    郭沫若『洪波曲―抗日戰回想録』にはそうした活動の記述がたくさん書きしるされている,

    ・・・・・・。

    松井石根にあてたメッセージ 1938年4月、中国・安徽省安徽省に殘されていた中國側メッセージ 朝日新聞2017年3月8日夕刊

    南京陥落以降,帝國日本軍の殘虐さ,その殺戮の無差別,を,いやというほど思い知った中國の民衆は,
    かれらは,しかし。
    酸鼻な復讐戰となり,対抗すべくもなく逃げ出した蔣介石軍,丘八どもの,もとより望むべくもない「庇護」をうしなった無辜の民間人はただ,ただ,屠殺,の対象となった。

      屠殺と虐殺の意味はちがうのではないか?
      中國人は屠殺と言っているのである,だから南京大虐殺はなかったのかも,


    などと,しれっ,とカキバシル,リヴィジョニスト,秦郁彦某とかいう
    修正主義史觀陣営の旗手もいたっけ。  ☞屠殺 tusha 
    これが,ひょっとして,おととし日本の外務省が在外公館が世界に配った
    そして世界で失笑されたペーパーにしるされた,
    わがニッポン一押しの歴史學者であるならば・・・・・,
    日本は物笑いのタネである。

    が,それが戰後70年談話フィーバーのころの日本の自慰史觀一家のマスターベーション,ちまい,策動だったw
    わたしは,ただ,ただ,ハズカシイ,とおもったが,どうか,やめてほしいとはおもわなかった
    そういうことは大いにやるべきだ,と。
    なぜなら,それが日本人のじつは自力で行い得た戰後の決算,わずかばかりの黒字のたまものだからだ,
    戰後日本人の,
    ムカンシンによって,膨大な赤字から目をそらしつづけ,若者の將來をそこねているのも同じ精神回路ならこれは,にほんじんの
    本性だからだ,といいかえるべきかもしれないが。

    はなしをもどせば,
    南京アトローシティ。
    無辜の民間人を,屠殺 Túshā すれば。

    先日,虐殺された小林多喜二のハナシを書いた,一人でも “虐殺” だ
    それが   “ひとり” ,より,たくさん,名も知らぬものをブチ殺せば,大虐殺だ,
    ナニカ,異論をはさむ余地はあるだろうか?(秦氏にはあるらしいが。)


    ・・・・・。
    見知らぬ人の大量の死,と,孤としての, “個” の死,
    その,意味についての「距離感」をとりあぐねているような・・・・・
    乖離するばかり,の,ことばと想いの,合間の “虚” を率直に口にしてくださったひとがいた,わたしはその率直さに心の中ではいつも,いつも感謝しているが。
    それなのに「讀まないほうがいいよ」,などとw嘯く
    これも,わたし自身の距離感のとりあぐね,であること言うをまたないw,ヒトに説明できないから。

    ただ,こうは思う,

    ひとは, “歴史” との距離をそう簡單には埋められない。

    個個の歴史觀というのは,相當な努力の果てにようやく得るものである,
    ということ,それだけはいえる。
    そして獲得した歴史の觀相にたえず,充填しつづけなくてはいけない,
    自己のその時その時の思いを。
    充填しておくそれが,また,つぎに “とらえあぐね” してしまったときの,
    指標になるからだ,

    歴史に謙虚であらねばならない,ということの本質は,うらをかえせば,
    歴史はとらえた,とおもえば,それが,いつもとらえあぐねのはじまりでしかない,という,
    賽の河原,

    その河原にさえも,みちしるべがある,自分の在由をしめすための,
    という・・・・そのために “想” いがあるのだろうとわたしは思う

    この個人個人の道しるべも,もしそれが,普遍化されれば,
    “理” ,となる,道,理,となる,。
    それはヘーゲルの言う Weltgeist のなりたちのことかもしれないし,
    Weltgeist に關與,もしくは同化することでもあるし。

    第一次,第二次世界大戰の“沙場” であった歐洲では,自他の界も,國境の界も腑分けし,個“體” と國“體” の嚴密な腑分けの中で,自他,主客を考える習慣と理性が,ある。
    それはキリスト教會以前,アシアマイナーから波及したフィロソフィーの基礎があるからだ。
    いったん事あり,人間浩劫の沙場となれば,・・・・・救世主も福音も。
    唯一神など何の役にも立たない。
    有るのは,自他,それぞれの體と,用だけ。自明のことだった。
    いうなれば

    唯我存,唯我獨存。
    邵雍にいわせれば・・・・
     水體以器受, 火用以薪傳  
     體在天地後, 用起天地先



    ・・・・・。

    さて,と
    屍骸と鴉と野犬をのこして,逃げ惑う中國の難民たち。
    しかし。
    彼らの同胞が虐殺され,彼らが逃げ惑うはめに陥った「原因」をどうやらつくったらしい
    中國人民の,志願兵たち。祖國防衛軍の抵抗。

    日本側に言わせれば,笑止千萬のふとどきな,暴「支那」の抵抗。

    かれら避難民のなかに, “かれら” をうらむものが,はたしていただろうか?

    淞滬會戰で熾烈な攻防肉弾戰の死闘を繰りひろげ,帝國日本軍の侵寇に同歸於塵の勢いでぶつかった,上海の・・・・・いわば,中國版,對法西斯蒂(ファシスト)戰爭のレジスタンス「義勇軍」,をうらむものは。

    つまりは,古今東西,いつのどんな時代の,こと侵略戰爭において,
    戰火の擴大,その原因,その有因有果の “第一” でもあるだろうが。
    抵抗。

    兵燹そのものは憎む。
    しかし,抗日の主張を憎むものは中國人にはいない。
    なぜか?日本軍の統治が行われれば,もっと悲慘なことになるのはわかりきったことだからだ,

    東北三省のニセ「滿洲國」でっち上げからすでに六年だ,
    東北の民は故郷を捨て流亡するか,帝國日本人の下で奴僕となってたえしのぶか,
    蒼生飽受,塗炭之苦,である

    華北における日本の統治,冀東・冀察政權下にどれだけ中國の民が悲惨な境遇にあったか。
    吉鴻昌《察哈爾抗日詩》,《就義詩》が示すとおりである。

    抵抗を叫ばぬもの,ひとりとしていなかったろう。
    勞働者,學生たちは次つぎ,志願して抗日義勇軍に身を投じていった
    あたりまえだ,彼らの祖國なのだから。
    それを
    こンな單純な道理を,知ろうともしない,氣づきもしないで,今の日本にできあがってしまった,戰爭觀。。
    ベツにわたしは戰爭賛美者ではないが。

    日本人の戰爭觀は,「あの時代は戰爭だったんだからしかたない」,
    というときのあれだ。
    どっちもどっち,日本人も大勢死んだんだ,という思考停止。

    どんな殺人,暴力も・・・・
    いまさら道義的責任をいわれても。
    と。

    侵略戦争は喧嘩両成敗ではない,と言うことを理解しようとしないなら,
    「戰爭を起こしたが,それは “解放” のためだ,反省などしない」,と言う強弁とおなじである
    中國人が望んでいたのは,日本人の侵寇からの解放である。

    人が殺される,大勢死ぬ。動産不動産をうばわれる,婦女は凌辱される,
    たいへんんだ,
    だから戰爭はいけない,

    それが 唯一の “ただしさ” であることはいうまでもないが
    りべらる,がわたしに向ける批判が,この一点に依據しているとき,
    わたしは反發する。

    新聞と九条 426回――平和主義の國で 26回

    このころ,庶民の戰爭體驗をつづる読賣新聞大阪本社版の連載「戰爭」が評判になっていた。75年から続く長期連載で,社會部長の黒田清が記者たちをリードした
     連載は83年2月中旬から,中國戰線に從軍した元兵士の体驗を紹介した
     同じ部隊の少尉が斥候に出て中國側に慘殺された。元兵士らは腹いせに逃げまどう子連れの母親や老人ら50~60人に重機関銃の彈丸を浴びせた。『中國側にやられたから,帝國日本軍が逆上してむちゃくちゃやろうとした,と言うても,本当は順序がハンタイなんやろな。もとはと言えば,日本が勝手に攻め込んで暴れまわったからこそ,中國の方抵抗して・・・・」(83年2月25日付)
     



    南京寇略はさらに,彼らの抗日繼續の志を強固にした,
    あたり前だ,抵抗して破れ死に,抵抗せずとも屠殺される。
    いくら非暴力,不服從のガンジーだって,抗日戰はみとめざるをえないだろうよ。
    ・・・・・。
    さはさりながら中國の首都機能は
    撤退につぐ,撤退で,南京陥落後,漢口,長沙,から重慶に落ち着くまで長江を遡る。

    まっさきに撤退していく國民黨軍と官廰の車馬,
    その後塵を罵倒しつつ避難民の群れ,大八車とがあわただしく長い行列を作り。

    空っぽになった城市の一角で,帝國主義資本の建てた工廠,ビルディング,レンガ壁にこうしたスローガンを書き散らすのが,まさに鹿地亘らの活動でもあった。
    周恩來の下で,救亡抗敵文藝戰線を引っ張っていた郭沫若。


    今夕,この写真ののった夕刊を讀みながら・・・・・こんなことをずっとおもっていた,

    そして安徽省の粉墻を・・・・おととし執拗に載せつづけていた江南の・・・・
    美しい白墻…・雨に濡れる黛瓦


    そのあと連載はこうつづく・・・・・

    85年1月・・・・
    靖国神社宮司,松平永芳が,少人数の会合で,A級戰犯合祀の狙いを語る。
    「現行憲法の否定はわれわれの願うところだが,その前に極東軍事裁判の根源をたたいてしまおうと・・・・・」


    XDDDDD
    これがニッポンである。

    たたいてしまおうと・・・・って。
    たたくっっ,てなんだよー,たたくってっ。
    ニッポンシキシマ,宮司一家の總攬把かよ。
    こんな “國” なら ほんとうに,
    いちどほろぼしてくださり,なさったほうがいい,
    ヤハウェでもヤオロズでも。
    研究系A級戰犯ヤナイハラタダオ,ぢゃないがw
    (日ユ同起源説もこのあたりからきているのかなw,)

    天長地久有時盡,此恨綿綿無絶期――長恨歌

    kounanhakusyoutaiga.jpg

    テーマ:文明・文化&思想 - ジャンル:学問・文化・芸術

    天自得一②もののあはれな “人那不如月” 孟東野 《古怨別》 ,《古別曲》

    みやこにて月をあはれとおもひしはかすにもあらぬすさひなりけり
                                ―西行


    西行のこの歌がいつ詠まれたかは知らんが
    12世紀であることだけは間違いないだろう
    ベツに深い意味はない
    もののあはれなるものを WIKIでみてみたらばこれがでてきた,というだけ。

