見國思義 國家とは何か。

     既視感あるんですけど 
    灰心銷魂。這一個照片是象徵他的執政時代,永遠記憶!




    國破家亡

    國が覆滅し,家,族人が毀滅することをいう成語

    國家というて真っ先に思い浮かぶ古い漢語だ
    國家とは何か
    NationなのかStateなのか
    はたまたPeopleの集合體なのか

    嚴密に書くと春秋時代まで
    國という語の意味は諸侯の封地
    家とは卿の封邑,その族人が住む村落らしいが
    中國の,封建時代の話である
    國という文字の本義についてはサンザン書き散らしてきたのでもうくりかえさないけれども

    近代にいわゆる國家とはなんなのか
    “國”と“家“のあいあわさったものなのか
    家の語義もイロイロだ
    はたまた
    “國家”というシロモノが意義あるものとして存在するのか。
    (中國語の辭典でも,「國家」は近代の用語として第一義的に扱われ近代國家の意味を持つ用語と記される)


    このところのコロナ災禍の渦中で,
    おおいに妄想混ぜながら
    ただ,ただ考えている

    西歐,民主主義が自明である!とゆう歐洲,
    というの大地には,
    だ。
    武漢という區域に對して行われた中國國家權力による
    強制的措置を留保つきながらある程度,是,とし,
    また,
    自國においても,つまり歐洲的大地においても
    その手法,統制的強權力をためらないなく行使することができるという
    歐洲それぞれの國家「主體」があり
    歐洲の民もまたそのしざまを
    國家機關が,今,やるべきことをやっているのだとして是認することができる


    また韓國の,
    國家機關が,民主自由の理想と民の生存そのもの,その重きを
    量りつつ強權をほどよく行使することに心をくだいて防疫の施策を打ち出していたこと
    つまりは
    人民人命、民の生活を守ること,こそ,を疑うことなき第一義の目的として様々な手段を講じていった。
    この韓國の國家的權力行使が
    これ歐米ではアジアの民主國家の模範的なふるまいであるとして高く評價されているのだ,

    というよーな世界で逐一報道されていったこと
    あれこれを見聞きするにつけ

    國家とは何か

    ということを考えさせられずには居れない

    河上肇は
    明治天皇の御代の末,辛亥革命の年に

    にほんじんを
    その國家と國家主義を
    大いに讚揚してみせたわけだがw
    西歐人の國家概念について端的にこのように述べた

    「國家はただ個人の生存を完うするための
     道具機關としてのみはじめて存在の價値を有す」



    力強い。
    單純明快にして屈彊の,
    最もミもフタもなきキョーレツの言
    機關としての國家。

    天皇機關説とも異なる,國家法人説さえ詭辯にきこえてしまう
    最強のものいいであろう。
     

    民のために,大地のために,
    利と害を勘案して何ごとかを決定し,
    國家は,果たしてそのジコセキニンを負うのである,とゆう。

    極端なこと言わんば
    もしも
    民が
    おのおのが自己決定でき
    さらには大勢小勢をおもんぱかり(ソンタクして)
    互いにゆずりあって(ジシュクして)
    なおジコセキニンをもトーゼンの如く負うのであれば

    國家などそもそもひつよーない。

    のである。
    w

    國家はただ
    シュクシュクとでもしてりゃいー。


    このごろの
    日本政府の行政の姿態。
    施策、對應(のシリメツレツ),
    それに信頼を與えるべくして發聲されるハズな政治の言質(のイミフメイ)

    コンフュージョン總理の超現實主義的なる
    オートマティスム
    ソーリカイケンはポエム朗讀會,ゆういわれかたもしたがね
    (ポエムにシツレイだわ)

    無策?
    無力?
    いや端的に
    無能

    和牛を喰うためのクーポンだと?
    旅行劵ってw
    どこにいけっていうんだよw
    だいたいマスクいつんなったら買えるよーになんだよ


    あいつらの存在意義を鷹揚に理解し
    あいつらが,こんな時こそその國家の權力行使機關として
    現行法でゆるされたギリギリの
    つまりは
    やるべきやれることをあたりまえに行使するを期待している
    國家好き民が
    こんな國家のていたらくを目のあたりにするならば

    道具機關としての國家のその機能不全のゲンジツをかならずや,
    しかと認識するはずである

    未だにこんなデタラメの國家を愛しているネトウヨは盲愛「安倍ちゃん」者であって愛「國家」者ではない
    のかもしれん。
    そこはおいといても
    一方
    ソノジツ別の國家愛にみちみちた愛國者
    明治の頃からあいもかわらんドクトクの國家主義者,

    道具機關としての國家,の意義を理解する國民とは
    ドダイ國家の定義が違うのであるから
    ハナシがかみ合わんのはムリもないが

    さらにはこの非常時に,
    そもそも日本は法治國家じゃねえじゃねーか
    という重大な疑義を生ぜしめた國家機關。
    この,
    法治國家たりうるか,たるに能わざるかモンダイ,を
    執拗に追及せざるを得ない野黨の苦衷
    とはいうもののその全き正しさ,と
    にもかかわらず,その理ある野黨のふるまいはコクミンの全面的支持を得られていないという
    滑稽さ

    この日本という國家と「民主黨」のありさまに
    ジユウもリッケンもコクミンもだ
    あらためて可笑しさを感じずにはいられない
    とは言っても冷笑しているわけでなくすこぶる興味深く面白がっているのである,
    が。

    國家機關としてやるべきことをやらず
    コクナンコクナンとわめきたててきたコクナンフェチどもの,
    その能力についに
    本質的

    が突きつけられてるジタイ


    森まさこ法務大臣の無法,その無茶ぶりを
    を放置して法治國家ではない呆痴國家であること世界に報知したい!
    というよーな
    ほーちフェチな國民なわけではまさかあるまい
    今そんなモンダイほじくってつついているバワイかと
    野黨を叱るネトウヨおよびイシキ高い系も多くてこまりもんだ。
    たしかに
    今やるべき優先順位を考えろよというのも
    まっとうな批判であることは一般論としてはそーかも知らんが
    黑川の定年延長の無法モンダイは

    斷固として今やらなきゃならんのである。

    民の記憶を忘却させる手練手管にたけている,ことこの政權に限っては
    旬の時期に徹底してやらなきゃならん
    というよーなんではない

    今やらないと
    コロナウイルスに匹敵する禍をのちのち日本という國にもたらすことになる
    つまりは禍根を殘すというやつだが
    この禍根は,これ悠長なハナシではなく
    これを放置して仕舞ったならば
    すぐさまあいつらのおもわくが成就してしまう
    ソーリ曰「國家最強の第三者機關」を
    政權の,官邸の走狗とならしめてしまう瀬戸際なのであるからして。

    まったくタイヘンなことなのである

    さらには。
    突如起こった,森友モンダイの再燃

    自死に追いつめられた近畿財務局の“董狐”
    その妻の
    一切性命をかけたともいうべき告発。

    コロナでタイヘンなこんな時期に提訴するなんて
    と非ジョーシキ!
    あべネトサポのわめく聲も聞こえてきそうだが。

    コロナ禍と五輪延期騒ぎにうもれさせてはぜったいにいけないハナシだ


    機關としての能力以前に國家のミテクレとして
    「どんな國家だよw」
    という
    あられもないハチャメチャぶり,無法ぶり。

    國家とは何か

    近代國家の存在意義とは何だろうか?
    どんな風に考えたとしても
    民の生存といって大げさなら生活が脅かされるようなジタイ
    に手をこまねいて
    無策であるなら
    それは機關の維持にコストがかかっていることを考えても
    ほとんど有意義な存在ではない。
    ましてや。
    國家機關にとっての利ばかり追求して民の困窮に目配りできない
    一部の人にばかり利益誘導して大半の民が窮乏するなら。

    ・・・・
    堂堂巡りをもっと書くなら

    民の,「ジコセキニン“甘受”能力」がすこぶる優秀な
    日本人の民質,いや本質いや美質
    セキニン能力に長けワリと有能なヒトビト多く住まうらし日本。
    ネトウヨが妄想するように,
    そんな日本人民であるなら

    日本人民は,人民の代わりに責務をになってくれる國家機關,これを奉戴しなければならん,あたりまえである。

    というよーなハナシは,そもそもこれを根本から疑問視したくなるしw


    そんな風なあれこれをよくよく考えさせられていた結果
    あえて
    樂觀的なことをいうなら
    w
    日々起きることどもがすべて,
    國家というものの存在意義を根本から問い直す契機となりうる,
    コロナ禍の日々ということになろう

    とりあえず
    安倍政權だけは覆滅させなきゃ,だ


     