    とはいへ。
    もののあはれなるものは,日本人の發明ではないのではないかと。

    わたしがモトオリノリナガときくだけで,ゾっとしては,ムシの如くにギライするのは,
    單に,このひとが
    まったくちんけな世界觀を展開しては,いいつのってることが
    わたしの趣味に合わない,と言うだけでなく
    このひとの粗雜な主張には,「コンキョ」があって
    それはいつでも,
    「わが日本が海内に無比の上國,唐・天竺・西歐は下」
    である,と。

    ほぼ,それだけ。
    という論據の貧しさ乏しさゴーインさ。

    そんなのさー,

    西からのぼった太陽は東に沈むのだ,それでいーのだ,

    わたしにしてみりゃ,バカボンのパパの妄想とほとんど同じ。
    リクツ以前の問題,だ。

    赤塚不二夫の非論理性をわたしは愛するけれども。
    マンガだからいーじゃねーかは,ひらきなおるまでもなく
    それでいーのだ,が。

    「ニホンだけで通用するならいーじゃないか,上等じゃねーか,」
    と開き直った,モトオリノリナガ上國論法。
    しかもその開き直りは
    それでいーのだ,といわれて,そーか,そーかそれでいーのか,と
    侵略始めた無茶な帝國日本,と言う,不都合な史實に直結するかぎり
    この有害さと,無害なバカボンとは同列には置いて措けない

    近代日本人の最暗部に,蟠りもともと踞する本居宣長。
    なんだが・・・・。

    ベツに11世紀の源氏物語以前に,王朝文學的文學が世界になかったわけでもない。

    人類が,「もののあはれ」や無常にうちひしがれたのは・・・・
    日本だけに固有のジタイでもないうえ,
    はじめて問題提起がなされたわけでもないだろうに
    そこですかさず無常を確立させた,日本人っ

    といいつのるのも。まずハズカシイ。
    恥を知るのは,これ,ニホンジンと,これまた夜郎自大なハンバクもきこえてきそうだが。

    日本はレイプ國家ぢゃありませんっっ。なぜなら,ニホンジンは恥を知るからです,
    などと強辯してナンキンアトローシティをなかったことにできるとおもっているヒトビトを
    おカミに戴く,日本のゲンジツぢゃあるが

    無常
    うちが最初だっ,などということは,世界のどこでくちばしっても,
    相手にされない。
    “常 cháng”  , “無常 wúcháng” ,はそもそも日本語ですらない。
    とゆー。
    たしか,
    そう,漢語であるようなキもしないでもない。

    何~にが「漢意」だ,
    だったら漢語つかうな,とおもうわたしはおかしいのだろーか・・・w

    漢語には,漢の哲理,思想がみっちり搗きこめられているのだが。
    漢「言」を, “用” いて吐く,漢「意」の侮辱,
    その “體” はいずこにやあらん?
    天地にあるやなしや,構築された
    “意”“言” を侮蔑しながら,うちたてられた,理のない,「 論“理” 」モドキ,

    そういう粗ザツな論考に對峙し,あいたい(相對)して,

    「では,あまてらすおおみかみ,の,てらす “ あま” は,いったいっどこらへんからどこらへんまでかっ」
    などと。

    無敵のバカボンパパにたいし,あくまでキまじめに問い訊ねる上田秋成の
    「不」な論理性にこそ
    わたしは人類の未來をみたい,とおもうけど。

    それはけっして,キンシカガヤクニッポンの未來ではないことは

    い わ ず も が な の  ヒコクミン  あ は れ も の

    哈哈
    ええ,ムチャクチャ書いてます。




    キをとりなおして。
    孟東野 このひとは「支那」の八世紀の詩人だが

    處處得相隨,人那不如月

    Mingyue-wujiao.jpg

    入聲の音は,日本語の發音によく傳えられているので,
    脚韻として日本人にはとても馴染みやすい。

    咽・説とか,結・切,なんていう全く正反對の意味を持つ語など,
    脚韻字にならぶとそれだけでドキっとさせられる

    ということで,以下二詩。譯文はつたない意譯
    天涯共明月を,どうとるか。
    ふつうは,天涯,羈客は明月とともにあり,なんだろうが。
    あわせて《古別曲》を讀めば,なるほど,そうかとおもう。

     《古怨別》 孟東野

     古怨別

     颯颯秋風生  颯颯として秋風生ず
     愁人怨離別  愁わしく人離別を怨む。
     含情兩相向  情を含みて両(ふたり)相向かいては
     欲語氣先咽  語らんとすも,氣(息)の先に咽ぶ
     心曲千萬端  心,曲(折)するところ,千端萬(緒)あり
     悲來卻難説  悲しみおそい來たりかえって説き難し
     別後唯所思  別れて,のちに思うところ,ただ。
     天涯共明月  天が下,涯と涯にはなれけらしも,ともに明月ありぬ

     入聲 別咽説月




    寒蟲,號(さけぶ),(蘇軾の言),とまでコキおろされるような孟東野だ,それにしては温かいと思うんだが・・・・,どうだろう。
    いや・・・・やっぱり寒いことはサムいなw。 
    しかしながら
    “有情無縁” の女性との別れをうたった(まあ妻なんだろーが)孟東野なりの
    “纏纏綿綿”
    (ビンボーゆえ,一人出稼ぎに旅立つ遊子孟東野。)
    しっとりとした情歌なのかもしれん。
    難解でもなく狷介でも峭刻でもない。
    少し寒いだけ。異字もなく・・・・・とさっぱりとしてわかりやすい。


    (ちなみに遊子は遊び人のことでわない。
    “遊,游” にも山ほど海ほど意味はイロイロある。)


    このふたつ,孟東野自制の樂府,その歌辭であるから。
    本來,「歌曲」を前提にして詠まれている
    《古別曲》という篇名がまたいい。
    “古怨別”と言う詩を書いた,その“古詩”風の別 “曲”
    という意味なんだろうとおもう。
    なぜなら,w
    より “古詩” だからだ, 《古怨別》よりも。
    そんな感じwカッテなもんで。

    とわゆへ,漢語は複雜。
    輻輳して意味があるし,その “意” を驅使していけば,おのずと意圖せずして
    “象徴詩” となる,漢語による舊體詩,いわゆる“漢詩”のふかみだ
    これは,唐詩だが。

    ともあれ。
    この別曲がなければ・・・・。
    《古怨別》は孟東野にしては,あまりにも淺い(=ダサい),とわたしは素通りしかねないものだった・・・・・。
    別曲をよむと
    より,いっそうの寂寂寥寥の月を,そこにみる。
    なぜなら
    この月。
    鈎月だろうから・・・・きっとひねくれた呉鈎劒のような,と。
    なぜなら・・・・
    脚韻が入聲音だから・・・・w

    これもカッテなおもいこみだがそう思わせるのが, “漢”字の深み,漢古,古文の深み。
     
    おそらく,古,別曲とはそいういうことだ。

    近代日本で孟東野孟郊詩がホンヤクされないのはなぜか・・・・
    不思議だが,w

    moon1.jpg 《古別曲》 孟東野

      古別曲

     山川古今路   山にも川にも古今,路あり。
     縱橫無斷絶   縱にも横にも斷絶無し。
     來往天地間   來れりも往きしも天地の間(ま)には
     人皆有離別   人,皆,離別あり。
     行衣未束帶   旅じたくも(衣)帶も未だ束ねず
     中腸已先結   腸中,すでにして先に,結ぼれり
     不用看鏡中   要らず。鏡中用いて看るまでもなし。
     自知生白髮   自ずから知れり。白髪,發するを。
     欲陳去留意   ひそと,我去るを陳べんととどまるに
     聲向言前咽   向かいあいては,言の(出ずる)前に,聲,咽ぶ。
     愁結填心胸   心胸に填(こ)もる愁いは結びとじ
     茫茫若爲説   茫茫,もし説きいださば(はてなきをおそれる)

     荒郊煙莽蒼   荒郊,煙ぶる莽莽として,より蒼蒼,
     曠野風淒切   曠野,風は,淒淒として,切たり。
     處處得相隨   どこまでも相随いを得ん(月よ)。
     人那不如月   那(なんとなれば),人は,ああ,月に如かず
     
     入聲十六屑=絶別咽切, 入聲十月=髮結説月

      天涯の果てと果てに別れようとも,ともに同じ月を見ることが出來る
      しかし人と人は處處相随わねば,やはり遠く離れていくばかりだ,
      荒郊に,曠野に,ただひとり足を踏み出せば淒淒として月を見上げる。
      そして,
      おもう。
      
      人,那,不如月

      ひと,月にしかず,不如月(月におよぶべくもない)

    gokouken400.jpg

      
      
    この二つの詩,《古怨別》,《古別曲》
    荒涼荒漠の曠野に,皎皎たりの明月照らす, “別離” ,そのもの。
    ものがなしく,さびしく,うつくしい。
    さらに
    ここには無常もあり,無力があり,
    それを乘り越えようとする, 「“自” “發” 」的「批判心」がある
    ここでわたしがいう批判とは,「是非を判斷する」,と言う漢語だが。
    批難でも否定でもない。自己の到達しうる界を見定めるそこに “自分 zì fēn”あり,
    明確な「漢意」あり。

    ・・・・・。

    たとえば離別,という,語
    “離” には,受遇,の意味がある。
    つまり惡いことに出遭う,遭遇する意が含まれる。

    “離” という,ことばひとつとっても,その包括する意味の廣さ,
    離れることは出逢うことだという,情理
    去ることは行くことであるという,物理

    漢字一字の中に自他,主客を倒置させて,二重に,三重に意味がある。

    そこにはもちろん “なさけ” はこもり, “あはれ” はつもる。

    このとき孟郊がつかう漢字には一千年を優に超える,
    漢民族中華民族の歴史あり,
    克服してきた道のりでもあり, “個人” の萬感こもるものであり。

    萬感こもるなかに,“あはれ”,はある。
    理念も論理も構築しないはずの “一字” のなかにさえある。

    なぜ,「漢意」には,日本人の感じるような様な情緒がないなどと言い得るか?

    とりわけ,
    この詩において,もっともだいじなことは,

    “離” には,もともと。
    婦女の身に着ける佩巾の意味がある。
    だから結ぶ,切れる,
    “未束帶,已先結”
    と言う詩語が生まれる

    本朝,我が國の王朝文學が,それを知ってか,知らずか,
    掛詞や,縁語がパクリかオリジンかそんなことはわたしは知らないが。

    漢字を馬鹿にしてはイカンということだけはいえるw
    いや,絲のちぎれは,缺裂,結切,の “しるし” ,であり “きざし” であることは
    世界のどこでも共通する
    衣服ある限り,束帶はかならずある。あり。

    月はどこから見上げてみても。
    東西南北どこから見ても,夷戎蠻狄,いずこもおなじくだれでも感じられる “あはれ” の感性。

    もののあはれの一國ヒトリジメは理解したくないというだけでなく,

    他國の “みちのり” を,道と倫理を,
    モトオリノリナガは,むやみにさげすむから
    わたしには “あのヒトたち” の元祖に見えてしかたない
    人間だれしも感じる「あはれ」,さえ日本の専賣特許です,みたいなノリで,

    其れとは別に。
    ここから本題。

    月を見上げて。 その“無常” を感じるココロを詠むか,
    月を見上げて。 おのれの“無力” を感じる心情が「言志」
    となる詩を歌わせるか。

    というモンダイイシキのちがいもあるし,
    どっちもどっち
    「あはれな」ありさまに,キづいて,
    あはれに端を發して,言を用いて,體を表すことには變わりない。

    あくまで。
    その體が,自分であることを。
    發端とする「もの」が “自” ,であること
    これが漢人の, “天” と “自分 zì fēn” との相對だ

    「漢意」でもある。

    「漢意」の反対は,ではなにか,といえば,
    皇國意,だが,それはなにか,と
    わたしにいわせれば
     
    「依存」。依りて,存する
    依靠,
    天下は皇國の家屋敷,民は臣民。なのだろうか?

    「無常感」をいやすのは,いったい「自」なのか,ヒロヒトをはじめとする現人神なのか。


    天意とは?
    天民とは?

    天自得一天無既

    邵雍《得一吟》


    つづく


    どーでもいいが。
    わたしは西行はきらいじゃない。素朴にいいな,と思う心は持っているのダ。
    と言っても誰も信じないかも知らんケド。
    ふんっ ` ´

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    菩提本無樹,明鏡亦非臺。物化と忘却㊤

    このところ,朝日新聞夕刊の『新聞と九条』 連載,『平和主義の國で』という章。
    先月からつづているのだが。
    わたしは毎夕,それを讀むたび,ひどく心を掻き亂される。

    堀田善衛,由比忠之進。劉連仁。撫順捕虜収容所,中國歸還者聯絡會,『三光』。
    それらの記事をいまの時期,新聞紙上で見ることができるのは,わるくない,,ようやく,アサヒシンブンも正キをとりもどしたかw,というおもいと,ともにあらためて,日本人の加害,とその忘却の罪の深さを思い知らされる,
    五味川純平,周恩來,といった顏を見ると,妙に落ち着かなくなる,ああ,と。
    岡村寧次,荒木貞夫・・・・見知った顔ぶれw,ははあ,と。
    以前の,苦痛、吐き氣との戰いだった日中戰爭と近代史を學習しつめこんでいた時期の辛かったことをまざまざおもいださせる,
    と書いてみても・・・・・いやモー烈なるイキオイでつめこんでいた,のでむしろ學んでいる時間は感じずにすんだかもしれない,樂しいといえば樂しかった

    20代の後半,もう若い娘ともいえぬ頃合いにさしかかる時代からだ。

    そのころ,わたしはまだ,フランス文學科の學生で・・・・・
    すべてのはじまりは・・・・アンドレ・マルロー“La Condition humaine
    人間の條件(上海の嵐)
    茅盾子夜を,同時に讀むことを強要した渡邊某先生のせいだ・・・・・

    La-condition-humaine‐Malraux-André, Gallimard, 1933


    そもそもわたしの日中戰爭への興味はべつの方向からも進んでいった。
    わたしの父は,戰後すぐ,父の出身校が,『きけ わだつみのこえ』の初版時に編集委員で中心だった刊行者の出身校(当時は舊制,府立三中)であった,という縁もあり,學生時代「わだつみ會」に入會した。若い時マルクス主義信奉者で,デモと言えば最前線で,歌いながら,當時は合唱隊というのがあって,先頭に立って指揮をしながら練り歩くという,血のメーデーではインターナショナルをうたいながらキがつけば,皇居に突入していた,というような血氣さかんのワカモノだった。
    いきおい,わたしは子供のころから,『きけ わだつみのこえ』は,もちろん,小林多喜二だの,槇村浩だの,というのはごくあたり前に身近に轉がっていて目に觸れる。

    最初にわたしが日本人詩人として名を覺えたのは・・・・中原中也ではなく
    中野重治であったw
    といえば,わたしが,いかに特殊な環境にて育ってしまたかわかってもらえるかもしれない
    日本の戰爭は,わたしのまわりには,學ぶ題材として,いくらでもころがっており,それは決して忘れてはいけない,日本の過去の罪業である,との思いは自然と身につき,まとっていくことになる。

    父はそうしたワカモノ時代を經て後,ドイツ文學の道に進んだ。
    戰後の西ドイツの情況は,つまりかれらのナチズムを生んだ祖國の,過去の罪に對する徹底的かつ峻嶮,嚴密の掘り下げと執拗な追求は,父との団欒の時に好んで語られる話柄であった。
    ヨーロッパのとりわけフランスの對ファシズム戰爭の英雄,ヨーロッパの戰後處理は,わが帝國日本の戰爭加害の對極にあり・・・・・。
    賛嘆をもて,ある種,憧れを帯びて・・・・・熱く語られるw。

    それでも。
    それでいて,わたしは,ながいこと,中國の被害の凄まじさと,抗日戰の意義には思い至らなかったのである。
    あるとき,
    わたしは,大學で,「日本の戰時下には,マルローのような作家はいなかった,みな,金子光晴のように息をひそめて隠れ濳むか,
    もしくは戰爭協力の「報國會」だ。日本の文人はナサケナイ,」(若い娘時代だ,半分は父の受け賣りであることはご想像がつくだろう),トクトクと。
    そのとき・・・・・。
    なんと,フランス人に,
    「日本にも中國で,反戰活動をしたリッパなレジスタンスの闘士がいる。スペイン内戰下のヘミングウェイ,アンドレマルローのような文人がいた,」と。聞かされた。
    鹿地亘――,ワタル カジ。君は何にも知らないじゃないか,自國のことをもっと知りなさい,
    と。
    叱られたのであった。

    それをおもいしらされて,ガクゼンとして。
    日頃,自分は戰爭のことは,ええ,よく知ってます,みたいな顔をしてえばっていたがゆえ,いっそう恥ずかしく,悔しく,自分にハラも立ち,またこういう若いときのハジは・・・・あとからふりかえれば大きな轉機となることがある。

    そもそも専攻も違う,やりたいこともべつにあった,で,近代史の勉強は,完全に獨學,ヤミクモに讀み進めるよりほかない五里霧中であったが。(もっとも今でも,霧がほんの少し晴れたくらいの程度だ,)
    手あたり次第に關連していく本を讀み漁った。
    まだネットというものはなく,手近に讀める中公新書,岩波新書から始めて片っ端から,貪り讀み。昔は,そこから,そうした,本の巻末に記されている参考文献を探し求めること,が唯一の手がかりで。
    圖書館や古書店を回り,讀み漁っていった。
    それでも,いくら讀んでも,いくら讀んでも讀後にいだくのは

    ―― あまりにも,自分は日中戰爭,「滿洲國」,かの地の實態を知らなすぎる,

    であった。
    いくら讀んでも,つきることなくいくらでも,新たに知る幾多の戰亂があり,中國は廣く,帝國日本が侵略していた期間は長い。
    とほうもない,戰爭被害の實態・・・・・・
    そうした感覺は・・・・・,

    たとえば,五味川純平の『人間の條件』を全巻讀んだひとにこういえば,わかってもらえるかもしれない。
    それを讀んでさえ,讀んだところでせいぜい知るのはある一時期の滿洲侵略と華北の情況でしかない。

    盧溝橋直後の華南の戰爭,湖南の侵略ではまったくちがう種類の・・・・寇略と殺戮戰である。
    堀田善衞を讀んでも知ることは淞滬會戰と南京攻略戰の實態にすぎない・・・・・。

    全體としていったいどれだけの・・・・,罪。命。破壊。略奪。半世紀に及び,斷續的にひろがりつづけた軍事侵攻の,ながいとき。大陸の大地。その廣大。

    この途方もないなさをどうつたえればつたわるか・・・・。
    わたしには,ちょっとおもいつかないのだが・・・・・むりにことばにすると,たとえば

    731部隊が作ったペスト菌兵器が實際につかわれたか,知るひとはいるだろうか?
    いつどこで,と言う實際の例は,いくつかある。
    ひとつが,ハルビンから遠く離れた華南,常徳である。

    それは,常徳という土地の・・・・ジツは
    こうむりつづけた被害のうちのほんの小さな規模,ささいな一つにすぎないと言う,事實。
    そのあたりは,洞庭湖畔の風光明媚,古來つたえられるところの桃源郷と言われた地域,日本でもなじみ深いはずだ。
    心ある日本人は,ペスト菌を播いた事實をもってしてたいへんなことだ,もうしわけない,と思うだろう,

    しかし,實際にはこの作戰は失敗し,たいした被害はもたらさなかった。

    そのいっぽうで,常徳殲滅作戰。
    常徳の市街地における攻防戰は,それとは全く別の,膨大な甚大な被害を戰鬪員,非戰鬪員問わず被っている。
    しかし,731部隊の関連本を讀んでも,それはわからない。
    「常徳殲滅作戰」・・・・という戰史の "項目" でのみ知ることができる。
    その被害のギャップ,両方知って初めてこそ常徳の被害だ。被害の大きさだけで見るとペスト菌のことはほとんど無視されるが。

    當時,わたしはそう思ったものである。それができうるせいぜいの納得の仕様だ

    しかし・・・・・。
    抗日戰爭詩をこのブログに載せるようになり。
    あるとき常徳を詠った一連の抗日詩群を讀んでいて,マッタク知らなかったある村落の淒じい被害を知る,そこでは完全に數村地域一帯ごと潰滅,完全にひとが死に絶えて,たった一人が,馬の世話をする人員がいないという理由で捕虜として生かされていたという事實を,わたしは知らされた。
    興味をそそられて,ネットで調べはじめていてとてつもなく恐ろしくなった。

    おととしのことだった。
    そのときおもったのだ,

    それはおそらく,日本で,日中戰爭歴史關連書を,たとえ,たとえすべて讀んだところで,知りえない實相ではないか?