     余の見る所によれば,現代日本の最大特徴はその國家主義にあり。
    そもそも國家主義の語,すでに日本獨特の術語にして,嚴格にこれを歐語に翻譯するを得ざるほどなれば,その主義の精神のごときは全く歐米人の諒解すを得ざる所なり。
     けだし日本現代の國家主義によれば,國家は目的にして個人はその手段なり。
     國家は第一義のものにして個人は第二義のものなり。個人はただ國家の發達を計るための道具機關として始めて存在の價値を有す。
     故に假りにももっとも極端なる場合を想像して,もし,すべての個人を殺すことが國家の存立を維持するため必要なる場合ありとせんか,たといすべての個人を犠牲とするも國家を活かすということが,國家主義の必然の論理的斷案にして,現代日本人の倫理觀はこの斷案を是認するに躊躇せざるものなり。

     しかるに西洋人の主義は,國家主義にあらずして個人主義なり。 
     故に彼らの主義によれば,個人が目的にして國家はその手段たり。
     個人は第一義のものにして國家は第二義のものなり。
    國家はただ個人の生存を完(まつと)うするための道具機關としてのみ始めて存在の價値を有す。
     故に假りにまたもっとも極端場合を想像して,もし,
    國家を滅ぼすことがすべての個人の生存を完(まつと)うするため
    必要なる場合ありとせんか,國家組織の打破と言うことが個人主義の必然の論理的斷案にして,
    現代西洋人の倫理觀はこの斷案を是認するに躊躇せざるものなり。




    日本人が未だこんな,
    西洋の國家觀と異なる國家主義を繼續させているニホンジンではないことを

    わたしはワリと少し信じているのはであるが。

    世界同時的に
    各國の民,各國家が,同じ課題に向き合っている

    機關としての國家の力量が試され,そしてその彼我の力量は
    比べられるのである
    われわれは比べて
    そして國家というものの
    有する利義を吟味することができるのである,

    今。

    見國思義。
    だ。


    ちなみにこのあとこのようにつづける河上肇だが

     

     西洋にあっては人命を重んじ人格を尊ぶことが日本人の想像の外にあるが如く,日本にあっては國權を重んじ國家を尊ぶことがまた西洋人の想像の外にあり。

     日本にあっては,個人が個人として獨立の人格を有すというの觀念すこぶる乏し。
    極端に言わば,日本人には元來人格の觀念なし。
     しかしながら,彼等西洋人のいわゆる人格を所有せざるに反し各各國格を代表す。
    國格を代表すとは,國家の機關としてのその存在の意義を自覺するの謂いなり。
     西洋にあってもっとも高貴の人物はもっとも偉大なる人格を所有するの人物なれども,日本にあってもっとも高貴なる人物は最も多く國格を代表するの人物なり。
     畏れ多けれども日本の天皇陛下はすなわちもっとも完全なる國格を保有し給うものにて,國家の利害を自己の利害とし給い,國家の公の利害のほか別に個人としての私の利害を有し給わず。
     故に日本人の信仰よりすれば天皇は最高高貴の方にましますなり。
     陛下の下に統御せらるる各個人は,決してかくの如き完全なる國格を有しあたわず,皆な國家の公の利害のほかに,個人としての私の利害を有するものにて,而して日本人の信仰よりすれば,その私の利害を有すること多ければ多いほど,言い換えれば,その保有せる國格の少なければ少なき程次第に卑しき階級に屬するものたるなり。
     



    階級の尊卑は所有せるせる國格の多少にて決まる。
    すごいこと書いてたもんであるw

    そうして
    大ニホン帝国は
    いや國家に没我していった日本人は
    出兵,武力行使,ひいては戰爭の生み出す國益に酔い痴れて國家の,國民と國土の潰滅に邁進していったのだ


     
     日本人は國家に沒我すれども國家以上のものに沒我するあたわず。
     故に我が國家の利益と世界人類の利益と衝突するの時,前者を取って後者を棄つということは, 恐らく一考することなくして多數民衆の直ちに答え得る所ならん。
     國家のために戰死することは日本にあっては,人々の望むところにしてかつ世人の賞賛する所なれども,例えば,米國獨立戰爭の如き場合において,自由のため人道のために,その獨立軍の軍隊に投ずというが如きことは,日本人の望まざる所にしてかつ日本人一般の賞賛を博する所以の行為にはあらじ。
     



    國破山河在,渾欲不勝簪!

    ところで「國破家亡」
    最後に
    ムリヤリ余計なことも
    書くと

    この成語はそもそも

    中國という漢民族の大地において
    夷狄の侵攻から漢土を守るという祖國防衛の大任に就き
    對外戰爭を指揮して敗れた,
    中國史上最初の軍人であり
    音樂家で詩をよくした文人劉越石(劉琨)のことばが語源となっている

    魏晉南北朝の晉,の滅亡西暦316年のことである。


    曰く
    “國破家亡,親友雕殘”

    雕殘 diāo cán
    凋零落魄して死亡すること

    國が破れ家が滅び親も友も死ぬ。

    そういう事態を引き起こした己の無力,

    國家存亡のキワ,危急のとき
    國家大權たる兵權を任されてしかし,壓倒的に寡兵であったその軍事力,その權を行使しても目的を果たせなかった,
    結果

    家,族人,親兄弟,朋友すべて毀滅するような
    破亡のありさまとなり
    いま敗殘の身として詩をものし序文を付す
    というわけ。

    晉という祖國を覆滅させるに至ってしまった我が身を慚愧する悲痛な四言詩の序文
    文選にも収載されている有名な文章であるが

    その中で暢べられた句である

    まさに
    國破れて山河あり,の國破れ,である
    が。

    また思う
    杜甫の詠んだこの著名な句の本質的悽愴,すさまじさ,

    想像する日本人は古來あんがい少なかったのではないか?

    國破れても山河,そして野山の春あり
    という感慨をうたうのではなく。

    春は殘ってあるなあ,ではなく
    春しか殘ってないぞ,である

    戰亂とは無關に
    四時,季節は遷移する
    春は去きまた春は來たる
    春は眺められると同時に“望”せられる
    “望”とは戰亂のうたわれる詩においては“遠”望であることが多い

    大地には,家がない人がいないという。

    まさに寥落の大地

    その無奈,
    それでいて
    そのうえに
    なお

    故郷を思い,來たる春を
    ふたたび望みみるであろう人心の
    永遠に
    切れることなきその切なさ

    うたっている

    土思,であろう。

    破れた國,山河と春の間には
    いわば
    斷絶があり
    その間を充填するべくしぼりだされた杜甫の語,つづけられる句である
    とりわけ結句。

    渾欲不勝簪

    渾(いっさいが)荒廃している大地,國土
    その渾(簡素のありさま)
    渾(マッタク)これではどうしたらいいか
    毛もスッカスカで,
    簪(冠に突き刺す棒のコトだ)が安定しないだろ
    大夫のカンムリもおっこちるわ


    もちろん士大夫,としての文人の悲憤慷慨でもある
    國破山河在,渾欲不勝簪!
    である

    水則載舟,水則覆舟

    河上肇の文章が
    辛亥革命後の
    中華民國の知識人,舊士大夫階級だ,その大勢(たいぜい)に
    どうしてすんなり受け入れられたのか
    (國民黨人士のなかでも河上肇は尊崇されよく讀まれていた)
    といえば

    河上肇の強靭なる國家觀の論理性が
    受容しやすかったからではなかろうかという思いがわたしにはある

    幸德の無政府主義が受け入れられやすかったのと同じ理由であるともいえる

    漢民族というのは
    機関としての「國家」の概念を
    冷徹に見つめざるを得ない,祖先や社稷と無關の國家を奉戴せざるを得なかった歴史を持っている,
    だからだ,とかんがえるからだが

    異民族の,「國家」が漢土にある
    漢民族にとっては侵攻劫掠、同胞が殺戮されたあげく
    樹立せられた「機關」が,
    漢民族に向けて,その強權力を擅横する

    この國家には,どんな正統,正當性もない
    どのようなコジツケをもってしても,
    まったく
    無い
    という

    そういう國家機關にたびたび統治されてきた民族の歴史。

    それが彼ら民族の祖先の大地の現實であった
    そのことを
    理性的ゲンジツ的にみとめてきた,みとめざるをえなかった
    民族,ピープルだ

    その上で,いやそういう中で
    だからこそ,うけついでこられた“中華”の思想。

    とりもなおさず
    異民族の統治に對する,
    漢民族の,不撓不屈の抵抗によって
    鍛錬せられてきた
    「中華思想」でもある。

    さらには
    漢民族が異民族を攘夷し,光復(異民族の統治から漢土を回復する)した漢土において,
    漢民族が樹立した國家機關も,また,
    斎民草莽によって
    その機關の是非,利義は “天” に問われつづけてきた。

    商周革命,楚漢戰爭から幾多の對外戰爭,
    替天行道易姓革命,
    その歴史の中に揉まれて
    リクツが精錬されスジが通されてきた
    「中國思想」,であるのである