    そこから,すすんでさらに,まったく予想もしない地域に,淒まじい戰爭禍害の實態があったことを知った。
    この地域の話は・・・・・自分がかつて讀んだ日本語の本にかかれてあっただろうか,記憶をたどってもちょっと片鱗さえおもいつかないくらいおもいがけないところだった

    そうしてそういうことは,ジツは中國大陸のいたるところで,取るに足らない,ごくありふれた事實にすぎない,という
    とほうもない,事理にいきあたったようなきがして,心臓がバクバクした。
    足元の地面をふんでいるのさえおそろしいような,

    賽の河原だ・・・・・,と。

    ネットで執拗に調べていった果てにはこうした實態はさがすことができるのだろう,次から次へと。
    そして,
    中國の被害を全て知ることなど到底できない,それは頭でわかっていても心の中では,自分はかなり,知っている十二分に知っている,というつもりになっていた,それで,どうだ,こうだ,と,わかったっつもりになっている自分の甘い認識に,畏れをいだきもした。
    恐怖心,にかられ・・・・。

    歴史に對して謙虚であらねばならない。とうぜんのことだ,しかし知れば知るほどもたげてくる禍。
    知識欲もやはり,欲であり,積習,である。知識會得の罠,というのはどこにでもぽかっと口をあけている。

    しかし。

    ところで,これらはたまたま知ったにすぎないできごとだ

    おそらく,わたしは,ふとおもいついて華南の抗日詩を讀み,民族詩壇周邊の事情を調べなければ,きっと知る由もなかった,
    もとより「知る必要もない」事實,である。

    しかし。

    1972年9月25日人民大會堂にいた,中國人は,みなこうした地域の恐ろしい時間を生き,生きのび,過去を背負っていた人々である。もちろん彼等も
    たまたま,その地に生まれ生きた為に知ったに過ぎないできごとだ。
    といっていえないこともないが。

    これが,此地と彼地のちがい,である,と言う,この差異,この
    「事理」。
    とうてい埋めがたい距離の遠さであり,これを埋めなければいけないというのは,もとより
    「無理」だ。

    此れがジツは,歴史に對して,あくまでも謙虚であらねばならない,という,「理」,なのだろう,

    端的な,こうした「無理」を痛感する,ということは,ジツは,机上にかじりついて歴史の勉強しているぶんには,あまりない。
    地続きのヨーロッパではまたちがうだろう,が。

    この,埋めがたい,距離,空間という概念では表しえない,無理であり “離”
    “離”と言う中國語はそのジツ “遇う” ,と言う意味なのだが・・・・)

    そして,この事理と無理・・・・・。理の無いなさと・・・・。
    そう。
    この「無理」感,
    理の無いなさ,と,不可能感, 絶望感。
    恐怖心・・・・・大地が忽然と消えるような,といったらおおげさだろうか,
    それに,出くわした・・・・・。

    三月三日,朝日の夕刊連載に載ってたのは,
    それを,その離合を,
    あっさりと,あざわらうようにばかばかしくも,象徴することばでもあったかもしれない。

    迷惑

    日本の指導者は,1972年,迷惑をかけた,といってはじめて人民大會堂で頭を下げたのだ。
    しかも,當時
    日本人のうち,中國に悪いことをした,と考える人は26.6%しかいなかったのだ。


    日本が中國と戰爭したことについてどう思うか

    悪いことをした        26.6%
    自衛上當然だ         8.4%
    ヤムヲエナカッタ       46.6%
    わからない 無回答     13.9%

    (1973年世論調査)

    AS20170303002409_comm.jpg↑見鬼 Jiànguǐ…(=ワケがわからんゾ…)1972 09 25 「迷惑」を聽く周恩來

    ・・・・・

    これが日本人である。
    無理。
    理が無いうえ,事理も無い!そして。この大事な時に
    あまりにも・・・・

    かるい。

    血債血償那隔絶,此心此土不同天

    1972年。
    敗戰後,僅か…・に,二十年もたっていない。
    中國の大地では・・・・父母を帝國日本人に殺されとなった兒がようよう,成人,壯年期をむかえるころだ。

    娘を惨殺された父親も,母を目の前で殺された兒も,大勢中國の大地で,この田中の言葉を耳にして。

    迷惑・・・・を?
    我我中國人は日本人に迷惑をこうむった?

    すこしまえ,この話を,「土人,ボケが」發言の記事で引用したとき,わたしはたしか,・・・・周恩來はうそをついてまで,・・・・w日本をかばったと。
    書いた
    つまり。
    ニホンゴの迷惑と中國語の迷惑は意味が違う,とまでいって,怒り狂う中國の民をなだめてくれたウソツキだ,周恩來は,という言い方で,揶揄を書きバシッたw
    想えばわたしは去年,一年,なぜか,そんなことばかり書いていた
    (理由はあったキがするが,いまはもう思い出せない。もうそういうフザケた書き方は,もうやめよう,と心の底で深く反省したからだ。)

    日本人が,なにかしら,これまでゆるされてきたのは,
    何ーんも戰爭の加害を意識することもなく,被害者の骨までしみこんだ怒りと憎しみを・・・・海を隔てた遠い世界のこととしてわすれさり, のちの世代に知らしめず・・・
    それですんできたのは,

    大陸流の「没法子,Méi fǎzi」 か?
    いやいや,
    しょーがね,しょせん,日本人は, “Guǐzi” , “Dōngyáng guǐ” ,だ,と?。

    と,同時にたしかに
    卓越して民衆の怒りを収める政治タレント,その手腕による,ということもわすれてはならないのだ。
    彼らの強權,共産黨のやり口を一黨獨裁といってカンタンに批判する,それは中國という囗の置かれた困難を知らないものの呑氣な言いかたである,ということもまたいえるのだ。
    さらにいえば,かの地で,必要とされる,政治 “能力”,外交 “能力” とは――複數の淒まじい才知と腕力でもって漸く補いうるような才覺が,正しさの行使を・・・・というと・・・・ちがうな,
    ――right conduct,の能力であるが
    なんといったらいいのか,・・・・・・
    まず,生ぬるさがない。
    日本人は中國の政治權力の,惡い側面ばかりにメをつけるが,そういうひとたちは,いちどでも,考えたことがあるか,その擅權,によって,いかに,「集團としての」日本人が戰後,なにかしら罪惡感や,懊惱から遁れ,安住の島國のうちにまもられ,ながらえてきたか・・・・・

    この時代,ニクソンとくらべられたであろう田中角榮,其一人格に,對峙した,膨大な人數の・・・・・・
    戰爭被害者たち・・・・・,
    その面前に,投げられた・・・・・打擲せられた, 迷惑 Míhuò” の二語。
    わたしは,このときの,1972年,のまさにこのことばによって,
    「日本鬼子 Rìběn guǐzi」 は永遠不朽の普通名詞となって大地にきざまれたんではないか,・・・・・。
    とすら。

    ジツは思っているのである。

    戰後だいぶ經ってからうまれたわたしは,・・・・・
    當然まず,田中角榮といえばロッキードのピーナッツ。
    が,近代史を學んでいく過程で,あるとき日中國交正常化交渉のさなかにおこったこのいきさつを知った時,愕然とした覺えがあった。

    ネトウヨブームがおきる前,つまり單に自分たちの世代が知ろうとしない加害の実態を調べているヘンなヤツと,想われはするけど,今に比べればずっとヒコクミンでなかったわたしですら,ぎょっとしたのだ。

    日本人,・・・・ナニ?なにもの?
    と。
    その戰爭責任の無自覺さ,,といえばまだきこえがいい,その・・・・,とほうもないなさ。
    存在の・・・・・・堪えがたい輕さ,だ。

    中國人民の憤激いかばかりかと。
    よく田中角榮は生きて歸れたな,と思ったくらいであった。

    そうおもっただけに。
    田中真紀子が,その時のことを回想してあのとき,父は死ぬことも覺悟して國交正常化交渉に臨んだ,と。
    そういってたのを何かで讀んだことがあるが。
    それは日本で,右翼の反發というより,中國で,何かあるのでは,生きて歸れないのでは?と言うニュアンスだったとおもう。
    わたしはそのとき妙にリアルな感覺で,納得した。

    今のネトウヨは,すぐ,中國の反日教育が,という。
    洗腦されてできあがった中國人の對日觀・・・・・
    共産黨一黨獨裁政權が自らの足場を固めるために,抗日戰勝利を無限大に美化しつづけてきた歴史觀・・・・・・と。

    わたしは違うと思う。
    それはまったくの,的外れ,むしろその,逆,だ,とおもうのである。
    すくなくとも72年の時期までは。

    わたしをキ違いだと思うなら,どうか,ここで讀むのをやめてもらいたい。

    洗腦やスリコミでしむけるまでもなく,民の被害感情の噴出のほうが壓倒的に凄まじかったろう。
    (それはこと,人民中國に限らない,マッタク,アジアに限らないことかもしれないが。。)
    おそらく,國交正常化交渉前は,
    つまり,この,『迷惑』 發言以前は。

    中國の民衆は
    日本人民が侵略の加害を,武力行使,殺戮と破壊を深く重く反省しているだろう,と。きっと疑いもしなかったろう。

    なぜなら我我は,
    日本に戰後賠償のいっさい,實際天文學的な數字にのぼったであろう,到底しはらうことなどできない,數字であったため,と言う一面もある,とはいえ,我我はそれを放棄したではないか。(――円借款は,あくまで,借款である,と言うことは日本人は殆どわかっていないのかのようだ)

    なぜなら我我は,
    處刑せず収容し,日本人戰犯には,たとえ,中國人民が腹ペコでも,白米を食わせ,無事祖國に送り返したぢゃないか,(中國大陸で處刑された戰犯はほぼ,國民黨政權下であったこと,帝國日本軍の武裝解除をおこなったのはほぼ,國府軍である,と言うことは日本人は殆どわかっていないのかのようだ)

    中國人民は,戰後,教育によって,憎しみはあれど,大切な人を殺された恨みはあれども,骨髄に染みわたってはおれど。

    日本人民はきっと反省したはずだ。
    斷腸の思いで悔恨したはずだ。
    そうおもっていたのであろう,とわたしはおもう。

    それは彼らにとって過去を,克服などできようはずもない過去,清算は,血債は血でしか償いようもない,という思い,
    と,
    それでも決濟しなければならないと,やらなければいけないと叱咤する指導者がいたこと,で,

    苦しい時間だったと思う,しかし,できやすくなった一面はある。
    齒軋りしながら,大“ しようとし,そしてまがりなりにも,
    “ 自發的” に彼ら人民は,自らが受けた被害の“清算” を行った,歴史上の過去を, “舊事”“揚棄=アウフヘーベン した。(これは前頁ですこし説明した,)

    自ら自(より)の變革によって,ムリヤリ憎しみをおさえこんだ。
    いわば,
    帝國日本から受けた被害を, “物化” させるために,
    私物化された過去の時間を, “無化” させるために,
    もちろん,唯物弁證法,マルクス思想は一定の力と作法を知らず知らず,彼らにあたえたはずである。

    そして
    ―― “共有” 化された。
    おのおのそれぞれがとして,普遍性を持った時間空間を共有する
    實はこれが,“文” 化,であることはいうをまたない,
    文化とは,揚棄と清算によってあざなえる, 化體

    さらには,大地の癒しであるだけでなく,土地を癒し,土地に癒される,ということ。
    (在宥とは,宥し在り。宥される存在,ということだ,)
    孔孟,『莊子』以來の天地の法則でもある