    國家と民はごくあたりまえに
    同體ではない。

    國體?
    國體などというものは
    ない。
    なかった

    王朝は,民という水にうかぶ舟にすぎず。
    水則載舟,水則覆舟。

    “用” いられるのはどちらなのか
    どちらが主“體”であるかはさておき
    同體ではない。

    逆に今,

    膨張した漢土のうちで
    中共一黨獨裁が,異民族を統治するしざまをみると

    國體
    というコトバが自然と頭に浮かぶものである


     
     國體と政體とはまさに區別すべきものなり。
     しかしながら,西洋諸國は皆な民主國體なるが故に,西洋學者の國家論には政體と國體の區別をたてたるものかつてこれあらず。
     日本國が國家論の一材料たるに至つて,はじめて政體論のほかに國體論あることを得。
     而して政體は政治の方法によって定まり,國體は政治の目的によって定まる
     政治の目的個人にあるを民主國といい,その目的國家にあるを國主國という。
     從來我が國にあつて國體の論をなすもの,多くは民主國または共和國に對して君主國を擧げるといえども,その君主國というを排して別に國主國の新名辭を立つるは,即ち余が一家見なり。


    慯九載

    此の時期いつも
    “きばる”が届く

    今年の“きばる”はまたバカみたいにでかい

    不知火海の水と魚がメチル水銀に因つて潰滅した一時期があつた
    生物濃縮する毒物が海に流されつづけていた


    その海の
    いのちを取り戻すために

    山合いに移り住んだ漁師たちが植ゑた夏ミカンである
    毎年毎年3月の初めに届く。

    むかしは酸つぱく苦く,
    生食には,おおよそ向いていないような
    ぼそつとした
    見榮のよくないミカンでね。

    粗野で堅牢

    外も内も厚ぼつたく
    そこらの庭木に生つてるミカンとかわらない。

    頑健の果實。

    不知火の海の再生のために。
    迂遠の道のりである,

    かつて
    海にながされた“水”があつた
    今も注がれつづける水
    自然の摂理が注ぐ

    海をきよめていくには
    山から。
    山の土壤をいのち饒かなものにする
    そのために
    果樹を種ゑる

    農藥は使わない
    (加害者になりたくない)
    きばつて育てていた,元,漁師たち
    (被害者をつくりたくない)

    そのようにして育てられてきたという歴史を知らなければ興味も持たずあえて購入することもなかつたであろうミカンだ
    “おつきあい”もあつて毎年注文してきただけだが。

    ここ10年ほど
    そうだ東日本大震災が起こる少し前くらいから

    年を載せるごとに少しずつ
    細細と索索と
    甘みが増し
    苦味が洗練されて
    おいしくなつていく

    今では
    届くのが待ち遠しいほど
    みずみずしく,ほどよく甘くておいしい

    “回復”の道のりの氣の遠くなるような長さと
    しかしその確からしさを
    體軀が

    舌を通じて五感で

    感じることができる

    そういう
    ミカンなのだ

    そのバカでかさにも意味があり
    なにかを語りかけようとしているのではないか,と
    勘ぐりたくなるような“きばる”
    愛おしい真の果實


    回復なくして,
    何あるだろうか

    復すことなき
    復興。
    しごくまつとうな怒りがこみあげてくる


    2020きばる


    父の家郷の浜通り
    津波と東京電力福島第一原發事故で潰滅。
    親類縁者,家も人も何も誰も殘つていない。

    大きな大きな海と船は
    震災前の漁撈の營みを取り戻せずにいる

    線路を通し電車を走らせても
    アスファルトを,コンクリートを
    塗り固めても


    汚染水は溜まりつづける
    汚染水を海に放とうとする
    誰が?
    何がゆえに?


    放たなければならないかららしい
    フクシマの水は福島の海に。



    野放圖?
    あとは野となれヤマト國

    無制限




    核の枷に囚はれたまま
    解放されない


    “河山待復”


    慯九載 Shāng Jiǔ zài

    魚兒自在泳奔波 Yú er zìzài yǒng bēnbō
    故地漁民可奈何 Gùdì yúmín kě nàihé
    覆水難収氚水放 Fùshuǐ nánshōu chuān shuǐ fàng
    海山雖大新艱多 Hǎishān suī dà xīn jiān duō


    春光九載去來波 Chūnguāng jiǔ zài qù lái bō
    痛定思疼填海沙 Tòng dìng sī téng tián hǎi shā
    福島悲乎千切土 Fúdǎo bēi hū qiānqiè tǔ
    紛紛糺糺那令和 fēnfēn jiū jiū nà lìng hé

    ※氚=トリチウム
    ※可奈何=いかんせん
    どうすればいいというのか
    ※痛定思(痛)=一度おさまった痛みを思いまたいたみをおぼえること
    ※糺=亂


    “共”

    ブティジェッジが撤退だと。
    不是不好!
    同性愛者という多樣性には魅力を感じなくもないが

    ヘタすると
    アメリカ大陸になんとアカの大統領が誕生するかもしらんという
    あり得なさ
    途方も無いなさのまえでは,彼に對する興味がわかないのもしょーがない

    ブティジェッジ氏が黑人のコミュニティからそっぽをむかれているというこの情勢から何かを讀むことができるだろうかとも
    一生懸命考えている


    頭の中でルーリードのジョーク・ソング
    「I Wanna Be Black」

    I want to be black, I want to be like Malcolm X
    And cast a hex over President Kennedy's tomb
    And have a big prick, too

    を鳴らしながら。
    (これ,彼の “ストリート・ハッスル” だ)
    さらには
    ジャン・ジュネが,ブラックパンサーと連帶したことをつらつらと想いはかなむて
    ゐた

    ルー・リードもジャン・ジュネも言わずと知れた同性愛者の大御所だがね


    ア〜あア

    アカの大統領二人に挟まれてしまつた
    あべガフライメイイミフメイ,
    こんひゅーじょん・いっず,まい・エピタフ總理という・・・
    そんなことになったら面白すぎて,な
    韓日米關係。そして金王國、習帝國とゆう。
    東アジアのぱらだいむはイッペンする

    イロイロワクワク夢想して思いつくそばからニタニタしてしまう

    少なくとも辺野古はチャラにならなきゃおかしい
    だいたい21世紀にもなっていまだに外地に基地をあたらしくつくれちゃうくに、つくらせちゃう植民地ってどーよ

    ひとがいいのもドをこすとマヌケ,みたいなことだが
    とはいえ辺野古は
    將さに來たるべき未來の日本軍のための空軍基地
    だからアメリカがつくらんでいいといったって
    カンケーない,日本はマヨネーズな基地造設に邁進するだけかもしらんが


    それにしても
    民主な社會主義者が大統領になるって?
    アカはアカ同士ことさらに差異あることがいちいち容赦ならんという傾向が強いから
    米中關係はいっそう惡くなるだろうななどと
    いらんことまで考えては蒼くなってみたりする

    サンダースがトランプに敗北するまでのあいだ「途方も無い夢」想いまた患うのもいいじゃないか
    そんなカンジで。

    ・・・・・

    ところで
    バラク・オバマが大統領に就任した選擧戰中,わたしは,彼の肌の色が漆黑だったらどうだろうか,大統領になることができるだろうか?と
    いつも考えていて,
    彼の大統領就任が決まってそのことが世間バナシの話題にのぼると,そんな疑問をよく話し相手にぶつけてた。

    ほぼ全員が,ためらいがちにだが,
    想像できない,まずムリだろう,と
    そんな風に反應した。
    もちろんわたしもそう感じていた
    ・・・・・

    そして。

    バーニー・サンダースがマルクス主義者から,

    民主社會主義者へと己の標榜をいつの間にやらかえた(と思われた)とき,
    わたしは,オバマの白くない肌の色のことを考えていた。
    漆黒より少し茶色い


    民主ということばが,社會主義という術語の中に濳り込む時,
    いつもそのことの,
    不分明で朦朧とした義,口あたりのいい語感に,なぜかザワザワとした不安定を感じ,なんとなしの嫌惡を覺え身構えてしまうのだ。

    共産主義、コミュヌ,ということばの本義や,デモ・クラツの意味を,素朴にかつ,ラディカルにそして執拗に吟味したことがある人なら
    この社會民主主義とか民主社會主義者ということばにわだかまり,あえて言うなら欺瞞を感じるわたしのキブンも分からなくもないとかんがえてもらえるんじゃないかと想うが

    本來,社會主義と民主の親和性はすこぶる高かったのだ,のに。
    いわゆるところの社會主義國なるものが20世紀前半つぎつぎ樹立せられる以前の時代には,ということだが

    民主,もっと言えば
    人民,虐げられた魂が,人としての主體を獲得し,自由を得るを實現するためのツールが社會主義であるということが疑いなく丸ごと受け止めることができた時代。
    そして革命の大義。
    第一次世界大戰前のアカにすこぶる憧れを抱いているわたしには。
    民主と革命なくして社會主義は實現できない,それは
    自明のことであった
    渾然一體人民の自主自立,民の意志を鼓舞していた時代。

    しかし。
    今,社會主義者と民主主義者は。


    近頃の日本じゃ
    國民民主などというワケのわからんネーミングを張ってる政治パーティもあるよーだが
    (これこそ主義主張が元元ナイないか混亂している證據だろーが)

    そもそも。
    社會主義とはなにか
    いや社會とは。

    社會,といったとき,そこには
    階層があり,階層がいくつもあればせめぎ合いがあるのはあたりまえだ,
    もちろんかならずしもそれら階層はつねに闘爭し合うもの同士ではないが。

    社會というもの實相はそうであろう
    樣樣な層と層,
    カタマリとカタマリが相應し相對する,

    “會” し,對峙する。
    利害の調整が必要なほどに。
    それが,

    社會,である


    社會主義に民主という言葉がかぶさってくる時,
    そこにはなぜか,連帶,勞働爭議や罷業という概念が消え失せてしまうような、失せるが大げさなら、薄まるでもいいが,
    なぜか
    そんなキがしてならない今日この頃である


    民主という言葉が,どーも國家という言葉を想起させて,
    なんかヤダな,
    と考えるようになったのはいったいいつの頃からだろうw


    民主とは。
    そもそも20世紀後半から地球の半分にとっては自明の正しさであった

    今更民主主義でないアメリカなど考えられないという中で。

    いま,社會主義者は,民主とあえて言わねばならない。
    w
    大手を振って,
    端的に社會主義者とはなかなかよーいはん
    サンダースにしてからがそーであるとゆう

    つい先日もどっかのこっかいよーちえんでえんちょーが
    「日本共産黨は暴力革命ぷろぱー」
    などと野次を飛ばしていたが。

    いやちがう
    この時は明快に元氣いっぱいでトーベンしてたんだっけかな。
    (トーベンするなよ)
    (だいたいが長州人だって暴力革命の徒輩じゃねーか)

    キョーサントッ
    ニッキョーソッ
    などという罵詈雑言が彼のアタマの中で,
    いったい幾度ヤジとして消費されていたかは知る由もないが

    待てよ,いまどきそーいや共産黨も,元より日教組も合法なのであった
    そういう組織の呼稱を
    呼ばわるだけでこの言葉が
    即ち惡罵となってしまうということ,
    これはいわゆる
    サベツというヤツが人間(ジンカン)に共通認識として醸成されてる結果であるわけであることの證左にほかならん



    ブラックとアカはサベツされてきたのであることは歴史的事實でもあるが
    ブラックは黑人のことでもあるが
    アカと黑と言って
    アナルコサンディカリストの旗色を思い浮かべるヘンなヒトもいるだろうw

    民主。

    またこうも考える自分がいる

    「民が主である」という形態が
    健全に十全に,機能するならば,
    そしてなおかつその「民」がまず據り所とするものがたまたま「國」である,
    という時,
    國が主であることを,民が主體的に志向してしまえば
    「“民”主」主義とはイコール「“國”主」主義
    でもある,


    そういう民主主義は。

    層を構成し階層が銜接する,“社會”,という公共空間を,“主”である,とみなしかんがえる “義”,
    つまり社會主義のことだが
    この社會主義とは

    相容れない關係となる“民主”,
    そういう民主主義,である。



    “共”  gòng gōng


    ところで
    民が,據るところなき,よるべなき民艸,である時
    草莽,
    民主
    という概念はどんなふうなものになるかと想像をめぐらせてみたことがあるだろうか‥‥
    いわば無治態,ということだが。


    無治態とは,それイコール無秩序ではなく,
    ましてや無法地帶のことでもない
    ただ單に,無,政府の状態であるに過ぎない
    統治されていない民とは,すなわち暴徒である,というのは,それこそが暴論で
    もし民草が,“主”であり,主體であるならば,
    そしてかつ無秩序を志向するなら
    それ即ち暴徒集團になるかもしらんが

    民が。

    利害の衝突,いわばストリートハッスル,道,路上の揉めゴトを
    民,が,調整を模索し
    自らが,コトを治めるによって,もしも秩序を志向するなら
    それ即ち
    “自治”ということになる,というだけのハナシである

    これ,オートノミーのすこぶる清冽明快のイメージだ
    とわたしはおもっている

    そんなこんなをつきつめてかんがえると
    ジツはいま日本においては
    民主主義とは,國という前提がなければ成り立たない概念語として,定着してしまっているのがよくわかるキがするのである。

    民本位,というかたちが,ほんとうに
    民本であるならば,

    かれらが據るべきものは,何か?
    共同體、コミュヌ、コモンセンス、公共。

    漢語の共という字は
    以前も書いたが
    ひとがふたり立って,兩手でささえあっているすがたをあらわす象形文字である

    まさに
    コモン

    そもそも母語ではなかった漢語カタカナ語を
    借用流用して
    ことばを用語術語としてしかとらえないなら
    漢語の本質的な概念を考えないでもベツにいいんだが

    そのように教えられ覺え込まれてしまったことばは
    硬直し,使用に耐えなくなることもあるかもしらん

    事に應じ,物に應じて,應變することがなくなってしまう
    つまり
    應用が効かぬ用語となる



    コミュニスムが共産主義と翻譯されたのは、あの時あの時點で間違つていない,
    communismeは「共産主義」だが

    有産無産のモンダイをぬきにしても,
    時代下って
    バリケード的都市コミューン,いうなればボウリョクテキカクメイ志向,のモンダイをとっぱらったとしても


    の概念だけは骨太にのこりつづける。

    だったら
    コミュニスムの翻譯語はごく大ざっぱに
    「“共” 主義」でもいいわけだ,とわたしはおもう


    “共”  gòng gōng


    そして

    「共」とは

    すなわち社會,そのものではないか?

    そしてコミュヌ,すなわち,これコモンでもあるが
    その本義をたどるなら
    これは,それこそ

    社稷の會同
    である

    社稷とは。
    日本じゃどーかしらんが

    漢語のほんらいの“社稷”とはすなわち國家を意味しないのである
    社は,大地におはす土の神に過ぎず
    稷は,禾稷の實り,豊穣への祈りに過ぎない


    その大地にたまたま國家が樹ち立てられたなら
    社稷は國家の祭祀の象徴となりうるが。

    中國の大地で國家が崩壊,亡滅するジタイというのは
    昔からしょっちゅうあった。

    周代には 周王の統治システムが完全に崩壊しながらも,
    秩序をなんとか保とうと志向した大地の状態があったこともある
    すなわち “共和” 年間のことであるが
    紀元前800年代のハナシである。

    もちろん
    レピュブリックの翻訳語,共和の語源だが。

    君主なき、無主、無治態。

    そう,
    社と稷が會同して共同体の利害を調整し合う樣態
    それを社會と。
    漢語を母國語とする國においてはそのように理解されるはずである

    さて
    社會主義
    ソシアルの語の淵源を辿ればそれは
    仲間たち,ということになる
    カムパニイのカムは
    コモンのコム,中國語の共である。


    思えばソーシャルを社會と翻譯した人はスゴかったな,と。
    日本人かもしらんがフランス語に通じ漢籍の素養と,漢語の理解とが抜きん出た人であったことだけは間違いない

    幸德のように,
    あるいは幸德とつるんでいた大杉のように。

    ふたりともサベツされ處刑されたり扼殺された。

    大統領選のハナシ,赤と黑は
    もちろんおおざっぱな喩えだが
    サベツ,については,
    これ喩えではなくファクトである

    ここまで書いてきて
    わたしはアメリカがスキでない,が大前提であることは
    w
    コレいうまでもないか,

    さはさりながら。

    アメリカという「國」が大キライなだけである
    同樣に,
    日本という國が大キライ,つねにヒコクミンでありたいと
    夢想しておるワケだけど
    だからといって
    この日本の大地を好んでいないわけではない

    アメリカの大地に根を張り生きる人々は
    誰を,リーダーとして國家を委せようと選擇するだろうか
    アメリカは。
    はたしてどこに向かうか?
    そしてアメリカ屬ニッポンニア州は。




    《黍離》
    彼黍離離,彼稷之苗。行邁靡靡,中心搖搖。
    知我者謂我心憂,不知我者謂我何求。
    悠悠蒼天!此何人哉?

    彼黍離離,彼稷之穗。行邁靡靡,中心如醉。
    知我者謂我心憂,不知我者謂我何求。
    悠悠蒼天!此何人哉?

    彼黍離離,彼稷之實。行邁靡靡,中心如噎。
    知我者謂我心憂,不知我者謂我何求。
    悠悠蒼天!此何人哉?