    共生,
    ひと同士が,ではない,
    中國の大地に,無“情”, “情(じょう)”無き ,非情,天と, “倶”に,生きる にはそれをするしかなかったのである

    いうなれば,大地が培ってきた民族の知恵でもある
    そこに,
    “普遍的なまでに” ・・・・,
    ヘーゲルの言葉を借りれば,Weltgeist だ,
    中國化された “共産”
    つまり正しくは共生・・・・中國古來のことばでいえば “大同”“社會” であるが。

    天下の蒼氓は,一個の大地と “文”の 化體に,
    その “存在” に氣づいたはずである

    ともすれば,日本人捕虜や収監者を虐待しようとする収容所の中國人兵士たち,その粗暴を,おさえこみ,こんこんと説き伏せ,日本人民も犠牲者なのだ,と。
    國家指導者に驅り出され,負ければ,その責任を負わさせられ,憎しみのさなか,置き去りにされた,日本の兵士もまた,君たちと同じ犠牲者だ,と。

    それは,今の日本人が,もっとも嫌惡するイデオロギーによる洗腦,もっとも侮蔑するアカの思想教育,というものかもしれない。
    しかし,すくなくとも抗日戰勝利後,彼等,八路軍指導者らのイデオロギー,強力な,一方的思想教育であれど,しかし一面,想教育、“理”“想” の押し付け,
    そのたまものでもあった。
    これはまさに Weltgeist,だろうし,また,。
    ヘーゲルの言う,“國民 國家” の精神である。
    ヘーゲルの言う,“Naition 民族”であり,ヘーゲルの言う “Naition 國家”である。
    わたしがわざと,マルキシズムを覆い隠しているのではなく,ヘーゲルが,アカなのでももちろんなく。

    これは單に, “社會” という漢語が “體” 現する “大同” のメカニズムをのべているにすぎない,
    もっといえば,誰もが共有する,共生の,リクツ,である。

    わたしにとって,いまさら思想に固有名詞はまったくどうでもいい。東西を乘り越えさえすれば,固有は跡形もなく消える,ただの “用” にすぎない。


    ・・・・。

    二十世紀前半1920年代後半以降およそ四半世紀の間,一連の帝國日本の侵略によって,中國全土で日本人によって殺された死者は二千万と言われる。
    わたしにとってはこの數字は決して大げさではない,むしろ,そんなもんか?もっといるだろう,という思いさえいだく數字だ。
    それほど兵燹は長く,大陸は廣く,隅々にまでいきわたった。

    たとえば,『戰鬪中』・・・・・・・・この言葉も近頃は定義がいろいろあるようだが

    日本軍の侵略および侵略戰爭時の武力行使によって殺害された人數,・・・・・
    中國人戰鬪員死者は百三十万人という,また,たとえば,

    帝國日本軍が入城し占領した城下で,直接手を下され殺害された捕虜の數,

    家屋財産の接収の際抵抗したため殺された民間人,

    貞操を守るために抵抗し殺された婦女子,
    貞操を守ることもできずあげく殺された婦女子,

    これら直接手を下された被害者を單純積算しただけでおよそ二千万は行くだろう,と言うのがわたしの素直な感想だ

    そのほかには,さまざまな死者がいる。
    たとえば,
    貞操を守れなかったことに絶望して爾後自殺した婦女子もいるかもしれないが,
    帝國日本軍兵が闊歩する中,餓死したという婦女子,息をひそめていてそのまま窒息死した婦女子。
    そのまわりには,一人を守るために死んでいった一人もいるだろう

    ほんとうに様々な形で,帝國日本軍に抵抗し死んでいった非戰闘員が多數いる。

    日本軍の占領をよしとせず,家屋を棄て12月に山中にこもって餓死したのは日本でも著名な作家郁達夫の母だ,と言うのはついこの前書いたばかり。
    郁達夫の兄は,日本の占領後できた傀儡政府の特務によって街中で殺害された,(郁達夫本人は日本の憲兵隊に殺されている)

    これらを,犬死だ,優秀なる日本人,アジア解放の救世主たる,皇國に素直に從えば,よかったのだ,という。
    これが今のネトウヨのせせらわらいだったが。
    ねとうよでなくとも,また帝國日本がアジア解放の救世主かどうかはべつとしても,そんなことで死を選ぶのはばかばかしい,というのが,今の普通の神經なのか。

    いぜん,もう十年近く前,わたしはネトウヨとよく対話をしていて,

    「むしろ皇軍兵士に強姦されたなら,ありがたいとおもうべき,
     そんなのまで日本の殺人罪にカウントするなバカ」

    そういう書き込みがあったことをよく覺えているが。
    そのとき,わたしは生真面目にもこう反論した

    「帝國日本軍の上官は,華南戰線では,外國人の目もあるから
    「強姦したら必ず殺せ」と堂々と,厳命している。
    これは帝國日本軍のかろうじて焼かれずのこった,第一次資料によって學術的に事實とみなされる。」
    と。
    かの有名な,修正主義陣営の南京事件に關する著作も發言も多數ある著者Hの南京虐殺について書かれた中公新書をふくめそれらを示している本をいくつか教えてやったが。そういうこともやったほうがいいとおもって・・・
    (その後ソイツがそれをよんだかどうかは知らぬけれども)

    そのころは,わたしはまだ,希望を持っていたのであるがw,今は,もう希望なく,理想だけが,ただ,ある。
    理想があって,希望がないなら何も書く必要もない。又何も書くべきでない。
    それでも書く。理想の垂れ流し,これはほんとに始末が惡い,厭惡さるべきサイテーの人格なのである。

    そうした自覺はともかくだ,
    中國全土の八年にわたる戰時下,こうした酸鼻の『戰鬪』がどれほど起きたか,
    東北三省は一五年間の永きである

    考えてみてほしいのは,・・・・・1972年。
    このとき中國の大地に生きたもの,その中に,親兄弟,親族,友人の中に,日本人に殺されたり,カタワにされたり、全財産を奪われたりした人がいない,知らない,という
    そんな稀有な人が,いるだろうか,と。

    つまり日本に “迷惑” かけられたことのない人,が,このとき人民大会堂には,まず・・・・

    いないだろう。

    と言うのは,普通は想像がつくだろう。

    いくら日本の總理は幼稚でもノータリンでもつとまるとはいえ。
    ましてや田中角榮においてをや???
    wwww

    である。

    人民会堂に集まっていた人々とは。

    帝國日本軍の軍門に下り,こびへつらった,漢奸と言われるひとびと,傀儡政府の人間は,すでに・・・・いない。
    張學良に監禁脅されるまで抗日をためらいつづけ,抗日を主張する人間を處刑してきた蔣介石一黨ももちろんいない。

    みな,命がけで抗日戰爭を戦い抜いた人びとばかりであり・・・・
    周恩來自身,幾多の親族身内,友人同志をうしなってきたのだ。
    もちろん日本語の迷惑は,中國語の迷惑と意味はとくだん變わらない。
    迷い惑わせ,妨害する,くらいの意味だ

    もっとも想定されうる被害は,せいぜい「擾民」だ。つまり,騷擾人民。


    半壁河山沈血海,幾多知友化沙蟲 ―陳毅

    吉鴻昌《就義詩》



     恨不抗日死   hèn bu kàngrì sǐ
     留作今日羞   liú zuò jīnrì xiū
     國破尚如此   guó pò shàng rúcǐ
     我何惜此頭   wǒ hé xī cǐ tóu

    大意:
     
    国破れてなお,このありさま,この時に
    今さら,我がどうしてこの頭(首)を惜しむ?惜しむわけがない
    恨むは,ただ,「抗日」し死ぬのではない,というただそれだけだ,
    今日,これを羞じ就義の詩を作るのみ。

    《察哈爾抗戰詩》吉鴻昌


     有賊無我,有我無賊  yǒu zéi wú wǒ, yǒu wǒ wú zéi
     非我殺賊,即賊殺我  fēi wǒ shā zéi, jí zéi shā wǒ
     半壁河山,業經改色  bàn bì hé shān, yè jīng gǎi sè
     是好男児,捨身報國  shì hǎo nán'ér, shě shēn bào guó

     賊,有れば我は無い,我有るならば,賊は無し
    我が賊を殺すこと非ずんば,即ち賊が我を殺す
    (わが祖國の)半壁山河, “業” を經てこそ,その色(姿)改まる
    この好男兒,身を捨て國に報いん


    大意:
    “業”=抗日の大業ということだろう
    半壁山河=成語。中國の大地,國土のこと。おもに異民族の寇略に逢った時。
    四壁,半壁という言い方



    この詩が詠まれたのは,詠み手の吉鴻昌が天津で處刑された1934年,
    いわゆる日中戰爭が始まる3年前である。

    チャハルは,このとき帝國日本の關東軍特務機関がデッチアゲた華北の傀儡政権下である
    抗日を叫ぶこと則ち,死を覺悟することであった。

    華北では帝國日本の軍人特務,その手先によって,殺されるか,
    華南では,日本帝國と対決しようとしなかった當時の蔣介石はじめとする国民黨支配下で,逮捕され,裁判なし(つまり蔣介石の胸三寸,一存によって)槍決つまり,銃殺された。

    吉鴻昌はそうしたうちのひとりである。

    帝國日本人が行く先さきで,戰爭中と,そうでないとを問わず。
    いたるところ各地で,いろんな,死,があった

    村落を接収され,住民を代表して,その命を守るために,
    いま,立ち向かったところで,武力で勝る日本軍にかなわない,結局皆死ぬだけだと。
    村ごと明け渡す邑おさ。
    また,血氣の若者をおさえなだめすかして,抗日を主張する若者たちをまもるために,
    また,そうした若者を無事逃がすための時間稼ぎに,
    すすんで首を差し出す邑長,土地の古老もいた

    ・・・・地主の素封家,名望ある大人,讀書人階級だ,みな,辭世の詩をしたためる。
    時には帝國日本軍の心あるものの胸をえぐった,
    そうした文辭の數數。

    長い内戰と愚かな文革の破壊行為によって,こうした「遺産」・・・・いわば「物化」した "文" はうしなわれていったが,
    著名人による詩は多く殘されている。
    じつはそれを目撃した帝國日本軍兵士の中に,また現地の日本人居留民らの手記のなかにも,そうした光景は多く書き殘されている

    そうした風景,古老,名望家の從容としてみずから選ぶ死。
    其の屍骸を埋める穴を掘らされるのは,土地の,ただそこに生まれていつくしまれて育った無辜の若者だ。

    華北に從軍した日本人の證言に多く殘っているが。
    いっぽう,
    華北と違って
    華南ではギリギリの存亡をかけた同歸於盡(死なばもろとも)の戰鬪が熾烈に繰り廣げられた,
    文人は辛くも結集し,その死鬪によりそって,
    多數の抗日言志を,檄文に,詩歌に書いていた。