    『詩經國風』

    孟東野《山老吟》

    《山老吟》孟郊


    山老吟  Shān lǎo yín

    不行山下地  bùxíng shānxià dì
    唯種山上田  wéi zhǒng shān shàngtián
    腰斧斫旅松  Yāo fǔ zhuó lǚ sōng
    手飄汲家泉  shǒu piāo jí jiā quán
    詎知文字力  Jù zhī wénzì lì
    莫記日月遷  mò jì rì yuè qiān
    蟠木爲我身  Pán mù wèi wǒ shēn
    始得全天年  shǐ dé quán tiān nián



    山より下の地にあえて行かず
    唯,山上の田に種(う)ゑゆ。
    腰の斧もて旅松を斫(き)
    手にした瓢(ひさご)にて家泉に汲む。
    (いずくんぞ)知らん,文字の力
    記すこと莫(な)かり,日月の遷り。
    蟠木を我が身と爲して
    始まりて得ん,全き天と年とをや。


    “蟠木” は扶桑のこと
    傳説中の,この場合 “山” のこと



    孟郊は幾度となく科擧に落第するたび
    失意のうちに山にヒキコモった。 
    人生の意味を求めて山を巡り寺を訪ね
    禪僧に知遇を得,樵夫農夫に交わり游び,
    漢魏晉の風格,氣骨の香る “詩” を書いた。

    と。

    ふつー,
    もーいーじゃないか
    文字(學問出世)にこだわるなんて。
    山の男たちを見ろ,あんなに力強く生きてるじゃないか
    あっぱれ,大自然の中で天地を知り,日月の遷りをわがものと活し,
    生きてるじゃないか

    もーやめたっ
    こだわってなんになる?おおらかにいこう!

    と。
    豪放磊落な詩になるハズなんだがw

    そこは孟郊孟東野。

    東野窮愁死不休,高天厚地一詩囚
    の面目躍如というあたり。

    ふん,あきらめてませんぜ,わたしは。

    と,悔しさがにじみでていてネが暗い,
    とゆうキがしてならないのは

    孟郊迷のフカヨミしすぎ,なのかもしらん
    孟郊のことを知らなければこの詩はどういうふうな詩に讀まれるのかな,と。
    もはやその素朴な讀み込みができなくなってしまっているという,
    我が身の,取り返しのつかなさ,が,ただかなしいんだが

    バランスが,惡い。
    とゆうか
    對句がやっぱり,くやしげなのだ。

    文字など記さないんだが,日月の遷を知る,山の老,愛すべき丈夫

    となるならばかなり,落落大方,おおらかで,いいカンジなんだw

    そーならない
    詎知文字力,莫記日月遷

    此の對句は唐詩好きから言わせれば多分,ヒドく出來が惡い,
    なんだかなあ,なんだが

    しかし
    文字力という三字がこの詩のキモであるといっていいかもしれない,
    と思いをはせる

    もんじ,りょく

    力はやっぱりあくまで文字に屬しているのである,という。
    語るにオチている孟郊さん

    そして旅松,家泉の對遇。

    旅松とは方々に枝を伸ばしてめっちゃ繁茂する松の木のこと
    “松” は
    孟郊の友人たちからすると孟郊自身を象徴するメタファーでもある。
    それを斧でぶったぎる
    このばあい切るは,斬るでも伐るでもない
    斫る,がつかわれる,石のように堅いものを,きる,と
    さらに,
    家泉は孟郊にとって
    望郷の念,起こさせる
    また,いまだ手の届かない穏やかな平安の暮らし

    “平淡” とは無縁の男が詠むと,
    こーなってしまうという・・・・典型,
    ジギャクとルサンチマンの歌以言志


    だいいち
    蟠木というのもキになる。

    “蟠木” は扶桑のこと,ではあるんだが
    平仄上,扶桑は使えないものの,扶桑なんてつきなみな言葉は,
    それこそいいかえのことばがたくさんある。
    扶木でもいいはず,
    なんだがw
    わざわざ誤解を招くような字句を撰ぶ。

    木は蟠るんじゃなく,すっくと天高くまた廣く遠く伸長してこそ?

    やっぱりへンだw
    高天厚地一詩囚だ

    ヒキコモリとワダカマリのカミサマみたくあがめられることがあってもいいぢゃないか?
    孟東野。

    南宋 馬遠


    あっ,というまに己亥が終わっていた
    おととしの暮には
    なんだか
    瞿秋白生誕120周年だ,とか來年こそ己亥雜詩をよみこもう,とかアレコレ負うところ抱いてた,ワケだが

    癌と大腸をとっぱらうという自身の軀殻の大工事あり,
    老父の事故もあり,と
    なんだかあっというまにすぎてしまい
    瞿秋白も龔定盦も一顧だにすることなく・・・

    そういや今日はその秋白生誕121年目だ
    ブログ的には
    結局,ヒロヒトの(民をナメくさることこのうえなきな,)お歌ではじまり,
    帝國のこと朝鮮人のことばかりかんがえていて終わったレイワ一年目の一年であった。

    唯一の収穫といえば
    ヒトのキモチの,
    とりわけ愁いや,怒り,恨みといった感情の重さや深さはげしさは,
    大腸とはまったく無關係であった,
    という,
    ミもフタもないシンジツを追認しただけのこと。

    ということか。

    大腸などなくともはらわた煮えくり返って心象風景ナニもかわらないのである。

    それにしても
    腸詰めがニガテ,牛肉もキライ,ホルモン食べられない
    いう人が大腸癌になるのであるから
    原因は殆ど タバコ。
    といっていい。
    と言われた。
    12年禁煙しているが去年は一度くらいしか吸いたいと思わなかったなw
    つまらん一年だったが

    碌碌としてまた過ぎる一年,
    そして今年もはやひと月が過ぎ去ろうとしている

    シツゲン大魔王のあそーさんがまたしても

    二千年の長きにわたり,一つの民族,一つの王朝がつづいている國はここしかない
    とか
    十年一日のごとく相も變らぬ物言いをして
    そして
    いつものように居直ってたが

    こーゆーことばをあーゆ-連中から聞かされるたびに
    おもう

    二千年はまあいい過ぎだが,
    そして民族は一つでないのは言うまでもないことだが
    (おつむの弱いあそーさんの言葉尻とらえてもしかたあるまい)

    とにもかくにも千五,六百年,
    おとなしく “一つの王朝” をつづけさせてやっているという民。
    それがつづいてきたのは,

    天賦國權的王朝,が,すばらしかったせいなのか,
    國賦民權的を甘受する日本人民,が,すばらしく好い人,なのか,

    そこに議論の余地がない,とまでは言えんだろーし
    だから日本という “國” が素晴らしい國なんだというのはちょっと早とちりにすぎる

    ヤマトの大地に住まう日本人民が,國家にとっては,すばらしかった,
    ということが言えるだけである

    とはゆえ。

    いやちがう

    大和民族ほど自國の歴史(の改竄)に,ムカンシンな民族もないのかもしらん
    あそーさんじゃないが世界において、ここよりほかになし。
    とも思う

    敗戰時,國家權力の恣意をあかしだてする公文書がどんなに燒かれても,
    あの時あの状況においてしようがなかったとはいえ

    今,本來民の所有に歸すべき公文書が,着着と,
    情報隠蔽のためにシュレッダーにかけられていても。
    近畿地方の “董孤” が自死に追いつめられても
    だ。

    國政のありように,ジツにムカンシンな民
    國家のありように,ジツはムセキニンな國家
    そういう無爲と作爲

    “一つの王朝”
    をつづけるためには効果的メソッドであると。
    ということもいえようか。
    いや
    これは

    言い切れる。


    中國では古來,
    民は水である。
    と言われる
    國家という,あるいは君主という船を江河に浮かべ,悠久のときをすすめてゆく水,
    時にあらぶる,船を轉覆させて沈めてしまうこともある,と。

    アカはではじめのころ洪水猛獸とゆわれたが。


    また
    朝鮮人のこと書こっと♬

    孟東野《相和歌辭 雜怨三首 其一》

    ところで。
    う。く。

    芙蓉泣露香蘭笑

    日本人の「漢詩」愛好家の間で,
    李長吉の特異性を表すとしてよく引き合いに出されるが。

    花がく,というときの,
    古字というか,本字は,である。

    だからなにも李長吉の特異ではなく,唐代はみな花が開いた状態を表す言葉として笑
    笑字を使う、それが一般的だった。
    長吉以外の使用例は無數にある。

    ブッダの,佛説行状をつたえることばの漢譯語である,
    “拈華微笑” ということばの,
    えもいはれぬ不可思議も, “笑う” はすなわち, “咲く” であることを理解してこそ,
    ということになる
    中國人にとっては,笑う,の意味の二重性ゆえの奥深さを了解しているが大前提,ということは少なくとも言える,

    孟東野の傷舊游

    去春會處今春歸
    花數不減人數稀
    朝笑片時暮成泣
    東風一向還西輝  


    承句,轉句には
    非常に面白い工夫があって。

    笑,泣
    朝花開く,ように,口を開いて笑うひと。
    夕には泣いている

    泣く,とは,本來
    無聲,で,つまり。
    口を閉ざして涙を流しているさまを言うことばで,
    日本語のいわゆる泣くよりもっと限定的な意味がある。

    水が,たて,に流れるさま,でもあるかもしらん

    聲をあげず,さめざめと涙する時,
    その涙は二本の条線となって流れつたう,という,
    唐詩によくみられる兩行涙,兩條涙などという表現はまさにそれ。

    では逆に聲をあげて涙する悲痛の様はなんというか?
    といえば,それは,
    哭である。

    この七絶の場合
    平仄上は,第三句は仄聲なので,哭でも泣でもどっちでもいいけれども

    あえて泣を,使う,しかも “成す”

    字句をえらぶ孟東野の意圖は明瞭なのかもしれない

    涙眼,しかし,聲をあげない,口を開かない悲痛の表情,を
    泣,という
    その泣,を成す,ということが
    非常に強調されてある句が
    轉句である,ということになる

    あたかも朝,花開き,夕に閉じる,落花する生理。
    これは生の理

    そう考えると承句
    花數不減人數稀
    という,いかにもダサい句
    その意がまた輻輳的に立ち上がってくる

    花のみじかい一生。
    人の笑い,泣く一日の心映えの移り變わりにもひとしい短さ
    花成,得種。

    花はいつでも減ることなく咲き誇り,落ちる。

    もう一作

    孟郊《相和歌辭 雜怨三首 其一》

    相和歌辭 雜怨三首 其一

     夭桃花清晨   yāo táohuā qīngchén
     遊女紅粉新   yóunǚ gōng fěn xīn
     夭桃花薄暮   yāo táohuā bómù
     遊女紅粉故   yóunǚ gōng fěn gù
     樹有百年花   shù yǒu bǎinián huā
     人無一定顏   rén wú yīdìng yán
     花送人老盡   huā sòng rén lǎo jǐn
     人悲花自閑   rén bēi huā zì xián

    清晨にみる,夭桃花
    遊女の紅,粉(おしろい)の新しき。
    薄暮にみる,夭桃花
    遊女の紅,粉(おしろい)の故(ふるび)
    樹,百年有りてや,その花。
    人,一定すること無きや,その顏。
    花は,送る,人の老い盡きるを,
    人は,悲しむ,花の自ら閑(きまま)なるを。


    我流,意譯

    自閑=
    自適。隨意。悠閑自得。自由
    もしくは。
    自設防範,自己防衛する樣。
    (閑とは欄柵のことでもあるゆえ)

    杏孤花落英


    これまたボロクソけなされてきた孟郊詩のひとつだが
    もちろん中國で,ということ。
    毀誉褒貶著しくコンザツしている孟東野。

    日本人はそもそもハナもひっかけない。
    「漢詩」好きと稱する日本人でザンネンながら孟郊詩を高く評價する人にお目にかかったことがない
    リアルでも,ネット上でも,だがw

    この詩も,
    古來,淺く,淡く,促成だ,と言われる。
    まあ,孟郊迷はみな
    鍾惺の,淺を以て妙を為す,の評語に,快哉,と,喜ぶわけだが

    これは樂府歌辭なので,そもそも,
    淺,であることは,非難するにあたらないのだが。

    フシギな評價の為され方をされてきた孟郊ぢゃある

    檢索すれば
    『唐詩選脈會通評林』とゆうのがあって
    周敬曰:此詩不求深而筆氣奧,誰謂其促!
    だってw
    全くそーだ

    「この詩はそもそも深さを求めておらん。
    しかしながら筆の氣は深奥,だれいうか,それ促なりと!ふざけんな!と。」


    そもそもこの “詩” は
    禪のココロを,わざわざ,絶句や律詩にせず,あえて樂府にしているのである

    禪のココロを遊女にたとえているけど,何か?
    淺い,わかりやすすぎてばかばかしい,それが?
    何かモンダイあるもんかね?

    とゆう
    そんな
    孟東野のブツクサが聞こえてきそうな相和歌辭なのであるw

    確信犯。

    っ表現者とはそうゆう生き物でもあるというおハナシ

    わかりやすさには
    力があって
    それが,卑俗のことであろうと,シンプルかつストイックな表現であろうと,

    わかりやすさという力強さの前には
    っカンケーない。

    もちろんわかることが,前提だが。
    という,
    本末轉倒になってくるが

    わかるひとにはわかるわかりやすさ
    などといってしまうと,
    まったく言ってることの矛盾が露呈するワケだが
    しかし。

    わかるひとがわかるわかりやすさ,によってわからされてしまったとき
    そのエネルギーの傳導はハンパないものになる。
    そんなわけ


    花には花の
    由有り。
    理(ことわり)有,
    有自由。有自閑。

    笑而不答心自閑,である。


    ほとんどイミなくなんだが
    毒の花に浮かされて


     鏡臺

     鏡性元來映   Jìng xìng yuán lái yìng.
     映物無常視   Yìng wù wúcháng shì
     鏡臺意何要   jìngtái yì hé yào,
     唯置爲靜止   wéi zhì wèi jìngzhǐ
     花倘愛鏡臺   huā tǎng ài jìngtái,
     此花即是死   cǐ huā jí shì sǐ.

     

    解題;他絶不見別花姿

    20191201



    慧能
     

    玄


        管理人: 少玄 (女子)


      
     楞伽案前, 楚辭肘後
     

      ― 本人不是佛教徒,
       當然是一個的詩囚 ―



      ☞ ヒコクミン雜感


     朴慶植
     『朝鮮人強制連行の記録』

      


     河上肇
     『日本獨特の國家主義』


     屈翁山 屈大均カテゴリー

      

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    * East Asia War
    * list of poetry    Anti-Japanese wars
      抗日戰舊體詩

      本ブログの骨幹です。
     一九三〇年代,抗日戰爭期,
     中國文人が詠んだ帝國日本の
     侵寇,掠略加害のありさま
     祖國の救亡のため抵抗し命を
     落としていった無數の草民,
     中華の大地,山河を忉怛し
     惜慯した哭詩,吊詞,哀歌
     口號,頌歌。
      抵抗者の忼慨をうけ連綿と
     傳えられてきた歌以言志。
     新・舊體詩,填詞,白話詩。
      歴史書の記述とは又,異なる
     日中の戰爭の實相が,曝され
     吐露されています
     以下クリックで直接進めます
      は特に御薦めする

      

      詩人詩篇題 INDEX

     田翠竹 1913-1994 湖南 湘潭
     《洞庭碧血》其四其二
     《血観音歌1943年作
     《重九》《甲辰雜詩
     《抗戰百詠・十首
     《還湘又將別家去桂書懷
     《避難吟荒江雪意
     《中秋后還家再去耒陽
     胡繩 1918-2000 江蘇蘇州
     《南京夜聞流亡東北學生
     《松花江上
     寇夢碧 1917-1990 天津
     《淪陷紀事詩
     黄假我 1916-1985 湖南寧郷
     《青年謠壬午五四青年節
     《柬呈柳亞子先生
     《暮春雜詠
     《過塘沽
     《瀋陽中秋對月
     《宿錦州
     《錦州廣濟寺前
     金紫衡 1914-? 河間瀛州
     《四周年瀋陽驚變九一八
     《沈監秋夜
     《瀋陽除夕寄徐
     《延邊辭歳1943年除夕
     《蘇武牧羊圖
     《山居雜詠
     《北平易幟
     《南京陥落
     《吊江南
      
     錢鍾書 1910-1998 江蘇無錫
     《故國》  《哀望
     《得龍忍寒金陵書
     張滌華 1909-1992 安徽鳳臺
     《南京大屠殺感賦
     盧前 1905-1951 江蘇南京
     《招西北之魂
     《百靈廟,更招東北之魂
     王季思 1906—1996 浙江永嘉
     《懐人五絶
     羅元貞 1906—1993 廣東興寧
     《路過上海有感
     《黄浦灘倚欄夜作
     《清明哭母二首》 《病裏
     《初到并州懷劉越石
     《中秋漫筆二首》
     《故都秋夕
     《送行
     《夜過景山
     張采庵 1904-1991 廣東番禺
     《勝利在望書此志喜
     《鬼意
     《亂離
     《秋夜》  《感憤
     《寇陷長春李君如玉僅
     身免南下相逢握手一慟

     聶紺弩 1903-1986 湖北京山
     《題 “藥” 兼吊秋瑾
     胡士瑩 1901-1979 浙江嘉興
     《過秋瑾墓感賦二首
     王禮錫 1901-1939 江西安福
     《再會,英國的朋友們
     何永沂 ?-? 廣東
     《報載日本首相參拜靖國
     神社憶南京大屠殺事感

      