    たくさんある。
    それらを
    わたしはもっと書きたい,とおもって。
    書かなきゃいけない,もっと中國側の事情をもっともっとたくさん調べて,彼方の被害と此方の加害を,
    書かなきゃ,書かなきゃと。
    書かなきゃ,書かなきゃと。



    書かなきゃ,書かなきゃと。
    書かなきゃ,書かなきゃと。
    いかん,いかん,いかん,いかん,
    ブツブツ30回ほどもつぶやいてw
    傷心のままにほったらかしていたブログをあけて。

    彼らの思いを,彼らの存亡を賭した同歸於盡詩を・・・・・
    そんな詩がどうして生まれたのか,
    どんな苦しみの大地に,

    わたしが書いたところで何になる?そんなことを疑問に思う時間さえつかって書いた方がいいにきまってる。
    それが,サイテーの人格のするべきことのすべてだ,と言う,聲なき聲が聽こえる


    今年は日中八年戰爭の勃發から1937年から80年。
    100年前は。
    1917年,中國では,段祺瑞が入城,辮子將軍を退治し復僻していた溥儀が退位させられた。(そのドサクサの際,紫禁城の多くのお宝が某國人によって持ち出されているwヤフオクに中國人がたかるのはそのせいだ)

    孫中山が・・・・目下わたしのアイドル林庚白に護法させて,廣東に下り廣東軍政府をつくる。

    あと一週間すればロマノフ王朝が亡びた三月革命から100年目。だ。
    バルフォア宣言,から,十月革命から100年だ,

    歐洲は,といえば,EU離脱の大英帝國の特務アラビアのロレンスがくわだてたオスマン帝國への叛亂。
    その大英帝國の指嗾によって日本帝國が軍隊を増強し始め,翌年から
    シベリア出兵・・・・つまり,アカの近代史觀から言えばこれはシベリア侵略戰爭,だ。

    日本帝國の武力,派兵による侵略が本格的にはじめられる。
    それ以前から侵略行為は手癖のようになっていた日本帝國だが。
    以來,間島出兵…・山東出兵,北伐,濟南事件五・三惨案・・・・なにかといえば軍隊を派遣しては,領有地をおおきくはずれて,中國の主権を犯し,既成事實をむりやりこしらえては日本帝國の國益を擴張していった

    既成事實をむりやりこしらえては國益を擴張していった・・・・・

    ちょうど,今の南沙諸島における中國の横暴とそっくりである。
    どちらも『自存自衛』のためと稱する大義があることまでそっくりである。

    ・・・・。

    つづくっ 

    カミュとマルロー

    テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

    天自得一①意,言,在身 ~“形形色色” 

    邵雍《乾坤吟》

       乾坤吟 二首 Qián Kūn yín

      其一
     意亦心所至   Yì yì xīn suǒ zhì      意は亦た心の至す所
     言須耳所聞   Yán xū ěr suǒ wén.    言は須べからく耳に聞く所
     誰云天地外   Shuí yún tiāndì wài,    誰が云はんか天地の外に
     別有好乾坤   bié yǒu hǎo qiánkūn   “好” 乾坤有るなどと,す,な


      其二
     道不遠于人   Dào bù yuǎn yú rén    道は人において遠からず
     乾坤只在身   Qiánkūn zhǐ zài shēn   乾坤は只,身に在り
     誰能天地外   Shuí néng tiāndì wài    誰か能(あた)うか天地の外に
     別去覓乾坤   bié qù mì qiánkūn    乾坤を覓ねて去るなどはす,な

    意譯,我流につき間違いはご指摘ご教示ください



    主語も述語も “用” にすぎない

    “漢語を使う” 東洋思想(=Not日本,主として古代中華思想,)の
    哲學者に言わせれば,主語も述語も “體”ではない。

    主,客と體,用はちがう。

    主客を用いて説明せられる,事象,物,その “體” において,
    その質を見いだす,とき
    (その質,とは,その實存いわば,レゾンデートルだが)
    その質を見出すのが,主體である。見出されるのが客體である

    “質” を見て,規定してはじめて,體がある,ともいえる。
    そこに,理,(肌理=きめ)と文(あや)が産まれ出ずる,と。

    とはいえ, “質を見る” のは體である。

    此れは天地が先か,身心が先か,という
    また。前か後か,内か,外か,という “處在”を常に考えつづけて,自身の自由と在宥を探し求めた『莊子』をはじめ,
    形而上と形而下をよく説明する儒家道家の世界認識だ

    かたち,とはなにか,
    “表現された實體” のことを漢語では “形” ,というのであるw

    形とは,漢語の理性では「象せられた 實“體”をいう。
    ということだ。

    つまり「實」,態様を,表現,したものが形である

    たとえば, “形骸” ということば,これは

    「かたちをむくろにする」,ことではなく,ましてや「形とは骸である」,なのではなく

    骸である形の状態,骸となったを,形骸というのである

    さらに,かたちをむくろにするような,しざま,のこと,
    その, “化, Hua, け”
    それをわざわざ形骸化,といってるのだから。。。

    なんだ?意外(意,外)と,やまとことばでもセツメイできるぢゃないか,

    ちなみにどーでもいーが,いまのニホンジンは佛教經典,(つまり釈尊ブッダの言葉や偈頌だが),そこに齟齬や矛盾があると

    すべては,中國でむかしおこなった漢譯,が惡い
    と言うことになってしまっているかのごとき。だ。

    (玄奘三蔵が惡い,と言うワル口は聞いたことがないのでやっぱり漢語がわるい,ということなんだろうw)

    それをゆーまえに,日本人が漢語をきちんと理解してないのではないか,と思うこと多々あり。

    空,即ち是れ色、色即ち是れ空。

    日本人はイロは,カタチのことだ,という。

    色は色だろーが。
    と,わたしはおもうし。
    ぬりえをやったことがない人はいないと思うがね。

    日本人は『般若心經』を『般若心經』のみで理解しようとする。
    金剛般若波羅蜜多こそが,「空」を説明しきった最初の大乘佛典であり,
    それをふまえれば

    イロは,カタチ,です。

    などと言う解釋はありえない,と思うんだが

    中國人にとって “色”“形” はおなじではない

    あたりまえだ,字が違うのだから。

    そんなテキトーなことは,
    佛敎傳來,以前はもちろん,以降も
    (孔孟『莊子』はもちろん,玄奘三蔵も鳩摩羅什も)
    ゼッタイいってなかったキがする。

    日本人が,「イロイロあるね」,というとき
    中國人は
    “形形色色”
    という。

    中國に佛敎がつたわるずっとむかし,ブッダの生きた時代とほぼ同時代。
    列御寇,つまり列子w,だが,(これはまさに『莊子』だ)
    有形者,有形形者;有聲者,有聲聲者;有色者,有色色者
    からきてるらしいがw
    “形形色色” ,といういいまわしの典據だが
    もとより,
    形形,生成形體。色色,生成顏色

    こうした認識論の嚴密,
    主と客,體と用を “用” いて、スキなく矛盾なく “理” としてみせた
    漢語による表現の思想體系があって,こそ,ゆえの
    六朝から唐代にかけて,佛典漢譯の大事業である,

    構築された,天竺に匹敵しうる哲學體系が,中華震旦にもあったよ,という

    もし色は形,といってしまったら,おおざっぱすぎて

    六租慧能はきっと大悟しなかったろう
    そもそも
    般若心經よりさらに初期の佛典,大乘,最,初期と言ってよい,
    金剛般若波羅蜜多いわゆる《金剛經》法身非相分。

    云:「若以色見我.以音聲求我・・・・・」

    ここには,中華思想のそれまでの哲學體系のなかに明確化されてきた

    實存在宥論ともいうべき 認識の法則がしっかり跡づけられる。

    “相” “好”とはなにか,ということがかたりつくされている,
    だから

    中國禪定,が『金剛經』『楞伽經』を礎として,遠く『莊子』を淵源とするわけはそこにある。

    形,色,相好をすべていっしょくたに “かたち”といって平氣ですましていられるのは日本語だけだ。

    kongou2.jpgChenHongshouNanhua4.jpg一切有為法, 如夢幻泡影,如露亦如電,應作如是觀

    “體” でないものに, “理” なる “性”,その質はあるか,

    また,意と言と。
    このちがいはなにか?
    主客,自他以前のハナシ,である。

    そこが,根源であるところの “生” ,その主體,
    “體” ,と “天地” はどちらが先か,という,認識論のハナシだ,
    これにキづいたときわたしの中にあった “西洋” は完全に崩壊したw

    さらにいえば,ニホンジンは
    “用” にすぎないものに,価値をやたら,こねつけるのはなぜなのか,
    言葉を發した途端に,それが正しさの “押しつけ” ではないかと身構えたりする
    “用” によっていちいち感化されては “體” ではない。

    「押し付け」ということばはニホンゴにしかないのではないかと,
    たしか憲法のハナシかなんかで書いたキもするが

    さらにこれも以前も書いたキもするが
    いっそうキメツケて論理の飛躍と牽強付會を。

    わたしは・・・・・
    “アレ”
    のせいで,ニホンジンはなんでもかんでも侘びたり,寂び,たりするんじゃないか
    とおもうが

    そもそも, “嚴密” のないなかに,侘び,寂び,といった 罅隙はみいだせるのか?という
    布があれば,緻密の中に缺裂があって初めて,この布「ボロし」とおもうのではないか?

    本居宣長のいう,また,日本人の論理性のなさを美化自尊する,
    もの,の,あはれ。

    (本居宣長が・・・・・
    わが愛する上田秋成をこっぴどく批判し,侮辱したことは日本の論理學史上(そんなもんがあるかないかそんなことはしらんがw)はしにもぼうにもかからんたいしたハナシじゃない,のかもしらんけど
    上田秋成の論理性はぞくぞくっとくるな。)

    一方。
    本居宣長の言ってる,もののあはれ,

     わたしにはなにをいってるかわからん。という。
     わたしの感受性にモンダイがあるのはいうまでもないが,w

    あの「もののあはれ」の強弁を

    “あいまい” をたっとぶ,日本人の非論理性,(いや論理拒絶の)淵源とみることは,
    まちがいだ,いくらわたしがモトモト本居宣長がきらいとはいえ,
    日本人の非論理性のルーツを彼に歸するとまではキメツケないがw

     なーにが,モトモト居りだ。

    とは,おもうものの。
     彼が,それでよし,としたことの弊害もなきにしもあらず,
     いかにもあり,そうぢゃあないですかい。

    日本人の缺點を最初に美化して,

     それでいいのだ。 ニホンジンってこんなにすごい,

    とやった元祖は

    バカボンでも,テレビ局でもなく
    モト,オリ,ノリ,ナガ。のおっさん

    此れ
    前も書いたナー
    “弟” にむっちゃウケて嬉しかったことを思い出す・・・・
    哈哈
    いにしへの しづのをだまきくりかへしむかしを今に,なす よし も が な

    邵雍《得一吟》


    にたようなこといってたハッラージュは10世紀,當然に處刑された。
    邵雍は11世紀,ふつーに六十いくつの天壽まっとうだ。

    ずいぶんカゲキなことを,書いていたが。

    すすんでるな。北宋は。
    イブンアル=アラビーは12世紀だ。

    Holy Roman Empire,ジーザスクライストをぬきにジツゾンを考え始めたのはいつか

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    玄


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       當然是一個的詩囚 ―



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    * East Asia War &  Prolet’Kult contents
     日中戰爭とその記憶

    南京虐殺日中間の戰爭,その記憶 ①~⑥にすすむ

      ▼ クリックで直接進めます

     1931 錦州爆撃・張學良
     1933 熱河作戰・張學良
     1931 九・一八柳条湖
     1937 毒ガス使用作戰
     1937 淞滬會戰八・一三
     1940 棗陽戰(棗宜會戰)
     1940 宜昌作戰
     1931 抗日義勇軍・楊靖宇
     1943 常徳よ號作戰
     1935-東亞新秩序の前景氣
     1936 塘沽協定と熱河作戦
     1937 天津の支那駐屯軍
     1937 7・7盧溝橋事變勃發
     1938 漢口の國民政府
     1938 中國の抗日論調
     1938 國民政府 武漢防衛
     -1938 南京屠殺アトローシティ
       1 2 3 4  5 5 6

     1906 アナキスト的國粹主義者
     1907 東京 亞洲和親會
     1925 上海游記 芥川龍之介
     1949 『中國のレジスタンス』

     
    黑島傳治1898-1943
      『防備隊』 1931
      『國境』 1931
      『』 1927
      『』 1928
      『武装せる市街』 1930
      『パルチザン・ウォルコフ』 1928
     竹内好  1910-1977
     ・
    日中國文學者からの告發
     ・帝國民間人のアヘン賣買
     ・中國の抗戰意識
     ・la résistance 同歸于盡
     ・ファシズムとパン
     ・經濟収奪の前段階

     芥川龍之介 1892-1927
     中野重治 1902-1970
     槇村浩 1912-1938
     小熊秀雄 1901-1940
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       日本人反戰同盟
       (1938-1945 中國)

       
       鹿地亘 1903-1982
       『自傳的文學史』(1959)
     第8章(前)・檢擧 拷問
     第8章(後)多喜二獄中志・死
     第10章・検察 釈放 脱出

       『中國の十年』(1946)
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      1 出獄から
      2 昭和十一年舊正月
      3 夏衍 蕭軍 左翼作家聯盟
      4 民族魂 魯迅との邂逅
      5 阿Q 魯迅の死
      6 七・七事變の勃發
      7 反侵略友誼的激勵
      8 上海 ルイ・アレー氏
      9  ホンコンへ脱出
     10 入境の日本人解放鬪爭
     11 武漢時代 國共合作
     12 武漢時代 朝鮮義勇隊
     13 武漢時代 日本人捕虜
     14 大移動 南嶽會議前後
     15 呉石將軍と廖濟寰氏
     16 桂林時代 蔣介石
     17 桂林時代 崑崙關
     18 重慶 反戦同盟總部
     19 湖北 陳誠將軍 恩施にて
     20 湖北 宜昌の前線
     21 ―新四軍事件
     22 郭沫若のこと
     23 重慶 ― 南進か北進か
     24 反戰同盟發展 
     25 重慶 破壊者 潜入
     26  天皇制の問題
     27 祖國 最終章


    * list of poetry    Anti-Japanese wars
      抗日戰舊體詩

      本ブログの骨幹です。
     一九三〇年代,抗日戰爭期,
     中國文人が詠んだ帝國日本の
     侵寇,掠略加害のありさま
     祖國の救亡のため抵抗し命を
     落としていった無數の草民,
     中華の大地,山河を忉怛し
     惜慯した哭詩,吊詞,哀歌
     口號,頌歌。
      抵抗者の忼慨をうけ連綿と
     傳えられてきた歌以言志。
     新・舊體詩,填詞,白話詩。
      歴史書の記述とは又,異なる
     日中の戰爭の實相が,曝され
     吐露されています
     以下クリックで直接進めます
      は特に御薦めする

      

      詩人詩篇題 INDEX

     田翠竹 1913-1994 湖南 湘潭
     《洞庭碧血》其四其二
     《血観音歌1943年作
     《重九》《甲辰雜詩
     《抗戰百詠・十首
     《還湘又將別家去桂書懷
     《避難吟荒江雪意
     《中秋后還家再去耒陽
     胡繩 1918-2000 江蘇蘇州
     《南京夜聞流亡東北學生
     《松花江上
     寇夢碧 1917-1990 天津
     《淪陷紀事詩
     黄假我 1916-1985 湖南寧郷
     《青年謠壬午五四青年節
     《柬呈柳亞子先生
     《暮春雜詠
     《過塘沽
     《瀋陽中秋對月
     《宿錦州
     《錦州廣濟寺前
     金紫衡 1914-? 河間瀛州
     《四周年瀋陽驚變九一八
     《沈監秋夜
     《瀋陽除夕寄徐
     《延邊辭歳1943年除夕
     《蘇武牧羊圖
     《山居雜詠
     《北平易幟
     《南京陥落
     《吊江南
      
     錢鍾書 1910-1998 江蘇無錫
     《故國》  《哀望
     《得龍忍寒金陵書
     張滌華 1909-1992 安徽鳳臺
     《南京大屠殺感賦
     盧前 1905-1951 江蘇南京
     《招西北之魂
     《百靈廟,更招東北之魂
     王季思 1906—1996 浙江永嘉
     《懐人五絶
     羅元貞 1906—1993 廣東興寧
     《路過上海有感
     《黄浦灘倚欄夜作
     《清明哭母二首》 《病裏
     《初到并州懷劉越石
     《中秋漫筆二首》
     《故都秋夕
     《送行
     《夜過景山
     張采庵 1904-1991 廣東番禺
     《勝利在望書此志喜
     《鬼意
     《亂離
     《秋夜》  《感憤
     《寇陷長春李君如玉僅
     身免南下相逢握手一慟

     聶紺弩 1903-1986 湖北京山
     《題 “藥” 兼吊秋瑾
     胡士瑩 1901-1979 浙江嘉興
     《過秋瑾墓感賦二首
     王禮錫 1901-1939 江西安福
     《再會,英國的朋友們
     何永沂 ?-? 廣東
     《報載日本首相參拜靖國
     神社憶南京大屠殺事感

      

     舒慶春 老舎 1899-1966 北京
     《七七紀念
     《沫若先生邀飲賴家橋
     《述懷
     《賀冰心先生移寓歌樂山》
     《哭王禮錫先生二首
     常燕生 1898-1946 山東
     《遊春八首選二》其一
     馮振 1897-1983 廣西北流
     《暮春
     《傷楠兒
     《野望
     《登蒼梧北山
     《草食人
     《病後
     《登銅石嶺最高頂
     林庚白 1896-1941 福建閩侯
     《次和炎南兄七七見寄韻
     《續丁丑雜詩六之一
     《水調歌頭,聞近事有感
     《丁丑雜詩三首
     《渡江至武昌
     《江岸散歩
     《月夜小步
     《七月十二夜坐月
     《浣溪沙
     《首都飯店聞警同北麗
     《病起聞警
     《江防
     《聞道二之一
     《難民來
     《夜聞鑿防空壕聲
     郁達夫 1896-1945 浙江富陽
     《贈光華報同人"/>
     郭沫若1892-1978 四川樂山
     《挽王禮錫
     唐鼎元 1894-1988 江蘇常州
     《哀瀋陽
     《武漢空戰三捷歌
     柳亞子 1887-1958 江蘇呉江
     《八聲甘州-次任潮將軍
     韻為亡友庚白先烈賦

     李濟森 1885-1959 廣西蒼梧
     《八聲甘州-林庚白
     先生香江殉難以表哀

     張鳦生 (不詳福建)
     《感事次達夫先生韻
     《南京失陥
     《七七掲開抗戰序幕
     《吊鑒湖女俠墓
     《贊東北義勇軍》二首
     《九一八感作
     《頌寶山姚子青全營殉城
     李大防 1878-?  四川開縣人
     《金陵作
      
    * list of poetry    Late Qing,Republican

        ☞瞿秋白 瞿秋白の生涯と詩作「形單影隻,孤苦畸零」雄魄 顛簸的一生

     史鐵兒 1899-1935 常州武進
      『餓郷紀程
    』1919-1923
     〔新體詩〕
      《心的聲音“遠”》1920年
      《去國答"人道"》1920年
      《無涯》(1920年)
      『餓郷紀程・跋』1921年
      《國際歌》 1923年
      《赤潮曲》 1923年
      《夢中鞋》 1923年
      《鐵花》 1923年
      《天語》 1923年
      《小小的蓓蕾》1929年
     〔舊體詩〕
      《詠菊》 1914年
      《哭母》 1916年
      《雪意》 1917年
      《紅梅閣  1926年>
     〔獄中誌〕
      《
    絶筆》1935年6月18日
      《浣溪沙》1935年5月
      《卜算子詠梅》1935年5月
      『瞿秋白筆名印譜

        


        ☞ 林庚白子舊體詩に すすむ

      林學衡 1896-1941 福建閩侯
     〔七言詩〕
      《次和炎南兄七七見寄韻
      《續丁丑雜詩六之一
      《丁丑雜詩三首
      《渡江至武昌
      《江岸散歩
      《首都飯店聞警同北麗
      《病起聞警
      《江防》 
      《難民來
      《夜聞鑿防空壕聲
     〔五言詩〕
      《聞道二之一
      《月夜小步
      《七月十二夜坐月
     〔詞牌〕
      《水調歌頭-聞近事有感
      《浣溪沙
      《菩薩蠻-送別
      《減字采桑子-雨夕書懷
      《曲牌行香子-
       -舊曆重陽樓望寄璧妹
      《琴調相思引-午夜聞歌
      《賣花聲-雨中樓望
      《鳳凰台上憶吹簫-
       -雨夜無寐》《-海行夜起》
      《滿江紅-秣陵感懷
      《摸魚兒 紅豆




      淸末民初“革命春秋”
     
     鄒容 威丹1885-1905四川巴縣
     《獄中答西狩
     『革命軍
     劉師培1884-1919江蘇儀徴
     《一萼紅-徐州懷古
     《賣花聲-登開封城

     黄節 玉昆1873-1935廣東順德
     《送劉申叔元日東渡
     秋瑾 璿卿1875-1907浙江紹興
     《滿天紅
     《杜鵑花
     《去常德舟中感賦
     《杞憂人
     《梅十首選其二
     《詠琴志感
     《讀書口號
     《殘菊
     《秋海棠
     梁啓超 1873-1929 廣東新會
     《讀陸放翁集