     舒慶春 老舎 1899-1966 北京
     《七七紀念
     《沫若先生邀飲賴家橋
     《述懷
     《賀冰心先生移寓歌樂山》
     《哭王禮錫先生二首
     常燕生 1898-1946 山東
     《遊春八首選二》其一
     馮振 1897-1983 廣西北流
     《暮春
     《傷楠兒
     《野望
     《登蒼梧北山
     《草食人
     《病後
     《登銅石嶺最高頂
     林庚白 1896-1941 福建閩侯
     《次和炎南兄七七見寄韻
     《續丁丑雜詩六之一
     《水調歌頭,聞近事有感
     《丁丑雜詩三首
     《渡江至武昌
     《江岸散歩
     《月夜小步
     《七月十二夜坐月
     《浣溪沙
     《首都飯店聞警同北麗
     《病起聞警
     《江防
     《聞道二之一
     《難民來
     《夜聞鑿防空壕聲
     郁達夫 1896-1945 浙江富陽
     《贈光華報同人"/>
     郭沫若1892-1978 四川樂山
     《挽王禮錫
     唐鼎元 1894-1988 江蘇常州
     《哀瀋陽
     《武漢空戰三捷歌
     柳亞子 1887-1958 江蘇呉江
     《八聲甘州-次任潮將軍
     韻為亡友庚白先烈賦

     李濟森 1885-1959 廣西蒼梧
     《八聲甘州-林庚白
     先生香江殉難以表哀

     張鳦生 (不詳福建)
     《感事次達夫先生韻
     《南京失陥
     《七七掲開抗戰序幕
     《吊鑒湖女俠墓
     《贊東北義勇軍》二首
     《九一八感作
     《頌寶山姚子青全營殉城
     李大防 1878-?  四川開縣人
     《金陵作
      
    * list of poetry    Late Qing,Republican

        ☞瞿秋白 瞿秋白の生涯と詩作「形單影隻,孤苦畸零」雄魄 顛簸的一生

     史鐵兒 1899-1935 常州武進
      『餓郷紀程』1919-1923

     〔新體詩〕
      《心的聲音“遠”》1920年
      《去國答"人道"》1920年
      《無涯》(1920年)
      『餓郷紀程・跋』1921年
      《國際歌》 1923年
      《赤潮曲》 1923年
      《夢中鞋》 1923年
      《鐵花》 1923年
      《天語》 1923年
      《小小的蓓蕾》1929年

     〔舊體詩〕
      《詠菊》 1914年
      《哭母》 1916年
      《雪意》 1917年
      《紅梅閣  1926年>

     〔獄中誌〕
      《
    絶筆》1935年6月18日
      《浣溪沙》1935年5月
      《卜算子詠梅》1935年5月
      『瞿秋白筆名印譜

        


        ☞ 林庚白子舊體詩に すすむ

     林學衡 1896-1941 福建閩侯
     〔七言詩〕
      《次和炎南兄七七見寄韻
      《續丁丑雜詩六之一
      《丁丑雜詩三首
      《渡江至武昌
      《江岸散歩
      《首都飯店聞警同北麗
      《病起聞警
      《江防》 
      《難民來
      《夜聞鑿防空壕聲

     〔五言詩〕
      《聞道二之一
      《月夜小步
      《七月十二夜坐月

     〔詞牌〕
      《水調歌頭-聞近事有感
      《浣溪沙
      《菩薩蠻-送別
      《減字采桑子-雨夕書懷
      《曲牌行香子-
       -舊曆重陽樓望寄璧妹
      《琴調相思引-午夜聞歌
      《賣花聲-雨中樓望
      《鳳凰台上憶吹簫-
       -雨夜無寐》《-海行夜起
      《滿江紅-秣陵感懷
      《摸魚兒 紅豆





      
    淸末民初“革命春秋”
     
     鄒容 威丹1885-1905四川巴縣
     《獄中答西狩
     『革命軍
     劉師培1884-1919江蘇儀徴
     《一萼紅-徐州懷古
     《賣花聲-登開封城

     黄節 玉昆1873-1935廣東順德
     《送劉申叔元日東渡
     秋瑾 璿卿1875-1907浙江紹興
     《滿天紅
     《杜鵑花
     《去常德舟中感賦
     《杞憂人
     《梅十首選其二
     《詠琴志感
     《讀書口號
     《殘菊
     《秋海棠
     梁啓超 1873-1929 廣東新會
     《讀陸放翁集

     章太炎 1868-1936 浙江余杭
     《獄中贈鄒容
     《辰州
     《亞洲和親會規約
     陳國常 1864-? 四川榮昌
     《徐烈士墓
     《秋瑾墓

     康有為 1858-1927 廣東南海
     《
    大同書成題詞
     黄遵憲 1848-1905 廣東嘉應
     《庚午中秋夜始識羅少珊
     魏源 默深1794-1857湖南邵陽
     《江南吟・其八
    * list of poetry     The Qing Dynasty 

        龔 定盦 龔璱人
         浙江杭州 1792-1841

       
      『平均篇
      『乙丙之際箸議
      『己亥雜詩全三百十五首
     〔七言絶句詩〕
      《己亥雜詩 百二十五
      《己亥雜詩 六十二
      《己亥雜詩 八十五
      《己亥雜詩 九十六
      《漫感
     〔七言詩〕
      《己卯雜詩自春徂夏全首
      《又懺心一種
      《常州高材篇
      《驛鼓
      《夜坐》其一
      《夜坐》其二
      《秋心》三首之壹
        
     〔五言詩〕
      《夜讀番禺集書其尾
      《又一首
      《戒詩》五章其一、二
      《自春徂秋偶有所觸拉雜
      書之漫不詮次得十五首

      《紀夢》七首之五
      《賦憂患
      《賦得香
      《觀心
      〔曲牌〕
      《端正好
      《醜奴兒令
      《念奴嬌 湘月
       龔自珍 編年校注 古典文學叢書
      ☞ 人痾芙蓉 阿片戰爭
    * list of poetry     The Ming Dynasty 

      屈翁山 屈大均 號 莱圃
       1630-1696 廣東番禺

       
      〔七言詩〕
     【屈大均詩集】七言絶句目録
     【屈大均詩集】七絶集 貮・參
     【屈大均詩集】七絶集 肆・伍
     【屈大均詩集】七絶集 陸
     【屈大均】《哭華姜百首》

      〔五言詩〕
     《哭内子王華姜》一三首
     《詠懷》一七首
     《詠古》二七首

      〔曲牌〕
     【屈大均詩集 詞牌
     《念奴嬌 湘月
      
      








    * list of poetry     The Song Dynasty

       文天祥 宋瑞 諡 忠烈
        江右人 1236-1283

       
       《劉琨
       《夜坐

       劉克莊 潛夫
        莆田城廂1187-1269

       《雜記十首》其二,其八






       元遺山 元好問 裕之
        山西秀容 金1190-1257

       
       《論詩絶句
       《孤劔詠
      《種松》 ,《出都
      《俳體雪香亭雜詠坐
      《壬辰十二月車駕東狩後





       陸放翁 陸游 字 務觀
        浙江紹興 1125-1210

       
      《夜歸偶懷故人獨孤景略
      《東籬雜題
      《雜書幽居事
      《水亭》,《八十一吟
      《卜算子詠梅







       邵堯夫 諡 康節
        范陽人 1011-1077

       
        《觀物吟
      《義利吟
      《自餘吟
      《乾坤吟二首
      《天聽吟
      《辛酸吟
      《論詩吟
      《夢中吟
      《不寢
      《洗心吟
      《晨起
      《寄楊軒
      《百年吟
      《感事吟
      《繩水吟
      《淸夜吟
      《歩月吟
      《月新吟
      《月到梧桐上吟




    * list of poetry     The Tang Dynasty

       李長吉 李賀
        791-817 河南昌谷

       ☞李長吉詩カテゴリーへ直截すすむ
       〔五言詩〕
       《申胡子觱篥歌
       《詠懐其一
       《詠懐其二
       《七月一日曉入太行山
       《潞州張大宅病酒遇江使
       《走馬引
       《古悠悠行
       〔七言詩〕
       《長平箭頭歌
       《酒罷張大徹索贈時…
       《綠章封事爲呉道士…
       《酒貝宮夫人
       

       杜少陵 杜甫
       712-770 長安

       《戯為論詩絶句》其一,五
       《詠懷古跡》五首其一,二


       孟東野 孟郊
       751-814 湖州武康

       ☞孟東野詩カテゴリーへ直截すすむ
       〔全詩集〕
        壹・一~四卷(宋本)
        貮・六~十卷(宋本)
       〔樂府〕    《古怨別
       《古別曲
       《飢雪吟
       《寒江吟
       《苦寒吟》
       《遊俠行
       《羽林行
       《春日有感
       《游俠行
       《偶作
       《遣興》
       《
    聽琴》
       〔七言絶句〕
       《
    登科后
       《傷舊游
       〔五言絶句〕
       《旅行
       《邀花伴
       《古恩
       《閑恩
       《喜雨
       《春後雨
       〔五言古詩〕
       《答盧虔故園見寄
       《哭秘書包大監
       《送孟寂赴舉
       《寒溪》其三,五,六
       《夜憂
       《夜感自遣
      