     章太炎 1868-1936 浙江余杭
     《獄中贈鄒容
     《辰州
     《亞洲和親會規約
     陳國常 1864-? 四川榮昌
     《徐烈士墓
     《秋瑾墓

     康有為 1858-1927 廣東南海
     《
    大同書成題詞
     黄遵憲 1848-1905 廣東嘉應
     《庚午中秋夜始識羅少珊
     魏源 默深1794-1857湖南邵陽

     《江南吟・其八
    * list of poetry     The Qing Dynasty 

        龔 定盦 龔璱人
         浙江杭州 1792-1841

       
      『平均篇
      『乙丙之際箸議
      『己亥雜詩全三百十五首
     〔七言絶句詩〕
      《己亥雜詩 百二十五
      《己亥雜詩 六十二
      《己亥雜詩 八十五
      《己亥雜詩 九十六
      《漫感
     〔七言詩〕
      《己卯雜詩自春徂夏全首
      《又懺心一種
      《常州高材篇
      《驛鼓
      《夜坐》其一
      《夜坐》其二
      《秋心》三首之壹
        
     〔五言詩〕
      《夜讀番禺集書其尾
      《又一首
      《戒詩》五章其一、二
      《自春徂秋偶有所觸拉雜
      書之漫不詮次得十五首

      《紀夢》七首之五
      《賦憂患
      《賦得香
      《觀心
      〔曲牌〕
      《端正好
      《醜奴兒令
      《念奴嬌 湘月
       龔自珍 編年校注 古典文學叢書
      ☞ 人痾芙蓉 阿片戰爭
    * list of poetry     The Ming Dynasty 

      屈翁山 屈大均 號 莱圃
       1630-1696 廣東番禺

       
      〔七言詩〕
     【屈大均詩集】七言絶句目録
     【屈大均詩集】七絶集 貮・參
     【屈大均詩集】七絶集 肆・伍
     【屈大均詩集】七絶集 陸
     【屈大均】《哭華姜百首》

      〔五言詩〕
     《哭内子王華姜》一三首
     《詠懷》一七首
     《詠古》二七首

      〔曲牌〕
     【屈大均詩集 詞牌
     《念奴嬌 湘月
      
      








    * list of poetry     The Song Dynasty

       文天祥 宋瑞 諡 忠烈
        江右人 1236-1283

       
       《劉琨
       《夜坐

       劉克莊 潛夫
        莆田城廂1187-1269

       《雜記十首》其二,其八






       元遺山 元好問 裕之
        山西秀容 金1190-1257

       
       《論詩絶句
       《孤劔詠
      《種松》 ,《出都
      《俳體雪香亭雜詠坐
      《壬辰十二月車駕東狩後





       陸放翁 陸游 字 務觀
        浙江紹興 1125-1210

       
      《夜歸偶懷故人獨孤景略
      《東籬雜題
      《雜書幽居事
      《水亭》,《八十一吟
      《卜算子詠梅







       邵堯夫 諡 康節
        范陽人 1011-1077

       
        《觀物吟
      《義利吟
      《自餘吟
      《乾坤吟二首
      《天聽吟
      《辛酸吟
      《論詩吟
      《夢中吟
      《不寢
      《洗心吟
      《晨起
      《寄楊軒
      《百年吟
      《感事吟
      《繩水吟
      《淸夜吟
      《歩月吟
      《月新吟
      《月到梧桐上吟




    * list of poetry     The Tang Dynasty

       李長吉 李賀
        791-817 河南昌谷

       ☞李長吉詩カテゴリーへ直截すすむ
       〔五言詩〕
       《申胡子觱篥歌
       《詠懐其一
       《詠懐其二
       《七月一日曉入太行山
       《潞州張大宅病酒遇江使
       《走馬引
       《古悠悠行
       〔七言詩〕
       《長平箭頭歌
       《酒罷張大徹索贈時…
       《綠章封事爲呉道士…
       《酒貝宮夫人
       

       杜少陵 杜甫
       712-770 長安

       《戯為論詩絶句》其一,五
       《詠懷古跡》五首其一,二


       孟東野 孟郊
       751-814 湖州武康

       ☞孟東野詩カテゴリーへ直截すすむ
       〔全詩集〕
        壹・一~四卷(宋本)
        貮・六~十卷(宋本)
       〔樂府〕    《古怨別
       《古別曲
       《飢雪吟
       《寒江吟
       《苦寒吟》
       《遊俠行
       《羽林行
       《春日有感
       《游俠行
       《偶作
       《遣興》
       《
    聽琴》
       〔七言絶句〕
       《
    登科后
       《傷舊游
       〔五言絶句〕
       《旅行
       《邀花伴
       《古恩
       《閑恩
       《喜雨
       《春後雨
       〔五言古詩〕
       《答盧虔故園見寄
       《哭秘書包大監
       《送孟寂赴舉
       《寒溪》其三,五,六
       《夜憂
       《夜感自遣
      

        賈浪先 賈島
        779-843 范陽涿州 

        ☞
       《壯士吟
       《劍客
    * list of poetry     The Six Dynasties

       庾子山 庾信 庾開府
        梁 513—北周 581 

       庾信カテゴリーへ直接進む
       『庾子山・全詩集』上
       『庾子山・全詩集』下
       《哀江南賦・序
       《哀江南賦①
       《哀江南賦②
       《哀江南賦③
       《哀江南賦④
       《擬詠懷詩
       《詠畫屏風詩
       《望月詩
       《舟中望月詩

       庾子慎 庾肩吾
        梁 487-551

       
       《經陳思王墓詩
       《同蕭左丞詠摘梅花詩
       『庾肩吾・全詩集

       江總 江總持
        梁 陳 519-594

       《橫吹曲
       


       鮑明遠 鮑參軍 鮑照
        劉宋 414?-466

       鮑明遠 鮑照カテゴリーへ直接進む
       《代出自薊北門行
       《代結客少年場行
       《代升天行
       《扶風歌
       《學劉公幹體》其一~五
       《擬阮公夜中不能寐
       《冬至》,
       《代夜坐吟》

       
       江淹江文通
        劉宋 齊 梁 444-505

       《劉太尉琨傷亂


       劉越石 劉琨
        晉 224-262

       ☞劉琨カテゴリーへ直接進む
       《答盧諶詩・序
       《答盧諶詩
       《重贈盧諶詩
       《扶風歌


       嵆叔夜 嵆康
        晉 270-318

       ☞嵆康カテゴリーへ直接進む
       
    * list of poetry     The Han,Wei,Jin


       曹操 曹孟德
       沛国譙 155-220魏武

       
       《歩出夏門行

       曹子建 曹植
       192-232陳思

       
       《求自試表》上
       《求自試表》下
       《升天行
       《朔風

      漢魏晉 建安文學 三曹


      繁欽 繁休伯 建安?-218
       《遠戍勸戒詩
       《征天山賦
      繆襲 繆煕伯 建安186-245
       《屠柳城

      漢代樂府歌辭
       《戰場南



    * list of poetry    Pre-Qin and Others

      詩賦・樂府歌辭・偈頌
       
      南北朝・北歌
      《望月》蕭綱・梁簡文
      《隴頭歌辭
      《青溪小姑歌》南北朝末隋初


    * list of poetry    Japanese modern

      小熊秀雄 1901-1940
      『小熊秀雄詩集1935年
      『流民詩集1947年
        ☞ 詩篇 TitleMenu
       

      中野重治 1902-1970
      《新聞にのった寫眞
      《兵隊について
      《噴水のやうに》《歌
      《私は月を眺め》《波》4

      金子光晴 1895-1975
      《落下傘》《湖畔吟
      《燈臺》
      槇村浩 1912-1938
      『間島パルチザンの歌』
       ☞ 詩篇 TitleMenu

      金鍾漢 1916-1944
      《合唱について
      《一枝について
      《古井戸のある風景
      《待機
      《行状
      《空山名月
      《

      黑島傳治1898-1943
      『防備隊』 『國境』 『
      『』 『武装せる市街
      『パルチザン・ウォルコフ』

      田邊利宏 1915-1941
      
    ☞ 詩篇 TitleMenu

     反戦詩人☞ 詩篇TitleMenu


      富澤赤黄男 1902-1962

       

      《蒼い弾痕》『旗艦』1939
      句集『天の狼』1941
      句集『天の狼』抄1951
      《風景畫》 『蛇の笛』1952


       短詩運動 大連『亞』  
       
       
       安西冬衞 1898-1965
      《黑き城》『渇ける神』1933
      『大學の留守』1943
      《砂漠》『軍艦茉莉』1929
      《夜の思料》『軍艦茉莉
      《八面城の念力》1933
      《砂漠の行者が臥てゐると
       鴉が食物を運ぶ

       『亞細亞の鹹湖』1933

       
       北川冬彦 1900-1990
      《
      《戰爭》『戰爭』1929
      《絶望の歌》
      《壊滅の鐡道

      《風景》《埋葬》『氷』1933
      《爛れた月》《斑らな水》
      『檢温器と花
    』1926
      《泡》『馬と風景』1952






     
    * new entry 50 title 
    * comment
  1. hajime:こんにちは (05/29)
  2. 玄:同調するなら石をなげろ,ですかw (05/29)
  3. motomasaong:与謝野晶子の夫 (05/29)
  4. 玄:不穏当ですがね (05/28)
  5. motomasaong:全く同感です。 (05/28)
  6. 玄:がたおさま (05/26)
  7. 玄:Hajimeさんへ (05/26)
  8. くわがたお:No title (05/26)
  9. hajime:こんばんは (05/25)
  10. Bao:4番じゃないですけど (05/24)
  11. * list of poets & link

     中國詩について
     中國詩はもともと,象形であるところの文字を使って詠まれている。つまり西洋詩にいわゆるサンボリズム,象徴詩,と言う「様式」は既に自得している。自得してしまっている。
     それが中國詩。
     古體,近體,舊體,新體,いつの時代のどの形式であっても漢字を使う限りそこから自由にはなれない。
     こうした作法の約束ごと,いわばクリシェ表現であるが,メタファーのいくつかでも知っているだけでも,漢魏の古詩は,類推しやすくそうとうにわかりやすくなる。
     まず,膨大なアナロジーの蓄積に眩むわけだが,漢魏六朝の古詩によってメタファーを知ると,唐詩は「表徴」と言うより「表現」そのものがおおきくひろがっていることがわかる,跳躍的に,である。
     さらに宋詩には,古來の中國思想に禪定(禪那 Dhyāna ディアナ)が加わり探究されて淒みを増した思想的表現の飛躍がある。
     Impressionism,Expressionism,
    そのどちらにおいても深化がある。
     これを,真に,深く實感すると中國詩の虜囚となる


     

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