        賈浪先 賈島
        779-843 范陽涿州 

        ☞
       《壯士吟
       《劍客
    * list of poetry     The Six Dynasties

       庾子山 庾信 庾開府
        梁 513—北周 581 

       庾信カテゴリーへ直接進む
       『庾子山・全詩集』上
       『庾子山・全詩集』下
       《哀江南賦・序
       《哀江南賦①
       《哀江南賦②
       《哀江南賦③
       《哀江南賦④
       《擬詠懷詩
       《詠畫屏風詩
       《望月詩
       《舟中望月詩

       庾子慎 庾肩吾
        梁 487-551

       
       《經陳思王墓詩
       《同蕭左丞詠摘梅花詩
       『庾肩吾・全詩集

       江總 江總持
        梁 陳 519-594

       《橫吹曲
       


       鮑明遠 鮑參軍 鮑照
        劉宋 414?-466

       鮑明遠 鮑照カテゴリーへ直接進む
       《代出自薊北門行
       《代結客少年場行
       《代升天行
       《扶風歌
       《學劉公幹體》其一~五
       《擬阮公夜中不能寐
       《冬至》,
       《代夜坐吟》

       
       江淹江文通
        劉宋 齊 梁 444-505

       《劉太尉琨傷亂


       劉越石 劉琨
        晉 224-262

       ☞劉琨カテゴリーへ直接進む
       《答盧諶詩・序
       《答盧諶詩
       《重贈盧諶詩
       《扶風歌

    * list of poetry     The Han,Wei,Jin

       嵆叔夜 嵆康
        晉 270-318

       ☞嵆康カテゴリーへ直接進む
      《雜詩》  《幽憤詩》
      《四言贈兄秀才入軍詩十八首


       阮嗣宗 阮籍
       晉 210-263 兗州陳留

       
     『阮歩兵詠懷詩全首MENU』
      《詠懷詩》其一~其十
      《詠懷詩》其十一~其二十
      《詠懷詩》其二一~其三十
      《詠懷詩》其三一~其四十
      《詠懷詩》其四一~其五十
      《詠懷詩》其五一~其六十
      《詠懷詩》其六一~其七十
      《詠懷詩》其七一~其八二

       



       曹操 曹孟德
       沛国譙 155-220魏武

       
       《歩出夏門行

       曹子建 曹植
       192-232陳思

       
       《求自試表》上
       《求自試表》下
       《升天行
       《朔風

      漢魏晉 建安文學 三曹


      繁欽 繁休伯 建安?-218
       《遠戍勸戒詩
       《征天山賦
      繆襲 繆煕伯 建安186-245
       《屠柳城

      漢代樂府歌辭
       《戰場南



    * list of poetry    Pre-Qin and Others

      詩賦・樂府歌辭・偈頌
       
      南北朝・北歌
      《望月》蕭綱・梁簡文
      《隴頭歌辭
      《青溪小姑歌》南北朝末隋初


    * Prolet’Kult contents

      金時鐘 Gim Sijong 1929-

       

     『地平線
      《生きのびるもの
      《夜よはよ來い
      《距離は苦痛を食つている
      《夏の狂詩
      《1951年6月25日の晩餐會
      《夜のつぶやき
     『猪飼野詩集
      《夏がくる
      《影にかげる
     『光州詩片
      《日々よ,愛うすきそこひの闇よ
      《
      《
      《噤む言葉―朴寛鉉に
      《冥福を祈るな
     『四時詩集失くした季節
      《四月よ,遠い日よ。
      《

      《種族檢定


       日本人反戰同盟
       (1938-1945 中國)

       
       鹿地亘 1903-1982

      『自傳的文學史』(1959)
     第8章(前)・檢擧 拷問
     第8章(後)多喜二獄中志・死
     第10章・検察 釈放 脱出

       『中國の十年』(1946)
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      1 出獄から
      2 昭和十一年舊正月
      3 夏衍 蕭軍 左翼作家聯盟
      4 民族魂 魯迅との邂逅
      5 阿Q 魯迅の死
      6 七・七事變の勃發
      7 反侵略友誼的激勵
      8 上海 ルイ・アレー氏
      9  ホンコンへ脱出
     10 入境の日本人解放鬪爭
     11 武漢時代 國共合作
     12 武漢時代 朝鮮義勇隊
     13 武漢時代 日本人捕虜
     14 大移動 南嶽會議前後
     15 呉石將軍と廖濟寰氏
     16 桂林時代 蔣介石
     17 桂林時代 崑崙關
     18 重慶 反戦同盟總部
     19 湖北 陳誠將軍 恩施にて
     20 湖北 宜昌の前線
     21 ―新四軍事件
     22 郭沫若のこと
     23 重慶 ― 南進か北進か
     24 反戰同盟發展 
     25 重慶 破壊者 潜入
     26  天皇制の問題
     27 祖國 最終章




      小熊秀雄 1901-1940
      『小熊秀雄詩集1935年
      『流民詩集1947年
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      槇村浩 1912-1938
      『間島パルチザンの歌』
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      中野重治 1902-1970
      《新聞にのった寫眞
      《兵隊について
      《噴水のやうに》《歌
      《私は月を眺め》《波》4

      黑島傳治1898-1943
      『防備隊』 1931
      『國境』 1931
      『』 1927
      『』 1928
      『武装せる市街』 1930
      『パルチザン・ウォルコフ』 1928

      田邊利宏 1915-1941
      
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      金鍾漢 1916-1944
      《合唱について
      《一枝について
      《古井戸のある風景
      《待機
      《行状
      《空山名月
      《

     反戦詩人☞ 詩篇TitleMenu

    * list of poetry    Japanese modern


      富澤赤黄男 1902-1962

       

      《蒼い弾痕》『旗艦』1939
      句集『天の狼』1941
      句集『天の狼』抄1951
      《風景畫》 『蛇の笛』1952

      金子光晴 1895-1975
      《落下傘》《湖畔吟
      《燈臺》



       短詩運動 大連『亞』  
       
       
       安西冬衞 1898-1965
      《黑き城》『渇ける神』1933
      『大學の留守』1943
      《砂漠》『軍艦茉莉』1929
      《夜の思料》『軍艦茉莉
      《八面城の念力》1933
      《砂漠の行者が臥てゐると
       鴉が食物を運ぶ

       『亞細亞の鹹湖』1933

       
       北川冬彦 1900-1990
      《
      《戰爭》『戰爭』1929
      《絶望の歌》
      《壊滅の鐡道

      《風景》《埋葬》『氷』1933
      《爛れた月》《斑らな水》
      『檢温器と花
    』1926
      《泡》『馬と風景』1952


     
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  1. 玄:カギコメさま (12/02)
  2. 玄:Re: 説的対 (08/19)
  3. 包:説的対 (08/19)
  4. 玄:我不能接受這樣的白々しさ (08/19)
  5. 包:鋒芒太露 (08/19)
  6. 玄:我也真的很害怕! (08/19)
  7. 包:包大人ヤクってる件w (08/18)
  8. * list of poets & link

     中國詩について
     中國詩はもともと,象形であるところの文字を用いて詠まれている。つまり西洋詩にいわゆるサンボリズム象徴詩,と言う「形式」は既に自得する。自得されてしまつている。
     それが中國詩。漢字,一個の體は“意”,“理”を途方もなく内包し,文脈や文法を破壊するフォースを持つ。
     詩作はそこから始めらる。古體,近體,舊體,新體,いつの時代,どの様式下であれ,漢字を用う限り,そこからは解放されることはない。が,裏を返せば“一個字”,それ自體が, “自由”,を持つ,ゆえ,詩は,自在でありパワフルネスとなる。
     こうした作法の約束ごとは,宿命であれ,そこに限界あり,とはいえ,その限界はひろがりつづける。

     前秦漢魏の古詩は,メタファーのいくつか謂わば慣習・クリシェ表現であるがそれを知るだけで,わかりやすくなる。 詩人たちのの膨大なアナロジーの蓄積にたじろぎ眩むが,知らねば,わからない。
     しかし漢魏六朝の古詩を讀むことでメタファーの森林をわけいり知りゆくと,唐詩はそのうえに「表徴」に凭れるだけではない「表現」そのものが厚みを増し可能性がおおきくひろがつていることがわかる,跳躍的に,である。
     さらに宋詩には,古來の中國思想に禪定(禪那 Dhyāna ディアナ)が加わり探究せられて淒みを増した思想的表現の飛躍がある。
     Impressionism,Expressionism,
    そのどちらにおいても深化がある。
     これを,真に,深く實感すると中國詩の虜囚となる。


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